第五回 悪党よ、静かに瞑れ

<あらすじ>

 俺は、アダム・マドリック。元北軍の将校だ。

 四年前、俺は妻と二人の娘を殺された。犯人は、元南軍の残党だった。

 俺も撃たれて生死の淵を彷徨ったが、何とか目を覚ます事が出来た。

 しかし、全てを失った。

 マイク・アンダースンへの復讐以外は――。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 時計の針は、午後二時ちょうどを指していた。

 アラバマ州ライムラーン。その酒場である。

 灼熱で埃っぽいだけの、しけた町だった。ホテルや酒場の他に床屋があるだけで、他に面白味は無い。

 客はテーブル席に、三人。かなり酔っているからか、


「帝国憲法が何だってんだ」


 と、先年発布された新憲法への愚痴を漏らしている。

 アラバマは南部。アメリカ帝国へ敗れ、占領された州である。至尊の冠を戴く、初代皇帝のリンカーンに対する憎悪も強い。こうした愚痴も仕方ない所だ。

 それを尻目に、俺はカウンターの中でグラスを磨いている主人を相手に、俺が生きて来た三十七年間の思い出話を聞かせていた。

 大して面白い話ではない。それは判っている。だが、俺は語った。二杯目のウイスキーを舐めるように飲む。それ以外にする事が無いからだ。


「アンダースン」


 その名前が耳に入り、俺は口を閉じてグラスを置いた。

 主人の顔が強張る。俺は苦笑して、肩を竦めてみせた。

 マイク・アンダースン。

 元南軍の破落戸ごろつき

 あの戦争では、ゲリラとして酷い虐殺を繰り返した男である。

 一般市民への、略奪・暴行は朝飯前。子どもだろうが、平然と殺す。奴の故郷から、〔テネシーの悪魔〕と大層な渾名で呼ばれている。

 悪魔。もしこの世に悪魔がいるなら、奴がそうだろう。

 俺は、奴の顔を思い浮かべた。あの眉間に傷のある、髭面。ああ、奴は間違いなく悪魔だ。

 奴は戦争が終わっても、残虐な犯罪を止めようとはしなかった。

 まだ戦いたい南軍兵士を糾合し、北部の町や農園に対して襲撃を繰り返していた。

 三年、そんな奴の行方を追っていた。

 俺は、賞金稼ぎなのだ。奴の首には大金が賭けられている。


「命知らずな野郎だ」


 俺が奴を追っている事を知ると、皆が口を揃えてそう言う。

 その気持ちは判る。奴の早撃ちは、南軍でも指折りとの噂だった。


「命あっての物種だぜ」


 とも、同業者は言う。


「判っているさ。でも、仕方ねぇんだよ」


 俺は決まって、そう返している。

 そうなのだ。賞金が0ドルでも、俺は奴を追っていただろう。

 これは、敵討ちなのである。

 俺は、奴に妻と二人の娘を殺された。

 四年前。アイオワでの事だった。俺が戦功で得た農園に奴が侵入し、妻と子を続けざまに撃ち殺した。俺自身も重傷を負い、生死の境を彷徨った。

 目を覚ました俺には、復讐しかなかった。

 クルトの拳銃を二丁差し、俺は奴を追って荒野を駆けに駆けた。

 奴とは、すれ違いの人生だった。

 俺がA地点ポイントからB地点ポイントに向かえば、奴はB地点ポイントからA地点ポイントへ、その逆もまた然り。それでいて、不思議と顔を合わせる事が無い。

 そして今日、やっとライムラーンに追い詰めたのだ。


「親父、勘定だ」


 俺は小銭数枚を、無造作に置いた。


「この町の外れだよな?」

「ええ、そうですが……。マドリックさん。本当に行くんですよね」


 主人が、窺うように訊いた。


「行くさ」


 俺はわらった。


「当たり前だろ」


 その為に、この何もない町へ来たのだ。

 俺は奴に会う。奴が虫垂炎でおっ死んで、墓石の下で骨だけになっていてもだ。

 俺は、墓石に銃弾をお見舞いしてやるつもりでいた。

 そうしなければ、俺は旅を終われない。

 いや、違う。たとえそうしても、この心に残る無念が払拭される事は無いだろう。

 俺は踵を返し、片手を挙げて酒場を後にした。

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無頼の帝国~帝政アメリカ短編集~ 筑前助広 @chikuzen

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