第四回 死の商人
<あらすじ>
私は、デェイビット・クルト。この帝政アメリカで、最も名高い起業家だ。あのクルト・ルガー回転式拳銃は、この私が造ったものだ。
父は鍛冶職人で、母は床屋の娘。銃職人の下働きから始め、五十年で帝国功労貴族にまで登り詰めた。
「死の商人」
心無い者はそう呼ぶが、私の銃があったからこそ、アメリカは帝政となり、強大な力を得る事が出来たのだ。それが、私の誇り。
しかし私は、家族の事で深い悩みを抱えている。人生とは、ままならないものだ。何かで成功すれば、別の所で帳尻を合わせて来る。神という存在は、何と嫉妬深いのだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
デェイビット・クルトが、積み上げられた報告書を読み終えたのは、懐中時計の針が十一時二十五分を指した時だった。
(今日は、時間がかかり過ぎたな)
クルトは嘆息し、机上のシガーケースを引き寄せた。
中には、黒茶色の葉巻。南米の高級品だ。顧客である帝国陸軍少将から贈られたものだ。自分には上等過ぎるとも思うが、かと言って辞退する物でもない。
クルトはマッチを擦り、舐めるように葉巻に火を付けた。
目が覚めると濃い目のコーヒーだけの朝食を摂り、自宅の執務室に籠って報告書に目を通す。そして、終われば一服。これは自分が銃職人から独立し、クルト社を立ち上げてから続けている日課だった。変わった事と言えば、煙草が紙巻から葉巻になった事ぐらいだろう。
その日課も、年々時間が掛かるようになってきた。最初は従業員が自分一人という所から始めたクルト社も、名銃と名高いクルト・ルガー回転式拳銃を開発し、先の戦争では社を挙げてリンカーンを助けて以来、業績と規模を拡大して今やアメリカ帝国を代表する銃器製造会社にまで大きくなった。そして昨年。リンカーンへの忠勤が認められ、帝国功労貴族の称号も得た。そうなれば、報告書の質も単なる売上げ報告だけではいかなくなる。特に製造部門では、軍務省の命令で多銃身式連射銃の開発に追われている。その進捗も確認しなくてはならない。
(リンカーンは何とも面白い世の中を作ったものだ)
そう、常々思う。
五十年。生まれて五十年で、貴族になった。父は鍛冶職人で、母は床屋の娘。飢える事は無かったが、貧乏だった。それが今や、帝国を代表する起業家で、故郷のリビングレイクシティの領主にして貴族。口さがない者は、〔死の商人〕などと呼ぶが、クルトは気にもしていない。銃は人を殺す道具。それを作り売る自分は、〔死の商人〕以外の何者でもないのだ。
だが、家庭には恵まれなかった。最初の妻は、貧しくても平穏な生活を求めて蒸発し、二人目の妻は若い男と駆け落ちした。三人目の妻とは、離婚調停中である。
子どもは、男が三人。長男は先天的な知的障碍があり、田舎の施設に預けている。次男は平凡で派手さもないが、堅実的な性格で自分の補佐をしている。三男は生来の蕩児で、仕事も手伝わずにふらふらしている。上の二人は最初の妻の子で、三男は二人目の妻の子。当然だが、兄弟仲は良好ではない。
人生はままならないものだ。何かで成功すれば、別の所で帳尻を合わせて来る。神という存在は、何と嫉妬深いのだろうと思ってしまう。
暫く葉巻の煙の中を漂っていると、ドアの外で執事の声がした。
執事は、来客を告げた。
客は、リチャード・ゴッファー。会うのはこれで二度目である。
クルトは、執事に応接間で待たせるように告げ、葉巻の火を消した。ゴッファーは、家族の問題を解決する為に呼んだ男だった。
「お久しぶりです、クルトさん」
黒を基調としたコートとスーツで固めたゴッファーは、四十過ぎの紳士然とした男だった。
ソファから立ち上がり、握手を求める。クルトははにかんだ笑みで、それに応えた。
「早速、仕事の話ですが」
ゴッファーは再びソファーに腰掛けると、鞄から数枚の書類を取り出した。
「調査報告書です。エイブラハム君の」
エイブラハムは、三男の名前である。クルトは書類を一瞥しただけで、手には取らなかった。
「口頭で申しましょうか?」
「頼む」
「黒です。エイブラハム君は生かすべき人間ではありませんね」
「やはり……」
エイブラハムは、呪われた子だった。父にも母にも似ない、凶暴性を持っていた。気に入らないと、癇癪を起して暴れる。暴力を奮う。それだけではない。幼少期から、猫を焼き殺し、ウサギの耳をハサミで切断をするという、残虐な行為を楽しんでいたのだ。
十四歳の時にメイドを
その全てを、金で解決した。だが、最近では
「どうにかしたまえ」
そう言ったのは、リンカーンに近しいサイモン・キャメロン帝国陸軍元帥である。来年、次男のサークスがキャメロンの娘と結婚する事になっている。その前に、素行に問題があるエイブラハムを排除しておきたいのだろう。
「最近では、怪しげな結社に入り浸っていますよ。
そう言ったゴッファーは、出されたコーヒーに口をつけた。
「正直、我々にもここまでの悪党はいませんね。親御さんに言うのもあれですが」
「いや、構わん。だがね、あれは病気なのだよ。血の病だ」
「病ですか。そう言えば、心も救われるでしょう。そうなると、私は差し詰め医者って所でしょうか」
ゴッファーは、新たに書類を一枚取り出し、机の上に置いた。
そこには、処刑執行依頼書と書いてある。殺すべき相手の名前欄には、エイブラハムの文字。
「
ゴッファーが万年筆を差し出す。迷ったのは、一瞬だった。手に取ると、クルトは何の逡巡もなく筆を走らせていた。
書き終えた時、何処かホッとした心地がした。罪悪感もあるが、こうしなければ自分がいつか殺されていたはずだ。
「契約成立です」
「出来るならば、苦しまずに逝かせてくれないか。そして君は、二度と私の前に現れないでくれ。金は余計に出す」
「ええ。それはお客様の
ゴッファーは書類を鞄に仕舞うと、用は済んだとばかりに立ち上がった。
「しかし、あなたの処刑を依頼された時は、許してくれませんかね。これが私の
ゴッファーは、腰の
〔了〕
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