第二回 グランドビルは、俺の王国

<あらすじ>

 グランドビルは、俺の王国。この土地を二十五歳の時に買って三十年、ずっとそうだった。荒野を開拓し、野蛮な先住民から守って来たのだ。この王国は誰にも渡さねえ。相手が時代でも、アメリカ帝国でもな


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 グランドビルは、俺の街だ。

 俺がこの土地を買い取り、荒野を開拓して一代で築き上げた、いわば俺の王国でもある。

 それがどうだ。目の前の男は、俺に国王の座を譲れと言いやがる。三十年もかけて、育てたこの街をだ。そんな申し出を受け入れられるはずがない。

 俺は、壁掛け時計に目をやった。午後三時。三度目になる交渉を開始して、二時間が経っている。


「だからですね……」


 俺の私室にあるソファに腰を下ろしたその男は、呆れた表情でそう言った。

 名は確か、トーマスと言ったか。都市整備局とやらの小役人だ。

 トーマスは、ぼうふらのような若造だった。チビで痩せている。頭には油を塗って、いかにも利口者インテリを強調しているところが気に入らない。


「だからですね、じゃねぇよ、若造。俺は嫌だと言っている」

「嫌だって、ドイルさん。全ての町に行政区長と保安官を置く事は、アメリカ帝国憲法に定めるところなのですよ」

「なら、このベン・ドイル様が行政区長であり保安官だ。この土地を二十五歳の時に買って三十年、ずっとそうだった。荒野を開拓し、野蛮な先住民から守って三十年だぞ。てめぇが淫売母ビッチ・ママの股ぐらから産まれる前からだ」


 俺は唾を飛ばして、そう叫んだ。当然の如く、小役人は嫌な顔をしてかぶりを振った。


「ならば、お金で話をつけましょう。或いは、官職がいいですか?」

「金なら金貨五十万。官職なら帝国元帥の椅子。これ以上は譲る気はない」

冗談ジョークを言う場ではないですよ、ドイルさん」

「俺も冗談ジョークは言ってねぇさ」


 トーマスは溜め息を吐くと、立ち上がって帽子に手を伸ばした。どうやら帰るようだ。


「帰るのかい?」

「いえ、一時休憩です。その間に、外で待っている同僚と話し合ってきます。今日で決着をつけろと、上司に言われているので」

「決着ねぇ」


 トーマスが部屋を出ると、俺は立ち上がって戸棚からスコッチの瓶を手に取った。

 それを、そのまま煽る。喉が焼けるように強い酒だった。


「気に入らねぇ」


 俺はソファーに戻り、そう呟いた。

 何もかもが気に入らない。そう思えば思うほど、昔は良かったと思ってしまう。

 この国に、自由があった。開拓に、金脈探し。何をするにも、自由があった。夢もあった。だが今はどうだ。リンカーンの野郎が皇帝になるや否や、憲法だ何だと、何をやるのにも制限され息苦しい。

 俺は、窓の外に目をやった。

 グランドビルの街。宿屋がある。酒場がある。商店がある。病院がある。教会がある。学校だってある。全て俺が作り、無法者ギャングや先住民から守って来たものだ。

 それを帝国憲法とやらが、全て奪おうとしている。国なのだ。喧嘩をしても勝ち目はないだろう。だが、唯々諾々と受け入れる事など出来ない。グランドビルは、俺の王国なのだから。


ファックだ、リンカーン)


 あの戦争で、俺は北軍に子分を率いて参加したが、奴を皇帝にする為ではなかった。




 一時間後、トーマスが一人の男を伴って再び現れた。

 歳は三十路ほどか。顎髭を綺麗に刈り込んだ、長身の男である。


銃士ガンマンか)


 腰の銃帯ガンベルトには、禍々しい拳銃が一丁収められている。


「ドイルさん、残念です」


 トーマスは、開口一番そう言った。


「何が?」

「話し合いの結果、もうドイルさんとは交渉しないという結論に至りました」

「ほう」

「これが、アメリカ帝国の最終決定でもあります」

「それで、その男かい?」

「ええ、残念ですが」


 これからどうなるか、俺はすぐに理解出来た。何故なら、今まで俺もそうして来たからだ。

 時代は変わった。自由も夢も無くなった。しかし、変わらないものが一つだけあった。それは〔欲しいものは奪え〕という、この国の伝統である。


「俺は好きだぜ、ドイルの親分」


 男がそう言った。


「だが、もう『俺が法律だ』なんて、通用する時代じゃねえのさ」

「ああ残念だ」

「まぁ、仕方ねえさ。時は流れる」

「時代の流れじゃねえよ、銃士ガンマン。残念なのは、俺の腰に拳銃が無い事さ」


 そう言うと、男はわらって銃を抜いた。


「てめぇは?」

「ジェシー・クランス。西部一の早打ちったぁ、俺の事だぜ」

「言うねぇ、若造」


 銃口が俺の眉間を向いた。今まで、こうした修羅場は何度かあった。その度に金玉が縮み上がったものだが、今は不思議とどうともない。


「一代で荒野を切り拓いたあんたは、紛れもねぇ男だよ。そして、グランドビルは、あんたの王国だ」

「そうさ。グランドビルは、このベン・ドイル様の王国だった」


 俺は、目を閉じた。

 撃鉄が起こる音。瞼の裏には、荒野だった頃のグランドビルが浮かんでいた。

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