第2話 後悔は
「生きる意味が分からない、ねぇ」
彼は両手を解くとそう呟き、足元へ歩み寄ってきた黒猫を取り上げ膝に据える。ぐにゃあ。と鳴いた猫。
「なら君は今までどうやって、何をして生きていたんだい。君の様子から察するに今までずっと生きる意味が分からなかったという話ではないのだろう」
ぼくはうなずく。
「今朝、起きたら頭の中がぼんやりとしていて―――いや、どちらかというとまるで厚い霧がすっと消えてしまったかのようにすっきりとしていました。」
そして、自分はどうして生きているのだろうか、何のために生きているのだろうか。といった疑問が体の心から湧き上がるようにあふれてきて―――
「その時に気づいてしまったんです。自分が見ないようにしていた。見て見ぬふりをしていた。ひとつの――後悔に」
「何を後悔したんだい」
「…………わかりません」
眉をひそめた彼の口からは言葉が流れ出てきた。
「わかりません。ということはないだろう。では君はいったい何に気が付いたというんだい」
「わかりません」
「君の生きる意味はなんだい」
「…………わかりません」
「今の君は、まるで算数の宿題を忘れてきた日の子供のような顔をしているよ」
「僕は一応、優秀な学生で通っているのですが」
彼の眉が大げさに吊り上ったところを見逃さなかったので、こちらも目を細めるだけの作り笑いで応戦した。客観的に評価してもおそらく、と付け加えてつづけた。
「ぼくは、再生医療分野で幹細胞の―――ヒトの爪の成長速度を促進させる薬剤や技術を開発するために生まれてきた。と記憶しています」
そう、定められていた。いや、定められているのだ。与えられたと言ってもよいがそれとこれはこの社会では同義に等しいだろう。
「でも、そんな生き方は納得がいきません。納得が出来なくなってしまったんです」
元から自分が納得してその人生を、生き方を選んでいたのかわからない。覚えていない。しかし、いまの自分は立ち止まって考えることが出来る。はっきりとわかる。与えられた人生で、ぼくは、満足しない。
「ぼくは、おそらくきっと、後悔すべきだったのに後悔しなかった。後悔しなかったことに後悔しているんだと思います」
そしてなにより
「抗うべきときに抗う力が、戦うべきときに戦える機会が与えられなかったことに憤りを感じているのです」
ぼくの体と心を支配している黒いもやもやを、一片余すことなく伝えたい。そう強く思っていたはずなのに、出てきた言葉は想像以上に漠然とした言葉だけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます