珈琲の煙はHDを傷つける

行方かなた

第1話 相談

「生きている意味が分からなくなってしまったんです」

 珈琲の香りが漂う室内にはふたりと黒い猫がいっぴき。部屋の主は机上に両肘をついたまま目線だけこちらへ向ける。

「それは大変な話だね。」

 目線がぼくから外され、壁際へ泳ぐ。いつまでもドアの前に突っ立っていないでそこの椅子に腰かけなさいと訴えているようだった。

「もう少し具体的な話を聞こうか。力になれるかもしれない。ああ、お金はいいよ。話をするだけでお金を取られるなんて馬鹿馬鹿しいだろう」

 彼の言葉遣いはまるで子供を相手にしているようだった。壁に立てかけられていたパイプ椅子のひとつを部屋の真ん中で展開する。キィと耳障りな音がした。

 「まず、君の名前から聞こうか。」

 「アザナです。アザナユウト」

 「アザナくん。アザナくんだね」

 はい。と肯定してあげる。

 「アザナくんは――いや、こちらの質問に答えてもらうよりもまず君の口から何があったのかを聞いた方がよさそうだ」

 まずは相談者の話に耳を傾けよう、ということなのだろうか。名医ほど患者の話をよく聞くものだという言葉が頭の中にふわりと浮かんで消えた。

 「なんでもいいよ。話してくれるかな」

 両手を組み直し口元へあてる。肘は机についたままだ。眼鏡の中にあるふたつの目はまっすぐにこちらを見据えていた。


 「はい」

 ひと呼吸おき、返事をする。

 突拍子もない話だろうけれど、ぼくの悩みの本質そのままを口にする。


 「生きる意味が分からないんです」


 黒い塊が壁に取りついたキャットウォークから跳び降り、鈴の音がシャリンと鳴った。彼の目はまっすぐにこちらを見据えていた。

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