タイムスリップ
「なるほど、ならば君は未来から来たというんだね」
眼鏡をかけ、白衣を着たいかにもな老科学者は言った。
「ええ、そうです。私はこの間、既視体験をしたんです。日本海の方まで行ったときです。海岸沿いの岩肌を見て私はこの景色を既に見たことがあると直感したんです」
私は答えた。
「それは、いわゆるデジャブというやつだろう。そんなことはみんなよくあるさ。今見たことを過去の出来事のように錯覚するのだ」
「そんなものではありません。私は未来のことまで全部知っているんです。そして、どうやってこの今までやってきたかも思い出したんです」
「なるほど、何か証明できるものは?」
「今すぐには無理ですが、来年まで待ってください。来年の総選挙で、今与党のA党が大敗し、B党が与党に成り代ります。それで、首相は山本氏になる」
「そんなことは誰でも言えるさ。A党の人気はここ最近ガタ落ち。次はB党が勝つに決まってる。それにB党の総裁は山本氏だ」
「では、何をすれば信じてもらえますか」
「そうだな、じゃあ今私の財布の中にいくらの現金が入っているか、それを当ててみたまえ。君が元いた世界でもこんなことがあったんじゃないかね」
「ええ、簡単です。教授はいつも財布の中には2万円きっかり入れています。それから今日は朝に200円のパンをコンビニで買ってきています。ですから、いまは19800円です」
「うむ、正解だ。しかし、おかしいとは思わないかね。今日は君が今朝急に会いたいと言っていると聞いたものだから、見ず知らずの人間に会うのに遅れて行くのもいけないとおもったんだ。だから、毎朝弁当を作っているのを止めて、コンビニでパンを買ってきたんだ。私はね、君のことを知らない。ましてや今日君が会いに来ることなんて想像もつかないわけさ。でも、コンビニでパンを買ったのは君が会いたいというからだ。『君が元いた世界でもこんなことがあったんじゃないかね』なんて適当なことを言ったけどね、君が元いた世界では私と君とは知り合いなんだろ。なら、私が気を使って早く家を出ることなんてなかったさ。なのに、君は私がパンを買ったことを知っている」
「私が、何かイカサマをしているとでも言うんですか?」
「いいや、そんなことは思っていないよ。だって、私がいつも2万円を入れていることを知っていたんだからね。そんなことは本当に知り合いじゃなきゃ知らないよ」
「なら、私が未来からやってきたことを信じてくれるんですね」
「それはどうかな。さっき言ったけどね、私が君のことを知っていれば、私は弁当を作ってきて、まだ財布には2万円が残っていたはずだ。でもね、君が未来からやってきたことによって私の行動が変わったんだよ。ならば、いくら未来から来た君とはいえ、君が未来から来たことによる影響なんて分かるはずがないだろ。要するにね、可能性は2つ。いや、3つかな。一つ目はね、君は君が言う通り未来からやってきた。しかし、君が覚えていないだけで、君は何度もタイムスリップを繰り返している。だから、『未来からやってきた君』と『どこかの世界の君を知らない私』は今やったのと同じ会話をしたかもしれない。二つ目は、君は未来から来たのではなく、未来予知をしているということ。この場合、君のタイムスリップの記憶は気のせいだ。それから、もう一つ。君が嘘を吐いている可能性だよ。これが一番現実的だよね」
「やっぱり私の言うことを信じないんですね」
「いやいや、そんなつもりはないよ。私はね現実的なんてあてにしてないんだよ。君が本当にタイムスリップしてきたと思っているということはわかるよ」
「私はね、君は未来からやってきたのではなくて、未来予知をしているんだと思うよ。だって、未来のことを思い出したのに、何度もタイムスリップしたことは覚えていないなんておかしいだろ。だからね、タイムスリップ云々ははなから、錯覚」
「私にはそうは思えないんです。私には200年後の未来で普通に暮らしている記憶がはっきりとあります。私が200年後に生きているはずがないですよね」
「待てよ、君はこの今の世界での記憶はいつから始まるんだ!?」
「生まれた時から、正確には物心ついた時からとでも言うんでしょうか」
「ははは、それだよ! なんでデジャブの時に気がつかなかったんだ! お互いね! 君は夢を見てるんだ。前世の夢を。そして、君は来年の夢を見ていたんだ! だから、君は前世、即ち現在のことも、来世、即ち未来のことも知っているんだ! 君が味わったタイムスリップは未来から現在への魂の移動だ! これで全て筋が通った!」
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