ブラックナイト

りょう(kagema)

信号

私の目の前を車が通りすぎた。


やけに長い信号。やけに少ない人通り。


どれほどの時間私はこの信号を待っているだろうか。見当もつかない。生まれた時からずっとここにいた気もするし、ついさっきここに来た気もする。


いつから待っているかもわからないのに私はなぜこの信号が長いことを知っているのだろう。なぜ人通りが少ないことが分かるだろう。ひょっとすると、ついさっき信号が赤になったばかりかもしれない。ひょっとすると、今私の視界に人がいないだけで、ついさっきまでたくさんの人がいたかもしれない。


空は雲ひとつない真っ暗な夜空で、道には街路樹が整然と植えられている。なんとなく、いい風景だった。


延々と続く街路樹の行列。この道はどこまで続いているのだろう。私はどこへ向かっているのだろう。それさえ、分からず私は信号を待っていた。


私は私の記憶を持っていない。なのになぜ私は私だと分かるのだろう。気づくと私はここにいた。前も後ろもなくここに立っていたのだ。私とはそもそもなんなのか。突然、立ち現れた私を私と呼べるのだろうか。


しかし、車が通りすぎた時からの記憶を私は私の記憶呼ぶことができる。ならばそれだけで私というものは成立しているのか。そんな私を私は生きなければならないのか。


こんな考え方はどうだろう。例えば、ここが夢の中だとすれば。車が前を通り過ぎた時から、夢の中の私としての人生は始まった。これは筋が通っているように思える。


あるいは、ここは小説の中だとすれば。車が通りすぎた時からこの物語は始まって、私はこの物語の主人公としての生を受けた。これもまた、筋が通っている。


そんなことを考えている時、初老の紳士がやってきた。そしてこう言ったのだ。


「もうじき、信号が青になります」


その時、私はこの世界が夢でも虚構でも私には関係ないことに気がついた。

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