第7話 ガール・ミーツ・ガール(?)
「ん――最後ちょっと、はしゃいじゃった」
紺のブレザーに光る若葉のブローチ。純白のブラウスと胸元の赤いリボン。ブレザーと同色の膝丈スカート、白い靴下に黒い革靴。小さいがまっすぐ伸びた背。
翼を思わせる、少し跳ね上がった髪。
月待日向だった。
日向は、サドルから降り、弾む息を整える。
「女子高生…」
通学路を覚える為にすでに二度ほど学校に来ている日向は、もう校舎には驚かないものの、満開の桜と、入学式の晴れの日という雰囲気に酔っていた。
握りしめた左手を胸に当てて、大きく息を吸う。
ここからだ。ここからすべてがはじまるのだ!
(S・E・I・S・H・U・N…!)
「ぷはぁ」
にやけながら、口を大きく開けてため息を吐く姿はもろに怪しいヒトだったが、本人は頭の中で薔薇色の未来だけをメリー☆ゴーランドさせている。
”見てあれが月待日向ちゃんよ。”
”えっ、あの名門皆美学園の? すごいじゃない。”
もうやだー! やったー! すごいやあたし!
「あの!」
「キター!」
胸の前で両拳を握りしめた日向は、脊椎反射で声のした方に振り向き、
「…はい?」
黒髪に白花一輪を挿した、絶世の美少女を見た。
背は自分よりも少し高い。
明治か大正かという、白の上着と紺の袴姿。
すらりとした体型は欧米のティーンモデルを思わせたが、濡れ羽色の流れる髪、やや冷たさのある白磁を思わせる肌、程よく高い鼻と柔らかみのある細い顎は、大和撫子の見本といってよかった。
影を落とすような睫の奥には、蒼い輝きを持つ瞳が憂いを帯びて伏せがちになっており、悩ましいこと限りない。
(美人…この子、新入生?)
日向が見惚れているのにも構わず、袴少女は詰め寄った。
「街にお住まいの方ですか!? あのバスが何処へ行くかご存知ですか!?」
日向は気圧されながらも、答えた。
「あ、うん、いちおう地元だけど…」
「あのバスは何処へ行くんですか」
艶のある、アルトの声。
「――み、皆美学園経由で東に向かってたから、中央病院、で駅前にもどる…かな?」
「駅前…わかりました…あの!」
憂いを帯びていた瞳は、突然決意をみなぎらせた。
「は、はい!」
「この自転車お借りしたいんです! 必ず返しますから」
白魚のごとく美しく長い指が、〈テオドール二世〉を指さす。
「え――と、」
展開に頭がついて行かない日向を躊躇していると見たのか。
次の瞬間、袴少女の両手は地面についていた。
「お願いです、人の命がかかってるんです!」
「な」
生まれて初めて見る、DOGEZA。
話には聞いていたけれどこれがDOGEZA。まさか自分がこんな美少女にナマ土下座される日が来るとは――。
かように日向は混乱したが、それも一瞬だった。
人の命という言葉の重さがずしりと胸を捉えていた。
日向は屈むと、相手の手を取る。
「だったらこんなとこで頭下げてる場合じゃないでしょ! いいよ早く乗って!」
自分が乗って来たばかりの、テオドール二世を差し出す。
「ありがとう!」
袴少女は云うと、自転車にまたがる。
颯爽とペダルをこぎ出し、そしてけたたましい音を立てて――転んだ。
「え」
日向は絶句した。
「ごめんなさい!」
袴少女は叫びながらも、自転車を立て直し、再び跨る。
そして漕ぎ出して二メートルほど進んだ後、再び、ずっこけた。
ランドナーのスポークが、カラカラとむなしい音を響かせる。
道の脇には、髪からこぼれた白い花が落ちていた。
「――」
日向は、やや危機感を感じていた。
この
もしかして、お近づきにならない方がよかったんじゃないか?
つーか愛馬テオドール二世よ、怪我はないか?
だが結局は、はじめに胸に届いた言葉を信じた。
「ちょっとあなた、自転車乗れないの?」
「…はい。乗ったことが無いのです」
日向は校舎の白い塔を振り返ったが、直ぐに決めた。
「乗って」
袴少女に手を貸して自転車を立て直した後、自らサドルに跨って言った。
「え…」
呆然としたのは、袴少女の方だった。
「後ろの車輪の軸にこのスティックつけて。その上に跨って」
素早く違法アイテムを鞄から取り出し、相手に手渡す。
「は、はい!」
袴少女はひそめていた眉をぱっと開くと、素早く動いた。
この時一つの輪が、止まれない坂を駆け下って回り始めた。
くるくる、くるくると。
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