第6話 引き裂かれた兄妹
バスが走り出し、駅前中心街の景色が後ろへと遠ざかる。
まだ都会に慣れていない祇居は、安堵のため息を吐いた。
人工物で遮蔽されていた道の両脇に段々と緑が見え始め、住宅街の合間に畑も見え始める。バスは中心街から南に向かっていた。
やがて道は傾斜を付け始め、山林の間を登り、その内に赤レンガの背の高い塀が、道路の左側に現れ始める。
(え、もう?)
気を抜いていた祇居は、焦った。
そして鞄から急いで「新入生代表挨拶」と表紙に印字され、右斜め端をクリップで留めた数枚の原稿を取り出して、慌てて見直す。
事前に学校側にメールを出して確認してもらい、既に暗記していた内容ではあったが、大勢の他人を巻き込むとあれば一文字のミスも許されない気がした。
少し読み進めた後、そんなにも多くの人前に出るということがいまさら肩にのしかかる。
(せめて制服が届いていればなあ)
駅前からバスに乗って一時間余りの
結果、ドローンが迷った。
村の詳細な地図が、ネットのどこを探しても見つからない。
まるでこの世から忘れ去られた土地であるかのように。
制服は、新入生代表に届かなかった。
祇居は、まさか中学の制服を着るわけにも行かず、自分の持つ唯一の正装である紺の袴と白の衣を着て、バスに乗っている。そして、先ほどから男女問わずの視線が、ちらちらと興味深げに注がれていた。
乗り物にも、街の人目にも慣れていない祇居である。
「学園前、学園前。
アナウンスがあるや、
「降りるよ」
小声で凛に呼びかけ、他の学生や親の先頭に立ってバスを降りた。
そして、前を見て圧倒された。
赤レンガの壁が途切れた所で、門が開いている。
門から校舎までは二百メートルくらいだろうか、モザイク模様を描かれたタイルのアプローチが続いて――
その先に、白く巨大な塔があった。
七、八階建ての、高さはおそらく四十メートル余り。
一階部分は、ガラス質の輝きを持つ柱廊のようになり、二階以上からの壁は、恐らく教室の窓であろう部分を除いて、すべて純白に塗り固められている。
その滑らかな円柱形が、春の淡い青空と、流れる雲をバックに、そしてアプローチの両脇に立ち並ぶ満開の桜を足元に置いて、悠然と祇居を見下ろしていた。
祇居は、胸の内側に震えを感じた。
「凛、僕頑張るよ」
云って振り返った先に、妹の姿は無かった。
「凛?」
「しいちゃーん!」
声がしたのは、今しがた出発したバスの方だった。
乗って来たバスの後部座席、その窓に頭を押し付けるようにして妹が必死に叫んでいる。小さな手がガラスを叩くが、ガラスはピクリとも動かなかった。
「しいちゃーん!」
「凛!」
泣き叫ぶ妹の顔に、鼓動が一気に速まった。
祇居は道路へと走り出しかけたが、既にバスはスピードに乗り始めている。
(なにか。だれか――)
そして、祇居の眼が必死に探したすぐその前に、高いブレーキ音を立てててブルーの自転車が止まる。
花片を肩に乗せた、ショートカットの少女だった。
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