第2章 王国祭




 長い歴史の中でずっと受け継がれて来たもの、 人はそれを『しきたり』と呼んで当たり前に従う。


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 どんな無茶でも


 自分に降りかかるまでは

 気にもならない『当たり前』で、


 だけど

 いざ自分に降りかかると


 たちまち

 たくさんの疑問が 浮かんでくるんだ。




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 その頃


 毎年行われる『王国祭』の準備で

 チェンバー魔法学院もにわかに華やいでいた。



 放課後にもなれば

 初等部高学年の男子生徒で構成された

 ボーイソプラノ合唱団の透き通る歌声が

 毎日聴こえてくる。



 パレードに参加するための

 シンボル作りも盛んだ。


 数人で担ぐそのシンボルは何を作るのも自由で


 チェンバー魔法学院からは

 学院らしい何かをテーマにすることになっていた。



 自由参加だから

 友達同士でチームを組んで学院から出る人もいれば


 家族で出る人もいる。



 僕は

 学院内の賑わいに目もくれず足早に家路を急いだ。



 帰宅途中の町並みも

 王国祭に向けて


 どこもかしこも準備に賑わう同じムードだった。



 そしてそれは

 この国に限った話でもなくて


 世界中の大小様々な国で一斉にされるお祝い――


 国によって

 呼び方や催しの内容は変わるらしいけど


 でも

 ひとつのお祭りを

 世界中でする意味は変わらない。



 僕らの住む

 アストリア王国でいうところの


『王国祭』――



 年に一度行われるこのお祭りは


 世界の伝説を後世に伝えるものだという。



 とりわけ今年は

 100年の節目にあたり


 とてもとても重要な年なんだ。



 世界中の誰もが

 小さなこどものうちから

 繰り返し聞かされ知っている


 その物語なら


 僕も絵本を持っている。



 世界の裏側を冒険する英雄たちの物語だ。



 それは今も伝統となって

 100年に一度だけ


 選ばれた英雄たちは

『世界の裏側』へ旅立つことになっているらしい。



 だけども僕は

 そんな『世界の裏側』が

 どこにあるかも知らないし、


 それは物語の中だけの話に思うんだ。



 ほんとうに100年前にも

 誰かがそこへ旅立ったんだろうか。


 帰ってきたんだろうか。



 今

 世界は平和で


 僕らが幸福に過ごしていられるのは


 大昔に誰かが


 世界の国々の

 役割を決めたことから成り立っていて。



 最初の世界は

 無秩序で混沌とし


 人々は争いばかりをしていたのだという。



 そんな世界から

 選ばれたのは7人の住人、


 裏側を旅した彼らは

 英雄となって

 そこから真理を持ち帰り


 混乱にある人々を導いた――



 僕らが暮らす今の時代に

 そんな混乱はないのにね。


 どうして

 100年ごとに

 英雄は選ばれるのだろう。



 でもまだそんな疑問すら


 この時の僕には

 浮かばなかったんだ。




「ただいま」



 勢いよく扉を開くと

 綺麗な音色の呼び鈴が音をたてて


 同時に

 甘い甘い香りが

 いっぱいに僕の鼻をくすぐる。



 父さんたちの焼くパンの匂いだ。


 焦げたバターの香りや

 独特な……これはチェチェトの葉のペースト!



「おかえりなさい」



 ニッコリと笑顔で振り返る

 母さんの手には

 厚地の使い古したミトン、


 熱い鉄板を持っている。


 窯から取り出したばかりの香ばしいパンに

 緑色のチェチェトのペーストが

 ふんだんに乗っていた。



 僕の大好物だ。



 でもチェチェトは

 僕らが以前住んでいた土地の


 春風の丘にしか自生しない。


 涼しい風が

 そよそよと優しく吹き続く穏やかな気候と


 あの程よい湿度でしか育たない、


 とても貴重な食材なんだ。



 目を輝かしていた僕に母さんは言った。



「すごいでしょ? おばあちゃまがチェチェトをたくさん送ってくれたのよ。あなたたちの分も焼いたから、手を洗ってらっしゃい」


「食べたら今日も、シンボルの台座作りを手伝ってくれよ?」



 父さんが

 カウンターの向こうから顔を覗かせて笑う。



 僕らは

 うちのパンでシンボルを作るんだ。


 台座の部分は

 パンと違って日保ちがするから

 先に作っておかないとね。



「見て見てお兄ちゃん。シンボルのデザイン」



 妹が持ってきたのは

 家族4人の絵だった。


 毎年フェアの絵をもとに

 父さんと母さんが

 パン人形を作ってくれるんだけど、


 今年の僕は

 魔法使いのローブを着ていて

 去年よりちょっぴり大人びていた。



「ああ…そうだ、」



 思い出したように

 僕は母さんを振り返る。



「あのさ、相談なんだけどさ」



 ちょっとだけ言いにくくて

 口ごもる僕に


 皆がキョトンとした顔で注目していた。



「今年は家族を増やしてみない?」



 父さんたちが

 ポカンと口を開けている。


 フェアは

 すっとんきょうな声で

 こんなことを言ったのだから


 僕は慌てた。



「お兄ちゃん、お嫁さんでも見つけたの!?」


「違うよバカ! そんなわけないだろ!」



 確かに

 僕の言い方も悪かったけど


 お店にいるお客さんたちに聞かれてないか

 僕は焦った。



「だって、赤ちゃんはすぐには生まれないもの。王国祭には間に合わないわ。私も妹がほしいけど、今年はがまんする」



 変に理解があって大人びてるかと思えば


 考え方はやっぱりこどもだ。


 ていうか

 来年は妹がいたらいいとか思っているらしい。



 父さんと母さんが顔を見合わせている。


 フェアのおかげで話が大きくそれた、


 僕は大きな声で言った。



「動物だよ! 使役動物を飼いたいんだ!」



 父さんたちも

 前に手紙を運んできた

 チェンバー魔法学院の利口なネズミを見て知っていたから


 説明は簡単だった。



 魔法の勉強を兼ねて、と押せば

 無下に断ったりもしない。



 父さんが

 真面目な顔で聞いてきた。



「ロイのやりたいようにやればいいけれど。一体どんな動物を飼うんだい?」


「後でお店をみてこようと思って。どんな動物がどんな魔法に向いているか、まだ勉強がたりないし。なるべく迷惑にならない動物にするつもりだよ、うちは食べ物屋さんだしね」



 母さんは頷きながら


「あんまり臭わない子がいいわね」と呟く。



 皆が賛成してくれそうで

 僕は内心ホッとしていた。


 妹はウキウキした顔で

 僕の手を握って振り回す。



「私も連れてって! 一緒に行きたい。お兄ちゃんの学校のそばにあるあの魔法道具のお店でしょ?」



 僕は目を丸くして

 振り返った。



「魔法道具のお店があるの?」



 てっきり

 チェンバー魔法学院の中にしか

 魔法のお店はないのかと思っていた。



「知らないの? お兄ちゃん。じゃあ私が連れて行ってあげる」



 そう言ったフェアは満面の笑みだった。




 昼食を終えて

 僕は妹と二人で街に出かける。


 見送りに

 家のエントランスまで来た母さんが

 優しい声で言っていた。



「帰ってきたら、おばあちゃまにお礼の手紙を書いてちょうだいね」


「うん。台座作りもあるしね。なるべく遅くならないようにするよ。いってきます」



 家の前の通りで

 僕を待っていたフェアは


 何が嬉しいのか

 今にも走りだしそうに

 ピョンピョンと跳ねている。


 たまの外出に

 髪型はしっかり整えられて

 全開のおでこが眩しかった。



 この街に

 引っ越して来てからというもの、


 僕は

 学院以外の場所に

 行くこともなくて、


 だから正直

 道は詳しくはなかった。



 その点、

 妹はよく

 母さんと一緒に買い出しに出掛けるから


 色々な場所を

 見ているみたいだった。



 でも

 ここは安心の街だ。


 小さなこどもすら迷子にはなりにくい。



 特に

 これから向かうのは

 チェンバー魔法学院の付近、


 まず間違えない。



 国の所有する場所には


 一目見てわかる『王の道』があるんだ。




 僕の知る限り

 街はどこも舗装された

 きれいな道が張り巡らされ


 例えばそれは

 タイルやレンガや木材、

 丸みを帯びた小石だったり

 切り取られた岩だったり、


 その土地にあったもので造られていた。



 大国と銘打つ三つの王国


 アストリア王国

 ウァルフガン王国

 ウィングルド王国では


 同じような水準で

 環境が整備されているらしい。



 そうした中で『王の道』とは


 三つの王国に

 それぞれ一つずつある王都


 つまりは

 王様のいる王城へと向かう為の道で、


 王都の方角を指し示す標が定められていた。



 僕は魔法学院で

 それを学んだけれど、


 世界共通の認識として

 一般の学校でも同じ勉強をする。



 この街の地図は

 だいたい頭に入っているから


 王の道に出れば

 自分の現在地は把握出来るんだ。



 どの建物が

 どこにあるかは

 実際に街を歩かないと覚えられないけどね。




 乳白色や薄紫の

 丸い小石が

 たくさん敷き詰められた道で。



「私、この道大好き!」



 妹はそう言って


 紅い三角模様の平らな石盤に


 ピョンと飛んで爪先で立つ。



 周りには

 大勢の通行人が往来していたけど

 道幅は広いんだ、


 フェアのように

 不規則に動いていても

 誰かにぶつかるようなそんな人混みじゃない。



 大通り、


 そこは王の道。



 フェアの足が踏みつける物こそが

 王都を指し示すもの。



 大きな街には

 国の施設が点在し


 その周りを

 ぐるりと丸く囲んだ細い道を起点に


 王都まで

 同じ色の三角で続いていく。



「チェンバー魔法学院の周りを囲む道はこんなに広くないけど。同じ石盤が埋められてるよ」



 見飽きるくらい見慣れたそれは

 特別何の感動も呼ばない。



「王国祭のパレードも、この道に沿って行くんだって」



 前に住んでいた村には

 舗装された道も


 当然

 王の道もなかった。



 パレードはあったけれど

 リレーのように村から村へ細々と繋がって


 だからきっと


 この街のパレードは

 僕らの村よりずっと後だね。



 ここは王都の一歩手前、


 国の中心部に含まれる

 大きな大きな街だから。





 王の道を示すのとは

 逆の方角に向かって少し行くと


 フェアが声をあげて

 一軒の店を指差した。



「あそこ。魔法のベルランカって書いてあるでしょ?」



 僕はびっくりした。


 店の入口にある看板に

 書かれているのは魔法文字だ。



「お前、魔法文字が読めるの?」


「なに言ってるの?  お兄ちゃんが教えてくれたんじゃない」



 確かに

 前に魔法文字について

 ちょっと教えてあげたけれど、


 まさかそんな簡単に

 覚えてしまうなんて思わなかった。



「優秀だね。クラスメートよりずっと才能ある」


「私、お兄ちゃんの弟子になってあげてもいいわよ?」



 フェアは

 まんざらじゃない顔で笑っていた。



 ショップ

『魔法のベルランカ』は


 王の道の大通りに面して

 店を構えていた。



 もう少し行けば学院があり、


 ここからでも

 青い尖り屋根が見える。



 隣には

 鞄造りの工房や

 宝石類の店が並んで


 どこも

 古くからある伝統的な店構えは

 こどもが立ち寄るような

 そんな雰囲気じゃあない。



 とりわけ

 魔法文字の看板のベルランカには


 一般の大人たちすら

 近寄りがたいだろう重々しさがあった。



 店先のショーウインドウには

 何に使うかまるでわからない

 謎の器具がオシャレに並んで


 それは一見

 アンティークなインテリアでも

 扱っているような


 そんな見映えだ。



 王国祭の準備に賑わう町とは対照的。



 古い扉を押し開くと

 店の中の異様な静寂が

 不気味に肌にまとわりつく。



 嗅いだこともない

 不思議な臭いと


 薄暗い店内に


 妹のフェアすら押し黙ってしまう。



 手を離すと

 扉は勢いよく戻る。


 風を切るように

 不自然な早さで音もたてない。



 まるで

 意志があって

 慌てているかのようだ、


 この店と外を

 繋いでおくことが

 そんなに嫌なのかい。



 外の明るさに慣れてしまった

 僕らの目は


 すぐには

 店内の景色を把握出来ない。


 フェアは

 僕のローブの裾を掴んでいた。



 目を凝らせば

 細長い造りの奥に

 広い部屋が続いているように見えた。


 両サイドに大きめの物が

 雑然と置かれていて


 入口付近に

 生き物の気配はない。



「ぶつからないように気をつけて?  奥に進むよ」



 僕が促すと

 フェアは小さな声で返事をした。


 恐々と進む

 妹の速度に合わせて


 ゆっくりと奥へ向かう。



 小さな音が

 コポコポと聞こえる。


 何だろう?



 僕らが辿り着くより先に


「お客かね!」と


 大きな声が

 奥の部屋から叫ばれた。



 フェアが一瞬ビクリと震えた。


 僕まで

 怯えてしまうわけにはいかない、


 少し大きな声を出して

 返事をしなければ。



「そうです、探し物があって来ました」



 顔の見えない相手に

 いきなり細かい話をするのも気が引けて


 とりあえず僕は

 僕という客がいることを証明した。



「なんだ、こどもじゃないか」



 店の奥で呟くのは

 急に気を落とした感じの

 おじさんの声。


 迎えに出てくるのも

 億劫だという態度が

 空気で伝わってくる。



 何やらぶつぶつと愚痴をこぼしながら

 それでもやってきたのは


 初老の男性だった。



 魔法使いだ。



「ふん。怖いかね?」



 フェアを見て

 小馬鹿にしたように笑う


 どうやら

 少し意地悪な魔法使いみたいだ。



 長いローブのフードを被って

 髪はわからないけれど、


 長いヒゲが真っ白だ。



 あるいは

 金色なのかもしれないけれど

 よくわからない。



 それよりも

 目をひくのは

 片方の目だけに付けた丸いレンズ。


 アレも

 魔法の道具なら

 一体何を見ているかわかったもんじゃないぞ。



「さて、何を探しにきた?  小さい魔法使いよ」



 もう片方の裸眼が

 ギョロリと僕を見た。


 左右の目が

 別々に動いている。



 僕は息を飲んだ。



 わざと

 僕らを怖がらせて

 試しているのかもしれない。



 僕は

 そう思って

 なるべく自分を落ち着かせながら


 言葉を探した。



「あの……、動物を」



 じっと

 目を細めて

 なおさら意地悪そうな顔をする。


 目の前にいるのがでなきゃ

 僕らはとっくに

 走って逃げているだろう。




「動物をだと?

 お前さんみたいな未熟者がかね」



 僕は

 頬がカッと熱くなるのを感じた。



 急に

 すべてが

 恥ずかしくなった。



 ちょっと本を読んで知識を得ただけで、


 僕は簡単に

 使役の魅力に取りつかれた。



 実際に

 身近な場所で見た彼らに憧れて


 自分のステータスのような気になって



 だから

 僕は

 求める。



 未熟者である自分のことには

 目も向けず。



 たった一言で

 それらすべてを

 言い当てられたようで


 僕は

 自分の浅はかさに

 どうしようもなくなった。



「失礼ね!  それがお客に対する態度なの!?」



 びっくりした。


 僕の後ろで

 震えていたはずのフェアが

 まさかの反撃だ。



 僕は真っ青になった。



「こどもだろうと金を払うならお客だ。だが金を払うまではただの冷やかしかもわからんからな」



 そう

 何でもない顔で

 魔法使いの店主は返したけれど


 僕は

 生きた心地がしなかった。



「お前さんの短いローブはどう見ても初等部、うちのお客になるにはまだ早い気がするがね」



 僕ら初等部の生徒のローブの丈は短い。


 せいぜい

 指先が出るくらいの長さだ。



 初等部で扱うような魔法の道具は

 学院の教材として

 用意されるものばかり、


 お店に

 何かを買いに来るような

 必要はなかった。



「動物ならいる。見るか?」



 もう

 帰りたい気持ちで

 いっぱいだったけれど


 ここまで来たからには

 後にひけない。



 店主のあとをついて奥に進む。


 ようやく目が慣れてきた。



 最初に店主がいただろう部屋は

 カウンターが

 壁の端から端まで幅広くあって、


 そのむこうの壁一面に

 たくさんの引き出しがあった。



 カウンター以外にも

 そこかしこに

 棚やテーブルがあり、


 瓶詰めや装置などが並んでいる。



 ひとつ

 稼働中の装置が

 コポコポと音をたてて

 色水を沸かしていた。



 色んな臭いが混じって

 不思議な蒸気が漂う中、


 僕らが

 興味津々に辺りを見ていると


 店主はさらに奥の部屋に

 ずんずんと進んでしまった。


 僕は慌てて

 フェアの手をひく。



 本がたくさんの部屋だ。



 古い紙の臭いがかすかにする。


 その部屋の中央に

 螺旋状の階段が二階へと続く。



 無言で上る

 店主を追って

 手すりに手をかけると


 脆い造りの階段は

 グラグラと揺れていた。



「フェアはここで待ってる?」



 この階段は危ないかもしれない。


 でもフェアは

 首をすくめてふくれた。



「お兄ちゃんについてく」



 先に行った店主が階段を上りきった。


 手すりから伝わる揺れは

 余韻だけになる。



 大人が上れたんだから

 僕ら二人分の体重くらいは

 支えてくれるだろう。



 気をつけながら

 僕が先に螺旋に足をかけた。


 妹が後に続いて上ると

 また階段の揺れは激しくなって


 僕らはハラハラしながら

 足早に進んだ。



 二階に顔を出した僕は

 途端に

 動物の持つ独特の生臭さに視線をあげる。



 そこは

 部屋の隅で意外だった。


 一階は

 部屋の中央にあった階段だから

 二階の間取りも

 同じかと思ってしまっていた。



「こっちだ」



 向こうから

 店主の呼ぶ声がする。


 並んでいる壁は多分檻の裏側で


 中には

 何か動物たちのいる気配があった。



 僕はフェアが

 階段を上りきるのを引っ張り上げてから


 呼ばれた方へ向かった。



 今までで一番明るい

 外の光が射し込む屋根裏部屋で


 ベランダから

 屋上へ出入り出来るらしく、


 店主が

 出入り口になる窓を

 開けているところだった。



 その先に見えたのは

 屋上に放牧された牛と馬だ。


 芝が生い茂りまるで外のようだった。



「うわぁ、おっきい」



 妹はそう言って歓声を上げたけれど

 僕は息を飲んでいた。



 僕の中の

 使役動物の候補にその発想はなかった。


 僕が知っているのは

 ネズミやトリやヘビだ。



 まさかここで牛と馬だなんて、


 とてもじゃないが

 僕の部屋では飼えない。



「あの、出来たらもっと別の動物がいいです」



 馬は嫌いじゃないし

 牛もきっと何か

 素晴らしい動物だろうけど、


 使役の前に

 まともな飼育も出来ないと思うんだ。



「そうだろうとも、お前さんには荷が重い」



 店主は

 可笑しそうに口を歪めて

 意地悪に言いながら


 つい、と僕の横を指差した。



「あとはそっちの檻の中にいる」



 振り向いたフェアが

 悲鳴をあげようと短く息を吸った、


 僕はとっさに

 その口を後ろから両手でふさぐ。



 悲鳴なんかあげて驚かせてはいけない。


 使役動物に

 嫌な記憶を植え付けてはいけない。



 でも

 檻の中で寝ているのは

 立派なたてがみを持つ獅子だ。


 僕もできたら悲鳴をあげたい。



 だって

 こんな間近に

 危険な獣を見ることなんて


 普通ならまずない。



 とにかく

 起こしてはダメだと思った。



 その隣にも檻は続いていた。


 中にいたのは今度は羊だ。



 隣り合う同士は

 互いの姿が見えないにしても


 狩るものと

 狩られるものが

 こんな近くにいるのは危険なような気もした。



 そして

 一番奥の檻の中では

 所狭しと猿が飛び回っている。



 僕は辺りを見回した。


 もう他の動物は見当たらない。



「あの…。ここにはネズミやトリやヘビなんかはいないのですか?」



「うちの店はな」



 魔法使いの店主は

 ずいっと僕の目の前まで顔を近付けて


 囁くように言った。



「魔法使いの御用達しなんだ」



 もちろん

 魔法の道具の専門店だから

 魔法使いの御用達しだと思う。



「僕も魔法使いです」



 まだ未熟だけど。



「町の金持ちはよく勘違いをして、自分達は良いものを持ちたがる。そして自分のこどもには良いものを持たせたがる」



 身を引いて

 店主は忌々しく続ける。



 どうやら

 悪意の矛先は僕ではなく


 お金持ちの人に

 向いているようだ。



「魔法の道具は特別だ。扱い方もわからんくせに金を出せば買えると思う。だからうちには扱いにくいもんしか置いてはないよ。――立派な魔法使いならばキチンと使えるさな」


 どうやら

 店主の偏屈ぶりには

 訳があったみたいだ。


 僕はなんとなくそれを納得した。



「お前さんがほしい動物なら、ホレ、お前さんのチェンバー魔法学院の中で売ってるだろう。ここはハイランクの店だよ」



 店主は

 僕のローブにある

 学院の紋章が刻まれた

 金のブローチを指で突いた。



 確かに

 チェンバー魔法学院の中に

 大きな売店があって


 様々なものが

 販売されている。



 でも

 学院で買い物をするのは

 正直気がひける。



 僕は今

 マーキスのせいで

 とても

 目立つ存在になってしまっていたし、


 すぐ噂が広まるのは目に見えている。


 使役動物なんて

 初等部のくせに

 生意気だと思われるだろう。





 フェアが

 猿の檻を覗き込むと


 猿の方も

 フェアを覗き込む。



 お客は珍しいのかもしれない。


 さっきまで

 檻の中を

 忙しく動き回っていたのが

 嘘みたいだ。



 見たことのない種類で

 肩に乗るくらいの大きさだ。


 長いしっぽや

 真ん丸の目が可愛い。



 僕は

 フェアと猿が

 にらめっこをしてるのを

 ボンヤリと見てから


 店主に訊ねた。



「あの猿はいくらですか?」



「無理無理。値段を決めるのは動物の方だ。私が動物を手放すための最低金額を決めている、それ以上の値段がつかなきゃ売りはしない」



 店主は

 無理無理と

 手をひらひらさせた。


 最初から

 僕に

 動物を売る気はなかったみたいだ。



「まあ、この中でお前さんなら猿を選ぶのが妥当な判断。そこは認めてやろう」


「猿がどうやって自分の値段を決めるの?」



 店主の決めた最低ラインを

 動物が知っているのだろうか。


 僕が不思議に思っていると

 店主が笑った。



「動物が値段をつけるのは自分にじゃあない。客の顔を見て、その客に値段をつける。つまりお前さんに私の決めた額以上の価値があるか、だよ」


 猿に自分の価値を問うなんて

 何だか腑に落ちない。


 猿から見た自分、

 猿にとっての自分、


 それが

 僕という人間のすべてを

 評価した答えではなく


 猿の主人として

 評価した場合にしても。



 そこまで考えて

 僕はふと気付いた。


 腑に落ちない……こともないか。



 猿にとっては

 主人を選べる権利がある。


 家畜動物よりも

 それはずっと

 自己主張を持つ個体だ。



 まして

 使役動物は

 ペットとは違う。


 互いの信頼関係を

 築く必要があり


 ただ飼い慣らすだけでは

 意味がない。



 いのちとしての

 意志の強さ、


 知能はない生き物でも

 相性の好き嫌いくらいは

 ハッキリと抱く。



「この猿に、僕の値段をきいてください」



 店主が

 変な顔をしていた。


 よく感情の読み取れない

 複雑な表情だ。



 ちょっと考えてから

 やがて呟く。



「お前さんは厄介だな。普通はすぐに怒って客は帰るよ」


「どうしてもこの猿を僕に売りたくはないから?」



 まっすぐに見つめる

 僕の目を見て

 店主は首を振った。



「お前さんはどうやら頭がいいらしい。こどもと思って侮った。商売だから私は猿が売れたらそれは嬉しいね。でもお客は選ぶ。私も、猿も、相手を見る」



 猿の前に

 見たこともない

 石の本を開いた。


 表紙が石板で

 中身の頁はない。



 僕は呆けた顔で

 それを見ていた。


 妹が店主の邪魔にならないよう

 一歩下がる。



 猿は

 石板に腕をのばして

 檻の柵から

 ニュッと手をだした。


 その指先が

 触れた石板は

 ほのかな光を灯したんだ。


「ああ、なんてこった」



 石板を覗いて

 店主は呟くと


 それを僕に見せた。



「この金額が払えるかね」



 どうやら

 店主の最低ラインは

 超えたみたいだ。


 僕は

 腰のベルトに付けた

 小さな鞄から


 お金の入った袋を取り出す。



 お金は

 重さをはかって

 調べないと

 いくらあるかわからない。



 天然の金の塊は

 大きさも形も様々で

 コロコロとした石みたいだ。


 不純物と

 混ざりにくく

 塊の中に何か別の物が

 混じってしまっていても


 魔法で取り除くことが

 簡単に出来、


 不純物を含まない

 魔法処理を施されたものは

 独特の光を放つから


 偽物も紛い物も

 通用しない。


 また

 魔法でも

 未だに

 生み出すことが

 出来ないものだという。



 天然の

 価値ある鉱物は

 こうして

 様々な価値と

 交換をされる。



 日頃は

 こんな大金じゃなく

 砂粒くらいの価値の

 安い買い物しかしないけれど


 砂粒では

 取り扱いが難しいから


 その代わりに

 紙幣を使って

 やり取りをするんだよ。



 僕の手から

 小さな袋を受け取り


 店主は重さを確かめてから

 袋を開けて覗いた。



 金以外のもので

 ごまかしたりは

 していない。



 これは

 僕が今までずっと

 貯めてきたものだ。



「もし足りなかったら私のも使って」



 妹が心配そうに呟いた。



 店主は

 ニッコリと

 笑顔を見せながら


 猿の檻を開ける。



「これだけあれば大丈夫。この半分もかからないさ。下に行ってキチンと計るから、お前さんはこの猿を連れていくといい」



 猿は

 素早い動きで

 妹の肩の上に移動した。


 どうやら

 妹を気に入ったみたいだ。


 くすぐったそうに

 フェアが笑う。



 もしかしたら

 猿がつけた値段は

 僕だけじゃなく


 僕と妹を

 あわせた価値だったかもしれないな。



 そんなふうに思ったけれど

 店主には内緒にした。


 売るのはなしだと

 言われては困る。


 僕らは

 猿と一緒に

 下の階へと戻り


 さっき通りすぎた部屋の

 カウンターで

 金の計量をしてもらった。



 必要な分だけを

 天秤の皿に乗せて

 バランスが取れると


 店主は

 残りの金の入った

 小袋を返してくれた。



 次に店主が出したのは

 重厚感のある

 立派な表紙の台帳、


 開かれたしおりの頁は

 真新しい頁だ。



「ここに血のサインを」


「血のサイン?」



 僕は

 店主の顔を見た。



 差し出されたのは

 羽ペン、


 血の? サイン……


 インクの代わりに

 血をつけて書くのだろうか。


「うちの商品は売り渡す際に、みんな同じように血のサインをする。するとそのお客が病気だったり、死んだりした時にわかるのさ。ここに書いてある」



 何でもない顔で

 店主は当たり前のように

 ツラツラと説明をした。



 僕は

 示された場所を

 目で追うけれど


 さっき二階が

 少し明るかったせいだろう、


 よく読めない。



 一度

 目をゴシゴシとこすった。



 横から顔を出したフェアが

 台帳の文章を覗きこんだ。



「『契約書、肉体的精神的に商品の持ち主としてふさわしくない状態と判断する場合、商品はすべてベルランカに帰す。』


 これってつまり、病気だったりのこと?」


「そう。商品は管理者が必要だ。持ち主が管理できないなら引き取らないと危険だろ?あとは『闇の心』に堕ちてしまったもんに、うちの商品を悪用させるわけにいかんからな」



 僕は二人の話を聞きながら

 フェアの読んだ文章を見た。


 これは

 魔法文字じゃなく

 普通の字で書かれている。



「やみのこころってなぁに?」



 妹が首をかしげると

 店主は声のトーンを落とした。



「知らんでいいよ。お前さんたちには聞かせたくもない話だ。もっと大きくなったら話してやらんでもない」



 何か

 嫌なことを

 思い出した時のように


 店主は苦い顔をしていた。



「お兄ちゃんが風邪でもひいたらこの子とお別れになるの?」


 妹の素朴な疑問に

 店主はとたんに愉快に笑った。



「風邪くらいみんなひく。大丈夫だよ。それに猿はお嬢さんによくなついてしまった。世話は二人でするといい」



 僕は

 羽ペンを握ったまま

 どうしたものかと考えた。



 普通は

 インクの入った瓶と一緒に

 羽ペンは出てくる。


 でもそれがないからには

 やっぱり血で書くんだろうな。



 いつまでも

 僕がじっと

 契約書を見ていたからか


 店主が思い出したように

 付け足した。



「それは魔法の羽ペンだよ。インクはつけなくてもそのまま書ける」


「そのまま?」



 頷きながら

 自分の髭をなでて


 ニヤリとした。



「その昔はみんな、ナイフで指に傷をつけて血をインクの代わりにしていたが」



 フェアが

 隣で首をすくめた。


 こういう話は苦手なんだ。



「ある時、女王陛下がおいでくださった。由緒あるベルランカとしては陛下の指に傷をつけるわけにいかない」


「あ。ペンの先が赤い」



 僕の握った羽ペンは

 まるで血に浸したみたいだ。



「必要なだけ血を吸い、傷をつけない魔法の羽ペンだよ」


「お兄ちゃんの血を吸ってるの? 痛くない?」



 痛みはなかった。


 ほんの少しだけ

 あったかい。



 契約書に

 サインをしてみた。


 血の色で

 ほんとうに文字が書ける。



 書き終わると

 少ししてそこに

 ゆらりと小さな火の玉が

 浮かび上がった。



「なに?」



 フェアがびっくりして

 僕にしがみつく。



 青い色の綺麗な火の玉は

 淡い光で揺れている。



「お前さんの魂がここに浮かぶ。今は健康だ。揺らめき方や形、色や光の強さで相手がどこにいても状態がわかる。消えてしまったら命のおわり、だ」


「命のおわり? これを消したらお兄ちゃんが死んじゃうの?」



 だんだんとこわばるフェアの声に

 店主は首を振った。



「それはない。この契約書の魂は映し出しているにすぎん。だから消そうと思って消えるもんでもない」



 それをきいて安心した。





 店を出た僕らは

 家路の途中で

 猿の名前を考えていた。



 空は

 陽が傾き影がのびる。



「そういえばこの子、オスかしらメスかしら」



 フェアが

 自分の肩の上の猿を見る。


 動物は

 顔を見た限りでは

 僕ら素人に

 雌雄の分別はつかない。



「たぶんオスかな」


「どうして?」



 フェアが

 不思議そうに

 目を丸くして見ている。


 辺りの景色と同じ

 橙色に染まっていた。



「お前によくなついてるからさ。コイツ絶対、僕のことご主人だなんて思ってないよ」



 家には

 使っていない鳥籠があった。



 とりあえず

 猿の部屋の代わりに

 用意をして中に入れる。


 少し狭いけど

 家の中では

 自由にさせるつもりはない。


 我慢してくれよ。



 僕は父さんと

 シンボルの台座を完成させ


 夜には

 おばあちゃんに

 お礼の手紙を書いた。



 妹は猿の名前を考える傍ら

 シンボルのデザインに

 猿の絵を加えた。



 夕食の時に

 父さんと母さんも

 一緒になって

 猿の名前を考えてくれた。


 僕は

 鳥籠の前で

 慎重に考えた。



 色んな案がたくさん出たけど

 名前を付けるのは僕だ。


 餌を与えるのも

 僕だ。


 だって

 使役動物として

 きちんと主従関係を

 作っていかないとね。



「よし。決めたぞ。お前の名前はパン。パンが大好きみたいだからな」



 僕が

 パンをちぎって渡すと

 猿のパンは

 それを喜んで食べた。



 うちはパン屋だから

 餌には事欠かない。



 特に

 フルーツと一緒に焼いたパンは

 大好物みたいだ。


 幸せそうな顔をして

 小さな手を上手に使って食べる

 そのしぐさが可愛かった。



「お兄ちゃんが学校に行ってる間は私がお世話していいでしょ?」



 妹は

 鳥籠の掃除も

 進んでやりたいと言い出した。



「明日は首輪を用意しよう。外の散歩はそれまでさせないようにね。まだなついてないから逃げたら連れ戻せない」


「わかったわ」



 確か

 チェンバー魔法学院の売店に

 小動物用の

 首輪くらい売っていた。



 翌日

 休み時間に

 売店へと足を運んだ僕が

 首輪を探していると、


 なんてことだ


 よりによって

 マーキスたち三人がやって来た。



 僕は思わず

 物陰に隠れた。


 悪いことは

 もちろん何もしてないけれど


 顔を合わすのは嫌なんだ。



 どうやら

 ニジー達が作っている

 シンボルの材料を

 補充に来たらしい。



 早く買い物を済まして

 行ってほしいのに


 二人は

 マーキスのシンボルを

 やたらに誉めてばかり、


 聞いていて嫌になる。



 何でも

 マーキスの家では


 毎年

 プロに外注した

 豪華なシンボルを

 パレードに出すらしい。



 そんなのは

 ほんとの意味で

 参加したことになるんだろうか。


 お金を出しただけで

 自分たちは

 何も手を加えないなんて


 僕には理解出来ない。


 三人が去ったのを確認して

 僕は物陰から

 おもむろに出た。



「きゃ」



 すぐ後ろでした

 小さな悲鳴に

 振り返ると


 そこには

 ミス・チェンバーがいた。



 手には

 鳥の餌の袋を抱えている、


 マーキスたちにばかり

 気を取られすぎて

 油断してた僕は


 たぶん

 買い物中のミス・チェンバーからしたら

 かなり怪しい。



「ごめんなさい、そんなとこに人がいるなんて思わなくて」



 まさか

 隠れてたとも言えない、


 僕は笑ってごまかした。



「鳥を飼ってるの? うちには猿がいるよ」



 慌てると

 ろくなことがない。


 妙にベラベラと

 口が勝手に動くけれど


 ミス・チェンバーと僕は

 面識すらない。



「そうなの」



 引き気味に

 ミス・チェンバーが

 笑って返す。


 それ以上付きまとうのも悪いから

 僕は首輪を探した。




 なんてことだろう。


 うっかり

 ミス・チェンバーと

 言葉を交わしてしまった。



 僕は

 今さらながらに

 ドキドキとしてきた。



 今日は

 青い色のリボンを

 つけていた。


 綺麗なブロンドの髪に

 よく似合ってて

 素敵だったなぁ。



 どうせなら

 鳥の餌より

 そっちを口走れば良かったかな。



 僕が上の空で

 手にとったのは

 小動物用のベストだった。


 首輪が苦手な動物でも

 ベストなら苦しくない。


 背中には

 取り外しが可能な

 細い紐がついていた。



「ああ、これでいいや」



 時間もあまりないので

 我に返った僕は

 急いで会計を済ませた。



 チェンバー魔法学院では

 校章のブローチさえあれば

 買い物にサインはいらない。


 紙幣のお金を支払うだけだ。





 王国祭の期間は

 学院は休みになる。


 一般の大人たちも

 多くは仕事をやめ

 祭りに参加する。



 前夜祭から

 十日間だ。



 先生が休み中の

 注意事項などを

 話していたけれど

 みんな浮き足立って

 話なんか聞こえてないだろう。


 僕は僕で

 ミス・チェンバーのことで

 頭をいっぱいにしていた。



 休みに入る前に

 餌を買っておくのはわかる。


 気になるのは

 初等部の生徒が

 すでに使役動物を

 飼っているということ。



(もしかするとミス・チェンバーの家は、マーキスみたく代々魔法使いの家系なのかもな)



 そう考えて

 一気に不愉快になる。


 頭の中に

 マーキスが浮かんだことに対してだ。



 僕の

 集中力が途切れたその時


 先生が教室のみんなを

 見渡していた。



「最終日には、広場に集まるのを忘れないでください。ゴーヴの広場です。大事な発表ですからね」



 僕はふと

 何の話だろうと

 我に返った。


 ゴーヴの広場は

 この街一番の大広場で

 大掛かりな劇をしたりする場所だ。



 街中の人が

 集まることが出来る。



 そこで

 何の発表があるのだろうか。



「何か質問はありますか」



 まさか今さら

 話を聞いていなかったなど

 打ち明ける気にはなれない。



「では皆さん。素敵な祭日を過ごしてください」



 途端に騒がしくなる

 みんなに紛れながら

 僕は何食わぬ顔で

 教室をあとにした。




 明日はついに

 前夜祭だ。


 父さんは

 店じまいをして

 家族人形のパンを焼くだろう。


 母さんは

 たくさんのご馳走を作り

 近所の人たちと

 交換しあうだろう。


 僕と妹は

 そのご馳走を持って

 地域の貧しい家庭に

 届けるだろう。



 そして

 どんな生活をしている

 どんな人も

 一緒になって

 祭りを祝う。



 命ある今日に

 感謝する。



 翌朝から始まる

 パレードの到着を待って


 歌い踊る日々が続いて


 僕らのパレードが始まると

 祭りは一番盛り上がる。



 今までの

 田舎暮らしでさえ

 そうだったのだから


 この街では

 大盛り上がりになるだろう。




 けれども、

 僕の予想は

 いくらか外れた。



 まず

 僕が目を覚ましたのは

 いつもよりずっと遅い時間、


 昨夜は

 興奮して寝付けなかったから

 結果として寝坊したみたいだ。



 皆が忙しいこともあって

 誰も起こしてはくれなかった。


 ふいに

 僕の部屋に来たフェアさえ

 僕には声もかけず


 新しい家族の

 小さな猿と戯れていた。



「……今、何時?」



 僕は

 ベッドに横たわったまま

 フェアにそう聞いた。



「もうすぐお昼になるわ」



 返ってきた返事に

 僕は飛び起きた。



「なんで起こしてくれなかったのさ!?」



 急いで着替える僕に

 フェアは首をかしげた。



「何か盛り上がらないのよね? せっかく前夜祭なのに。朝からお母さんもガッカリしてたわ」


「何かあったの?」



 鳥籠から飛び出した

 パンは


 僕が脱ぎ捨てた

 服のぬくもりがいいのか


 その中に

 もぐって遊んでいる。



「ご近所同士のご馳走交換はやらないんですって。都会だから?」


「そうなんだ。じゃあ子供のいない家は誰が料理をもってくのかな」



 貧しい家に

 皆で食事を振る舞うのは

 僕たちには

 当たり前の風習だけど。


 それともここには

 そんなしきたりはないのだろうか。



 正午の鐘が

 晴れ渡る空に

 カランコロンと響き


 僕は妹とパンを連れて

 家を出た。


 蓋のついた

 大きな四角いバスケットに

 ずっしりとご馳走が入っていて、


 パンは

 美味しそうな匂いにつられるのか

 必死に蓋の上で

 もがいている。



 母さんが

 見送る中


 僕らは

 この街の下層地区へ向かった。



 真昼だというのに

 薄暗い


 半地下の通りを抜けて、


 建物と建物の間に

 ひっそりと住まう

 人々の姿が見えた。



 彼らには家がない。



「こんにちは」



 僕が声をかけると

 彼らは怪訝そうに

 こちらを見た。


 頭からかぶった

 布切れの隙間から

 隠れるようにして。



 まるで

 王国祭を

 知らないかのように


 彼らは

 オドオドとしていた。



 僕は

 一番近くにいた

 老人にバスケットを差し出す。



「王国祭のお祝いです。皆さんで食べてください」



 途端に

 彼らはハッキリと

 驚きの表情になる。


 フェアは

 不安そうに

 僕のローブの裾を

 ぎゅっと掴んだ。



「僕たちのいた田舎では、王国祭のお祝いは皆でしたんです。ここでは違うのですか?」



 僕が困った顔で訊ねると

 老人は震える手で

 バスケットを受け取った。




 暗い影から

 何人か


 こどもたちが覗いていた。



「皆も食べてね。母さんの自慢の手料理なんだ」



 老人は

 言葉にならない言葉で

 何かもにゃもにゃと言って

 手を合わせていた。


 何度も何度も

 僕らに頭を下げながら。



 小さいこどもたちの奥から

 掻き分けるようにして

 僕より年上の

 女の子が出てきた。


 と言っても

 髪が長いから

 そう見えるだけで


 実際に女の子かはわからない。


 少なくとも

 僕の知ってる女の子は

 あんな険しい目付きで

 睨んで来たりはしない。



 フェアは

 僕の後ろに隠れている。


 その緊張が伝わるのか

 パンがキャッキャと威嚇をして

 女の子も

 顔をしかめて足を止めた。



「早く帰ったほうがいいよ。街の連中は《家無し》が嫌いだから」



 その声は

 乱暴だったけど

 やっぱり女の子だった。



「この街の人は君たちにはお祝いをしないの?」



 不快感を抱きながら

 僕が聞くと

 彼女は小さく笑った。



「そんなことはないけど。ここには来ない」


「どういう意味?」



 彼女の後ろまで

 小さな子たちが出てきて


 老人が開けた

 バスケットの中を

 覗き込んでいる。



 老人は

 一人一人に

 母さんの料理を渡してくれた。



「下層地区の家は貧しい家ばかりだから、金持ちの子が毎年山羊や鶏を連れてくる。それを皆で飼う。ミルクや卵が採れるから。でもそれは家のある人まで」



 つられて見上げた

 石の壁。


 冷たい家が建ち並ぶ

 その隙間には

 陽も差さない。



 昼間なのに

 どこか寒くて

 しっとりとしていた。



「《家無し》は汚いだろ?街の連中は顔も見たくないと思ってる。あたしたちはだから下の道にいて、家のある人は上の道を行く。上に出たら野良犬のように追い回されるんだ」


「同じ人間だよ」



 僕は憤慨した。


 でも彼女は

 同じじゃないよ、と

 呟くんだ。



「…ああ、金持ちが来た。皆隠れて」



 誰かの声に

 こどもたちは

 そそくさとまた

 影に身を潜める。



「顔を見せるな。お前たちも仲間外れにされる」



 僕はもう

 仲間外れにされている、


 けど

 フェアもいたから

 石の壁に張り付くように

 身を潜めた。



 ここは半地下の通り。


 上には

 家々の玄関や

 彼らが行き来する

 別の道があり、


 裕福な家ほど

 玄関が高い。



 下層地区は

 上下に広がる

 立体的な町並みで


 僕らの住む地区とは違う、


 店は

 広い通り沿いに

 並んで続くけれど


 ここには

 見えない場所がたくさんあって


 見たくない人と

 見つかりたくない人が

 共存しているんだ。


 息を潜めていたら

 上の方から

 動物を連れてくる

 誰かの気配がした。



 さっき聞いたばかりで

 すぐにそれが

 山羊と鶏を連れた

 金持ちの子だとわかった。



 コンコンと

 扉をノックする

 堅い木の音と咳払い、


 鶏はクックッと鳴きながら

 せわしく羽音をたてた。



 やがてポソポソと

 短い会話が聞こえ


 僕はハッとした。


 マーキスの声だった。



 顔を上げて

 見つからないように

 気をつけながら

 移動すると


 マーキスの

 あの鮮やかなローブの裾と


 黒い山羊のお尻が見えた。



 ありきたりな

 偽善者みたいな挨拶を済まして

 マーキスが足早に去っていく。


 僕は

 無性に腹がたった。



 何に腹がたったとか

 ハッキリとはわからないけれど


 とにかく

 腹がたった。



「すごい…黒い山羊」



 フェアが呟く。


 種類はわからないけど

 栄養豊富なミルクで有名な

 何か高い山羊だ。


 初めて見た。



 鶏は見えなかったけど

 きっとそれも

 高級鶏に違いない。



 自分の家が

 どれだけ金持ちか

 自慢の為に配っているのだろうか、


 せっかくのお祭りに

 僕は水をさされた気分だ。



「家から出るゴミが、あたしたちにはご馳走だから」



 僕らは

 不意に後ろから聞こえた声に

 驚いて振り返った。



「《家無し》にまで、恵んでくれてありがとう」




 来年はもう来るなよ、と

 家無しの女の子には言われた。


 きっと

 僕らを心配してくれたんだろう。



 でも

 僕らは

 山羊を連れていけるほど


 裕福なわけじゃあないし、



「来年も必ず行こうな」


「うん。街の人にはみつからないように行けば平気よね」



 重たいバスケットのなくなって

 あいた手を繋いで


 僕らは

 のんびり歩いて帰った。



「裏庭でリンゴの木を育てようよ。あそこは陽当たりがいいから」


「うん。頑張ってお世話する」



 僕が頭をなでてやると

 フェアはニッコリと

 笑顔を返した。



 パンはそれを見て

 僕の真似をしようと思ったのか


 小さい手でフェアの髪を

 モシャモシャと荒らし


 綺麗に

 編み込んであったところから

 何本か乱れて出てきた。


 家に着く頃には

 ボサボサだったけど


 楽しそうだったから

 本人には内緒にしておく。



 夜の食卓で

 家族全員が

 お祈りをして


 ようやく

 前夜祭が始まる。



 僕は

 父さんと母さんに

 今日のことを話した。



 僕らが驚いたのは

 家がない人がいるということ。



 前にいた村では

 貧しい人にも

 家はあった。


 お金がなくても

 皆で力をあわせれば

 家は作れたからだ。



 でもここでは

 そうじゃない。


 たくさん

 家のない人がいた。



「あの子たちは、どうやって夜眠るんだろう」



 石畳の道は硬くて冷たい。


 雨風は凌げても

 外は寒いだろう。



「綺麗な街なのに。大きな街なのに」



 フェアが呟くと

 父さんが腕を組んだ。



「都会のほうが貧富の差は大きくなるんだろうなあ」


「ひんぷのさ?」



 僕は

 またマーキスを思い出して

 しかめっ面になる。



「僕は金持ちは嫌いだな」


「あら」



 自分たちを

 偉いと錯覚して

 僕らを見下す、


 同じ人間なのに

 そこには差別がある。



「でもね、ロイ」



 母さんは

 食事の手を止めて


 ナプキンで

 僕の口元についていたらしい

 ソースを拭いてくれた。



「私たちが暮らしていけるのは誰のおかげ?」



 母さんは

 いたずらっぽく

 笑いながら

 やんわりと言った。



 ――誰のおかげ?



「父さんと母さんだよ」



 僕が

 何不自由ない暮らしを送れるのは

 父さんと母さんのおかげ。



「んー。まあそうだな」



 父さんが

 苦笑しながら

 あごを擦っている。


 何かを考える時に

 父さんはよくそうするんだ。



「何か間違ってる?」


「いいや、間違いじゃあない。今はそれでいい」



 僕は

 知らず知らず

 眉を潜めていた。


 フェアは

 首をかしげて見てる。



「ロイ。これは宿題にしよう。いつか別の答えもみつけられたら、聞かせてほしい。それまで忘れないように」




 翌日、

 本格的に祭日が始まると


 大きい通りはみんな

 飾り立てた衣装の人々が

 パフォーマンスをする舞台になった。


 どこのお店もお休みだから

 店先の営業妨害にはならない。



 うちのパン屋の前も

 あまり上手とは言えない

 愉快な演奏と


 それにあわせて踊る

 人々で溢れていた。



 いつものお店が

 休みになる代わり、


 小さな出店が

 軒を並べている。



 そのあまりの賑わいに

 都会に慣れない僕らは

 圧倒されるばかりだった。


 聞いた話では

 街にパレードが来るまで

 こんなふうに

 好き勝手に騒ぐらしい。



「ねえ、お兄ちゃん。後で皆で出店に行こう?」


「僕はいいよ。人混みは嫌いだし。無駄遣いしちゃうだろ。父さんたちと行って」



 素っ気なく言うと

 妹はまた拗ねた顔で

 表情を険しくする。



 多分普段は

 勉強ばかりで

 あんまり相手も

 してやれなくなったから


 何かにつけて

 僕を誘いたいみたいだ。



 僕としては

 できるだけ


 休みの間くらい

 学校の皆には

 会いたくない。



 特にマーキス達三人には

 絶対に会いたくない。



 フェアにはちょっと

 申し訳ないけど、


 そろそろ

 お兄ちゃん離れも

 必要じゃないかと思う。



 父さん達が出かけて

 家には僕とパンだけが残った。


 置いてきぼりのパンは

 少し不機嫌に

 キイキイと声をたてる。



「パン。少し使役の訓練をしよう」



 僕が檻を開けると

 パンはまっすぐ

 玄関まで向かった。



「フェアならもう行ったよ」



 扉を引っ掻いて

 不服を言うパンに

 僕は苦笑した。



「木苺でも食べるかい?」



 僕が

 乾燥させた苺を

 チラつかせても


 パンは無視した。



 確かに

 この時のパンは

 不機嫌だったさ。


 でも

 僕をまるで見ないのには

 腹がたったんだ。



 フェアになついたせいで

 訓練なんて

 出来やしない、


 主人は僕なのに。



 叱らなければ

 飼い慣らせないなんて

 僕の想いえがいた使役は

 そんな関係じゃない。


 僕はガッカリして

 暴れるパンを

 鳥籠にまた押し込んだ。



「しばらくお前はそこで反省だよ」



 フェアにも。


 パンに近づかないように

 言わなくちゃ。




 僕は落ちこぼれ、


 そんなふうにすぐ

 気が滅入るのは


 悪い癖だな。



 はじめてのことなら

 うまくいかないのは

 仕方ないことなのに。


 僕は

 早く誰かに認めてもらいたくて


 あるいは

 自分自身に認めてもらいたくて


 でもがんばっても

 がんばっても叶わない。



 いつも

 堂々としている

 マーキスが嫌いだ。



 そう思っているだけなら

 ただの僕の逆恨み、


 けど

 マーキスはいつだって


 そっとしておいてくれない。



 優越感に浸りたいから

 弱い僕を

 いじめにくるんだろう。



「フェアなら。才能あるよ。パンもなついてるし。きっとすぐに使役も出来るよ」



 僕は

 一人きりの部屋で

 誰に言うでもなく呟いて


 ふとんの中で丸まった。



 悔しかった。

 悲しかった。



 結局

 父さん達が帰って来た後も


 僕はフェアに

 何も言わなかった。


 フェアは無邪気に

 パンと楽しそうに遊んでいて


 それを見ながら

 僕はこれでいいんだと思った。



 僕の

 くだらない満足や

 見栄の為に


 妹や動物を

 虐げるようなことは

 したくない。



 王様気取りになってしまったら

 僕もマーキスと変わらないだろ。


 それだけは

 絶対に嫌なんだ。



 今年の王国祭は

 心からは楽しめない、


 何でだろう、

 胸の奧がモヤモヤして。



 父さんが

 せっかく作り上げた

 僕たち家族のパン人形も


 少し霞んで見えたんだ。



 いつもなら

 嬉しくて嬉しくて

 はしゃいでいたのにさ。



 魔法使いのローブを着ても

 僕は僕だ。


 偉そうに

 猿を連れてみても

 心は通わない。



 通りの賑わいが

 一段落して落ち着き、


 出店もみんな

 店じまいをした日。



 僕らは道の端に並んでいた。


 それぞれのシンボルと一緒に

 パレードが来るのを

 今か今かと待っていた。



 街の入り口に

 隣街のパレードの

 シンボルが到着すると


 入り口で待っていた

 この街を代表する人々が

 最初にパレードを開始して


 そこからどんどん

 僕らが続く。



 パレードの最後尾につくまでは

 僕らも観客だ。



 やがて

 楽隊を引き連れて


 パレードはやってきた。



 大歓声が迎えたのは

 僕らのとは比べ物にもならない

 大きく豪華なシンボル。


 大人の男達が

 何十人も集まって

 担いでいる。



 先頭を飾るのは

 そうしたシンボルだと

 知ってはいたのに。


 いくつ目かのそれに

 僕は思わず拍手をやめた。



 シンボルの上に

 三人の魔法使いが立って、


 ローブをなびかせている。


 見覚えのある

 あの青は、


 遠目にもマーキスだとわかる。



 最初に

 マーキスの父さんらしい

 大人の人が


 天に向かって

 赤い炎を吐いた。



 観衆はもう

 あのシンボルに釘付けだ。



 次の大人が

 緑の炎を

 同じように吐いた。


 次はマーキスの番だ。



 こどもの魔法使いだからか

 観衆の声援も

 ひとしおだった。



 無意識に


 僕は

 心の中で


『マーキスなんか失敗して、大勢の前で恥をかけばいいさ!』


 そんなふうに思っていた。



 何も

 反省なんか

 していない。


 僕はこどものまま

 何も学んでいない。



 僕をハッとさせたのは

 隣で呟いた

 妹の声だ。



「綺麗ね。きっといっぱい練習したんだろうな」



 見れば

 マーキスは

 堂々と。


 誰より高く

 綺麗な炎を。



 やり終えた表情は

 誇らしげだった。



 ちくり。



 僕の胸に

 刺さったままのトゲがある。



 それが痛くて

 僕は泣きそうになる。



 手に刺さったトゲは

 いつも

 母さんが抜いてくれた、


 けど


 こんな心のトゲは

 どうやったら抜けるだろ。



 僕は

 めまいがした。


 足元は真っ暗な穴で

 いつでも落ちるような気がする。



 そんな僕の前を

 マーキスの乗ったシンボルは


 皆に祝福されながら

 見送られていく。


 笑顔で

 観衆に手を振るマーキスが


 不意に。


 見てたんだ。



 こっちを見ていたんだ。



 僕は

 恥ずかしく

 恐ろしく

 情けなくなって


 逃げ出したい心境だった。


 まるで

 心臓を鷲掴みされたみたいに。



 だってそうだろう?


 僕はちっぽけで汚い。


 とうてい

 マーキスの足元にも及ばない。



 マーキスは

 目を丸くしてた。


 いつもの

 貧乏ローブの僕を、


 傍らの家族のシンボルを見て、


 そうだ

 マーキスは

 小さく笑ったんだ。



 マーキスの家のシンボルは

 職人が作り上げた

 豪華なシンボルだ。



 見たこともない

 伝説の生き物が

 施された

 立派なシンボルだ。



 僕の家のは

 父さんが焼いた

 家族の人形パンじゃないか。




 笑われたって

 仕方ない、



 ――そう思った自分が

 情けない。



 僕は

 顔を怒りで真っ赤にして

 俯いてしまった。



 父さんが

 一生懸命焼いてくれた、

 ことを、

 誇りに思えない僕は、


 マーキスのせいで


 もう

 パレードなんか

 投げ出して


 どこかに逃げていきたかった。



 生きる感謝、

 そんなもの


 今の僕に

 出来るはずがない。



 何もかもが

 苦しくて


 マーキスさえいなければ

 僕は幸せだったんだ!



「さあ、ロイ。しっかり持ってくれよ」



 どれくらいそうしていたのか

 父さんの声がして


 ああ

 非情なくらい

 あっという間さ、


 僕らの出番だ。



 足かせでもつけたかと思うくらい

 自分の体が重くて

 びっくりした。



 まるで神様が

 お前は参加させない、と

 言ってるかのようだった。


 いっそもう

 この世界から弾き出して

 僕を消してくれたらいいのに。



 マーキスがいない世界なら

 僕は喜んで往くよ。



 僕の頭の中は

 汚い感情と思考で

 ずっとぐちゃぐちゃだった。



 どうして

 こんな僕に

 なっちゃったんだろうね、


 いつから

 こんな僕に

 なっちゃったんだろ。



 僕は

 辛かった。




                            《第二章》完  






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