いざ…尋常に…勝負!!

 俺と桐乃は決心して店員の近くまで接近していた。他の人から見ると何に躊躇してるんだ?とでも思いたくなる姿かもしれない。

 だけど、俺たちコミュ障にとって!見知らぬ人と話すことはそれほど危険なことなんだ!!

 でも、この壁を越えれば、俺も桐乃も少しはコミュ障卒業まで一歩近づけるかもしれない…。


「準備はいい?桐乃。先制攻撃は俺が仕掛けるから、桐乃は俺が戦闘不能になった時のために備えてて、サポートもよろしく」


「わかった。任せて!コミュ障でも二人いれば何とかなるって証明しなきゃね!」


 俺と桐乃は拳をコツンと当てると、俺は平常心を保てるように意識しながら店員に向かって口を開けた。しかし、平常心を保とうと思っても心臓の鼓動はどんどん早くなっていく。

 でも、ここで押し負けちゃ…だめだ!


「…ッ!…あ、あの…」


 俺の姿に気づいた店員は俺の方へ振り返る。


「……えっと。」


「どうなされました?」


 頭の中が真っ白になっていく。俺が落ち着け…落ち着け…と念じている中、隣で縮こまっていた桐乃が口を開けた。

 しかし、口を開けるだけで声はでない。

口の形はオの発音の形だ…そっか、ど…銅拳かっ!!

 俺は真っ白な頭の中に浮かんだその言葉を頼りに、店員のほうへ目線を向ける。


「銅拳が何処にあるのか…探してるんですけど…何処にもなくて…」


 俺は何とか小さい声であるがそう店員に向かって喋った。

 正直、こんな小さな声でわかるかなと思ったけれど、店員も何とか聞き取れたようで、口を開いた。


「あぁ…それなら、ここからこちらの方向にずっと進んで…、左側に曲がったところにありますよ」


 俺は話が伝わったようでホッと一息吐くと、桐乃を連れてその言われた方向に歩いて行った。

 …そういや、たしかにこっちの方向には行ってなかったなぁ。

 …あと、マジで死ぬかと思った。


「いや〜…、ありがとう楓。マジで死ぬかと思ったよ〜」


「俺も、桐乃が言おうとしてなかったらあのまま黙り込んでたよ…。ありがと桐乃」


 桐乃は「えへへ」といつもの無邪気な笑顔を俺に向けると、そのまま銅拳のある場所まで歩いて行った。

 うん…これでコミュ障じゃなかったら完璧だと思うんだけどね!俺はそんな桐乃を見ながら1人で頷いていた。


「よぉーし、じゃあ楓反対側の席座ってよ!ボコボコにしてあげるから」


 桐乃はフフンと鼻で息をすると、早く座れとでも言うように膝をバンバンと叩いていた。

 俺は別にゲームが好きとかそんなのはないんだけどなぁ…、それに、こういう…格闘ゲームはすぐにボロ負けすることぐらい目に見えてるよ。


 俺は、はぁ…とため息を吐くと桐乃の反対側の席に座り、百円玉を1枚ゲーム機の中へ投入した。


「うしししし…、楓の負けて泣く姿が目に浮かぶよぉ」


「負けても泣かないから」


 ゲームの画面にキャラクター選択画面が表示され、俺は適当にガチャガチャとコントローラーを動かすと、見た目が強そうな筋肉ムキムキな男の人を選んだ。

 まあ、何選んだところで結果は変わらないだろうけど…。


「先に言っておくけど、桐乃。勝負は一回だけだからね」


「わかってるって!」


 そう言った桐乃は、本当にこの娘が戦うの!?と疑ってしまうような女の子で俺に勝負を挑んできた。

 そして、もう勝ったとでもいうような笑みを俺に向けている。


「よし、じゃあ始めよっかぁ楓」


 桐乃は画面上に開始の表示がされた途端、俺のキャラクターのほうに攻め込んでくる。

 俺は逆に後ろに少し距離をとり、相手の初撃を躱した。


「あぁっ!?逃げ…るなっ!!」


「そんなこと言ったって…防御しないとどうせ連続コンボあててくるじゃん」


 俺はとくに反撃をすることもなく桐乃の攻撃を防御し続けると、一瞬の隙を狙って1発攻撃を入れた。そこから俺はコンボに繋げ、相手のHPを半分まで削る。

 んー、どうしてコンボができるのかって?桐乃の攻撃を防御しながらもいろいろ試してたら何となくできたみたい。


「ヴゥ〜…」


 俺の座っている反対側から桐乃の唸り声が聞こえてくる。どうやらだいぶムキになっているようだ。


「どうした桐乃〜?さっきまでの威勢が全然なくない?」


「うっ、うるさい!!」


 桐乃は震え気味の声でそう言い返してくると、必死にコントローラーを動かし始めた。

 俺はそんな桐乃を嘲笑うかのように次々と桐乃のキャラをコンボの餌食にしていく。


 そして、そのまま俺のHPは削られることもなく、俺の画面にperfectという文字がでてきた。桐乃のキャラのHPは当然0である。おそらく桐乃自身もHP0だろう。

 え?俺が負けるとかいつ言ったっけ?誰が負けるとは言ってないはずだけど。


「どっ、どうして…どうして楓なんかにぃぃ…」


「桐乃もまだまだだな〜、俺よりこのゲームしてるのに」


 俺はニヤニヤしながら席を立つと、桐乃に向かってそう言った。いまだに席に座っている桐乃の目はかなりウルウルと潤っており、いつ泣き出してもおかしくない状況だった。


「ちょっ!?桐乃!?ごっ、ごめん!!いや、桐乃も強くなってたよ!!強くなってたから!!」


「でも楓が勝ったじゃんっ!!」


「それは…そうだけど…」


 そう言われると言い返す言葉がない。俺が手を抜いたらすぐバレてどうせ怒り出すし、だからって本気で勝負しても…この結果だからなぁ。


「まあいいよ。次は絶対勝つんだから」


「はいはい」


 俺は適当にそう返すと、みんなが待っているであろう、外のベンチを目指して歩いて行った。

 そして、桐乃もその俺の後を追い、歩いてくる。


「脚は私より遅いのになぁ」


「うっ、うるさいよ!」



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