楽しい楽しいゲームの時間だよ

 ひとまず学校の授業も終わり、下校の時間になった。俺はみんなが先に帰らないよう先に下足箱のもとまで移動すると、素早くローファーに履き替え、昇降口から外へ出た。

 多分最初に出てくるのは桐乃かな、桐乃すぐ帰りたがるし…、帰宅のスピードはトップクラスだしね。

 だが、そんな俺の予想とは裏腹に、最初に昇降口から出てきたのは梓だった。


「あ、梓…」


「なによ…、別に楓のことが気になって早めに出てきたわけじゃないから」


 梓はそう言うと、「さっきはすぐ逃げだしちゃってごめん」と小さな声で付け加えた。俺が驚いた表情で梓の方へ振り向いても、いつものように顔を少し赤らめるだけであとは無反応である。


 …と、そこに何やら俺たちに用事でもあるのか1人、俺の学年の先生がこっちへ近づいてきた。

 うん、先生が俺の方へ近づいてきた。何か俺に用事でもあるのだろうか。

 何だか冷静そうに見えてるかもしれないけど、実際俺の心臓の鼓動はかなり早くなってきている…、いやいやいやいや!コミュ障の俺に話しかけないでよ先生!?

 俺は必死に色々と対応策を考えるが、ダメだ。先生が一歩近づくだけですぐに頭の中ぎ真っ白になってしまう。


「平沢、ちょっといいか」


「はぃ」


 なぜか先生に呼ばれた俺は、結局返す言葉が決まらず小さな声で「はい」と返事をすることしかできなかった。

 梓は絶賛無視中である。先生が視界に入ることを完全に拒んでいる…!!普通に見るとただたんにグレているようにしか見えない。

 で、俺は一体何をしでかしたのだろうか…、思い当たることは消しゴムでのドミノ倒しぐらいしかない。


「なあ、平沢。お前大丈夫か?」


 はい?一体何がでしょうか…。先生の言っていることがさっぱり理解できません。

 多分クラスで俺だけいつも1人なのに気づいて言ってるのだろうが、当の俺にそんなこと考える余裕はなかった。ただ真っ白になった頭の中をかき回すだけである。


「…え?…えっと…」


「いや、別に平気なのならいいんだが。少し気になってな。帰り道気をつけろよ」


 俺が何か返す言葉を探している中、先生は最後にそう告げると、何やら外に用事があるのかグラウンドの方へ移動していった。

 どうやら何とか助かったようだ。

 俺はホッと一息つくと、梓のいるところまで再び戻っていった。するとそこにはすでに汐と桐乃と隼也もローファーに履き替えて俺が帰ってくるのを待っていた。


「…いやー、本当死ぬかと思ったよ」


「作戦とか何とか言ってたくせに、先に実行してんだからな。あれは面白かったわ」


 隼也は爆笑しながら俺の肩を叩く。

 俺がどんな気分だったのか知りもしないくせに…。俺は頭から角が生えてくるレベルで隼也を睨みつける…が、全く効いてなかった。

 まあ、いいや。隼也にはあとで思い知ってもらおう。

 俺はふぅ…と一息つくと、何となくヒョイと人差し指を上に立てた。


「よし、じゃあゲームしようよ。罰ゲームつきの!」


「「ばっ、罰ゲーム!?」」


 フッフッフ…。罰ゲームって言ったらどんな罰ゲームかは想像つくだろう?だってこのメンツだし。まあ、俺も罰ゲームくらったら…死ぬけど。


「ゲームは簡単。ジャンケン」


「…ねえ楓。アンタ今考えたでしょ」


 …なぬ。もうバレただと!?

 おれが驚愕の表情で梓を見ていると、梓がマジで怒りそうな顔つきになってきたので、一度ゴホンと咳払いをしてから梓から目線を外した。


「じゃあ、負けた人はそこのコンビニでみんなのぶんのジュース買ってきてね」


「ウソォ〜!ジュースぐらい自動販売機で買えばいいじゃんっ!!」


「それじゃ罰ゲームにならねぇっての」


 全力で嫌がる桐乃に隼也はそう言うと、たかがジャンケンに何をするつもりなのか、身体を動かして運動し始めた。


「ま、こういうのはだいたい言い出しっぺが負けんのよ」


「…梓ちゃん。それ、ホント?」


 汐…その表情ホントやめて…、俺が悪いんだけど、悪いんだけどさぁ…心が、心が崩壊していく…!!

 でもその一言で自信がついたのか、汐も隼也と同じように準備運動を始めた。その準備運動は何の意味があるのか…。これはジャンケンのどこに関係があるんだ…!!


「とりあえずもうサッサと始めよジャンケン!!絶対に楓に罰ゲーム受けさせてやるんだからっ!!」


「なんて物騒なことをっ!!?」


 桐乃の一声でみんな集まり、円になる。

 そして、全員が右手を前に差し出し、めいいっぱい力を入れた握りこぶしをつくった。


「じゃあいくよ!!最初はグー!」


「ジャンケン…」


「「ポン!!」」


 最後の一声の瞬間、目を瞑ってた俺はゆっくりと目を開いた。

 見ると、俺と隼也と桐乃はグー。汐と梓はパーだった。


「…やった〜。汐と梓ちゃんこれで罰ゲームなしだね〜」


「しっ、汐と梓の裏切り者ぉー!!」


 女子で1人だけ残ってしまった桐乃は涙目でそう叫んでいた。

 いや、俺も泣きたい気分だけどさ、このままじゃマジで言い出しっぺなっちゃうじゃん。

 女子2人が勝ち抜けし、残った野郎ども2人と桐乃1人、ここは野郎どもが2人とも勝ち抜けるしかない。

 俺と隼也は無言で頷きあう。そして、桐乃を入れ、3人で向かい合った。


「悪いな桐乃。ここは俺たちが勝たせてもらう」


「えぇっ!?ちょっ!!そんなのズルい!!ずるいよぉ!!」


「じゃあ行くぞ〜!ジャンケン…」


 ここで俺と隼也は再び頷きあった。

今まで俺と隼也は何度もジャンケンを繰り返してきている。2人で勝負するとき、だいたいどっちも同じチョキを出すんだ。

 だからこれで悪いけど桐乃には負けてもらう…!!何せ、言い出しっぺで罰ゲームとか嫌だ…!!


「「ポン!!」」


 俺は目を開けた。見た結果は何とも残酷な結果だった。

何度確認してもその結果は残酷なものであった。

 俺と隼也は確かにチョキを出した。それはいい…だけど、桐乃が出したのは…


 桐乃が出したのは……


「やったぁ〜!!勝った勝った〜!!」


 おおはしゃぎする桐乃を見て、俺と隼也は絶望する。

 何で俺たちがズルまでしたのに負けなきゃいけないんだ…!?

 桐乃がこういうとき必ず勝ってくるというのはわかってた。だからズルまでして勝ちにいこうとしたのに…、俺と隼也は再び頷きあい、右腕を前に出した。だが、今の俺と隼也はさっきまでの雰囲気とはぜんぜん違う。なぜなら、2人とも堪えきれなくなった負のオーラがどんどん漏れ出ているからだ。


「これで勝っても負けても恨みっこなしだかんな?」


「わかってる。だけど、言い出しっぺだけにはなるわけにはいかないんだ」


「俺だって罰ゲームなんて受けたくねーよ」


 何で俺、罰ゲームなんてしようって言ったんだろう。ここまできて俺はそう、ふと思った。

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