俺たちの決めたこと

 図書室をでて、屋上へでた俺たち5人は、円になるように丸くなって座った。そして自然と全員の目線が俺の方へ集まる。


「で、話たいことってなになに!?なんか新しいことでも思いついたのっ!?」


 興味津々な表情で身を乗り出してきた桐乃に、後ろに後ずさりしながらも俺はなんとか口を開く。


「俺さ、ちょっと考えてたんだ。中学まではみんな一緒だけど、高校になったらみんなバラバラになるかもしれないなって」


 俺がそう言うと、さっきまでいきいきとしていた桐乃も黙り込み、辺りにしんとした空気が流れた。

 おそらく俺の言いたいことが何となくわかったのだろう。誰も喋ろうともしないし俺と目を合わそうともしない。

 だけどこんな空気になったからって俺が何も言わないわけにはいかない、俺たちはこのままではいけないのだから。

 このままずっとコミュ障だなんて…絶対にだめだ。

 これは、早く克服しないといけない病だ。まだ、社会だとか仕事だとかそんなものは全くわからないけど、コミュ障だとまともに生きていけないことぐらいはわかる。

 俺は黙り込んで静かになってしまった空気を押しのけるように口を開いた。


「だからさ、卒業するまでに!何とかしてこのコミュ障も一緒に卒業しようよ!」


「楓…」


 みんなの表情がいっそう暗くなった。

そりゃあそうだろう、俺だって正直できる自信なんてない。

 でも、必ず達成しなければいけない目標だって思ってるから。


「まあ、別に今すぐに克服なんてできるわけないし…、俺もそこまで深くは考えてないんだけどね」


「そだね〜。じゃあ私も頑張ってみようかな〜」


 桐乃はお気楽そうにそう返事をすると、周りのみんなに向かってエヘヘと満面の笑みを向ける。桐乃にとってもそんな楽しいものではないはずなのに…、俺は桐乃に助けられた気がした。


「ま、俺もこのままじゃあだめだと思ってたけどな。俺も楓の意見に賛成っと」


 次に隼也がそう言いながら俺の方へ近寄ってきた。

 隼也に急に肩に腕を回され、俺は体制を崩すが、何とかこらえ両足で全力で踏ん張る。

 そして、いつもの爽やかスマイルを向けてくる隼也をムッと睨もうとしたが、爽やか少年にそんなことはできず、俺もつい笑顔になってしまった。

 いつもなら最初に賛成してくれる隼也だけど、やっぱりこれは難しい問題だったんだと思う。それでも俺の意見に賛成してくれたんだ。ありがとう隼也。


「…じゃあ汐も頑張ってみようかなぁ〜」


 誰も立ち上がっていない中、1人だけ立ち上がって「お〜」と右手を掲げると、あれ?と疑問そうな顔をしながら汐は周りを見渡した。


「しおちゃん…多分それワンテンポ早かったと思う」


「ありゃりゃ〜」


 汐はわかっているのかわかっていないのか、頭を掻きながらその場にゆっくりと座った。こんな様子だけど、多分汐も今どんな状況なのかはわかっていると思う。それでも賛成してくれたんだから、やっぱり感謝しないとね。

 そんな汐の様子を見守った後、最後に1人、未だ決心がついていないのかずっと黙り込んだままでいる梓の方へみんなの目線が集まった。

 梓はみんなから注目され、一気に顔が赤くなる。が、梓は顔を横にぶんぶんと振って何とか冷静さを取り戻そうとした。


「…も…ぃする」


「んぁー?なんですかー?あずっち聞こえないよー?」


「わっ、私も賛成するって言ってるの!!別にみんなが賛成したからとかそういうのじゃなっ、ないから!!」


 再び顔を真っ赤にして叫ぶ梓に桐乃はケラケラと爆笑しながら汐の方まで逃げていく。

 そして、涙目で叫び終わった梓は不機嫌そうに俺を睨みつけてきた。まあ、そりゃあ怒りの矛先は俺の方にくるよね…。


「これでいいんでしょ楓。じゃあ私ははこれで帰るから!!」


「えぇっ…ちょっとまっ…」


 俺が呼び止める前に梓は屋上の入り口である扉を勢いよく開けると、そのまま中へと入っていった。

 本当ならこの後最初の作戦でも考えようと思ったんだけど、梓なしじゃそんなことできない。

俺は梓を追おうとして、急いでその場を立ち上がる。…が、隼也に肩を掴まれ、バランスを崩した俺は後ろ側に倒れ尻もちをついた。


「梓も色々とあるしさ…、楓が梓を引き止めたい気持ちもわかるけど、今はやめとこーぜ」


 隼也は首を横に振りながらそう言うと、手に持っていた俺の弁当を俺に投げつけた。

 まあ、梓も今日は色々と疲れさせちゃった気もするし、話しかけるのはまた梓が落ち着いてからにするか…。

 俺は弁当をキャッチすると蓋を開け、2段重ねてあった箱を2つに分けた。

 そして、最初に目に入った卵焼きに箸を持っていこうと動かしていく。


「はいっ!こーれも〜らいっ」


「あぁっ!」


 だが、俺の箸はまるで瞬間移動でもしたんじゃないかというぐらいの速さで割り込んできた桐乃の箸によって遮られ、それと同時に俺の卵焼きは桐乃の口の中へと消えていった。


「じゃあ汐はこれ食べる〜」


 突如現れた第2の刺客!!

 完璧に油断していた…!!

 俺のこれだけは守ると決めていた最後の卵焼き…。

 それは一瞬にして汐の口の中へと持って行かれた。


「卵焼きが…」


「そろそろ休み時間も終わるし、俺たちも一旦教室戻ろうぜ〜」


 俺が放心状態になっている中、そう言って隼也は屋上を出て行き、それに続くように汐と桐乃も屋上を出て行った。

 俺の卵焼き…。

 数秒間ぽっかりと空いたその空間を見つめていたが、俺も気を取り直し屋上を後にする。

 そうだ、今は卵焼きより梓だ梓。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る