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「高度な言語活動を持つようになると、多くの知的生命体は相争い自滅へとひた走る。
しかし、現生人類たるホモサピエンスだけがこの限りにあらず……と、いうわけ?」
「そう。そういうはなし。
まともなアプローチでだいたい検証は終えていて、でもろくな結論が出なかった。
で、用事でこっちに来たついでに、そういや、こういった突飛なはなしが好きで強引に辻褄をあわせるのが好きなやつがいたなあ、と思い出して……」
「それでおれは今、ここに座って冷や酒を飲んでいる、と」
ん。うまい。
さすがは、青子さんのおすすめ。
「タダ酒を飲めるのなら、なんでもいいけどな」
「奢った分、なにかもっともらしい理屈をつけてくれよ」
「どうせ酒の席だし、おれは美作さんとは違って研究者でもなんでもない、市井のブルーカラーだからななあ。
好き勝手に言いたいことをいう分には、いっこうに構わないのだろうけど……」
「なに?
またこいつに訳のわからないご託を並べさせているの?」
「あ、青子さん。
吟醸酒、もういっぱい。
冷や奴と漬け物盛り合わせもください」
「じゃあ、こっちは芋焼酎いこうかな。
あと、玉子焼きを」
「はいはい。
それくらいは、すぐに出しますけどね」
「理屈と軟膏はどこにでもつくから、素人考えならいくらでも披露できるけど……」
「はい、やっこと漬け物。それに吟醸酒。
それでいいんじゃないの。どうせ、酒の席での戯れ言だし。
美作さんもまさか、こんな酔いどれのご託を真に受けることもないでしょうし……」
吟醸酒のコップに口をつけてから、おれはいった。
「美作さん。
抽象的な概念を含む高度な言語活動、って……いったいなんだと思います?
あるいは、そいつはどこから来たのか?」
「……どこから?」
「社会的な行動を行うほ乳類はもとより、カラスなんかも仲間内で符丁のようなものを使うらしい。というか、集団で借りを行う動物は、だいたいのところ。外敵を現す単語とかがあるそうで……。
鳴き声でコミュニケーションをしている動物は、実は、珍しいわけではない」
「だけど、その多くは……抽象的な概念や複雑な文法を伴わない、単語の羅列に終始する。
最大限に見積もっても、彼ら、とか、我ら、などの複数形の関係代名詞に留まり……少なくとも、今までに観測され、報告されている例では……そうなっている、はずだ……」
「そのシミュレーションの中の自滅に向かっていった連中ってのは、言語活動がどこまで発達していったところから殺し合いをはじめたのですか?」
「多くは、文字を発明する以前に破滅に向かった」
美作さんは、鯖の味噌煮に箸をつけた。
「……演説、というのかな。
大勢にの同胞に、なにかを訴えかけるような個体が現れるようになってから……」
「演説かか、それともアジテーションか。あるいはまた、自作の詩かなにかを発表していたのか。
……その内容は、具体的にはわからないんですか?」
「一応、解析済みだ。
だいたい、自分たちの群を称揚し、多くの獲物を獲得できたことを喜ぶ、他愛のない内容だったよ。
彼らはまだまだ農耕を発見していない段階で、狩猟社会では飢えるときと飽食するときの落差が激しかったから、ほぼ慢性的に強いストレスに晒されているわけで……」
「……アジテーションってわけか。
その演説みたいなのは、祭りや葬式みたいに、特別な日だけに行われていたことなのですか?
それとも、特になんの行事もない、ごく普通の日から行われていたことなのですか?」
「……普通の日、だったな。
火を囲み、皆が食事を終えて満腹する。
そんなタイミングで、唐突にはじまるんだ。
別段、不思議なことではないと思うが……」
「そんなところまで再現しているんですか? そのシミュレーション……」
「最新鋭の量子コンピューターだからな。処理能力だけは、腐らせるほどある。
異変が起こった前後のデータを走査すると、だいたい共通してそんなイベントが起こっていたというはなしだ」
「なるほど。
だとすると……やつらを自滅に向かわせたものは、言語というよりも……想像力というべきだな。
あるいは、物語だといった方が、いいのか……」
「想像力や物語が……原始人をして殺し合いに駆り立てたって?」
美作さんは目を見開いた。
「なんだって、そんな結論になるんだ」
「おれは量子コンピューターなんてけったいなもんを作っている美作さんたちほど頭はよくないし、専門的な知識があるわけでもない。
あくまで確証も持てない酔いどれのたわごと、素人考えだと思ってください。
ときに、美作さん。
古代人が本当に神の声を聞いていたという仮説、ご存じですか?」
「右脳とか左脳がどうとかいう、あの眉唾のやつか?
古代人は脳梁で左右の脳が繋がっていたから、今の人間よりも神の声を聞きやすかったって珍説を聞いたことがあるけど……。
左右の脳機能の分化がまだ進んでいない頃は、どこからともなく神のお告げを聞く者が多かったとかいう……」
「そう、その説。
信憑性はともかく、言語活動も抽象的な思考もハードウェアである脳の機能であり産物なわけで。
ここまでは、いいですね?」
「……ああ」
「美作さんの超高性能なコンピューターに、古生物だか人類学だかの先生方が現在判明しているデータを盛大にぶち込んで超精密なシム原人類をやってみたら、なぜだかほとんどある時期から殺しあいをして自滅してしまった。
専門家の誰も、その原因を特定できなかった。
そういう、はなしなわけですよね?」
「そう……なるな」
「美作さんは言語活動にばかり注視していたようですが、なにを語っていたのかという内容の方が重要なのでないでしょうか?
原始的ながらも社会を作り、抽象的な概念も理解し使いこなせるような知性体の集落。
しかし、生計の基盤となる狩猟や採取は時期により獲得できる食物量に差があり、構造的に不安が沸き上がりやすいくなっている。
なまじ、想像力があるもんだから、過去の記録から今現在よりも食料が調達できなくなる可能性を脳裏に浮かべることが出来る。
そんな不安定な場所にいるやつらなら、なにかの拍子に集団ヒステリーでも起こして殺し合いをおっぱじめても、別段不思議でもなんでもないと思いますが……。
オラウータンやチンパンジーなどの類人猿にしても、将来に対する漠然とした不安は感じるそうですし……ましてや、言語活動を行い意志の疎通が図れる知性体なら、お互いに不安を煽りあうようなことも十分にありえるのではないかと……」
「あり得るとは、思うが……それなら、なぜ現生人類だけが、その弊害から守られていたのか……」
「他の人類よりも原生人類の方が理性的だった……なんてことはいいません。
ちょいとした偶然というか、生物的な要因といいましょうか……」
「生物学的な、要因?」
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