第2話

島田のアプリ『守護霊カメラ』はそこそこ評判になり、女子高生やOLなど、若い女性の間で流行っているようだった。

俺も早速アプリをダウンロードして、自分のスマホにインストールしてみた。

女の子が参加する飲み会なんかで見せてみると、みんな面白がってけっこうインストールしている。

この調子だったら、島田はけっこう儲かっているんじゃないだろうか。

俺がそう思って島田と連絡を取ったのは、その翌月だった。もし、儲かっているのだったら、多少そのおこぼれに預かれるかも知れない、という下心が無かったと言えば嘘になる。

俺たちはまた渋谷の居酒屋で飲むことにした。


一か月振りに会った島田の顔色は、冴えなかった。いや、むしろ、冴えなかったと言うより悪かった。島田自身も元気が無く、俺は心配になった。

「どうした、島田、顔色悪いし、元気ないぞ。あのアプリでなにかトラブルでもあったのか。」

「いや、あのアプリは好調さ。けっこう売れてて、それなりに金が入って来るし。」

島田はそう言うと、手元に目を落とした。

「だけど、ここのところ、ずっと体調が悪いんだ。なんか、こう、肩の辺りがずっしりと重くて、食欲は無いし夜もよく眠れないし・・・」

「大丈夫か、病院には行ったのか。」

「ああ、行ったさ。でも、特に悪いところは無いとさ。」

俺は島田のことが心配になった。

だけど、俺がトイレから戻って来たときに、座っている島田の背後から、俺のスマホの『守護霊カメラ』で見てみたのは、単なる気まぐれだった。

背中を向けて座っている島田の背後、俺から見たら島田の手前には、背中を丸めた貧相な中年の男が佇んでいた。俺がスマホで覗いていると、その貧相な男がゆっくりと振り向いた。男の貌は、なんと言うか、暗かった。特にその落ち窪んだ目が昏く光っていて、薄気味悪かった。

その男は振り向くと、俺に向かってにたりと笑った。

俺は背中がぞくりと震え、あわてて守護霊カメラを終了させた。

俺は席に着いて、テーブルの上を改めて見回した。島田はほとんど飲んでいないし、食事もしていなかった。

「なあ、俺か誘っておいてこんなこと言うのもなんなんだけどさ、おまえ、もう帰った方がいいんじゃね?

すごい顔色悪いし、食欲も無いみたいだし。」

「ああ、そうだな。もう帰るよ。」

島田はそう言うと、ゆらりと立ち上がった。

「うん、その方がいいよ。」

俺は勘定を済ませると、島田に続いて店を出た。渋谷駅まで肩を並べて歩いたが、その間、ずっと無言だった。

俺と島田は利用している路線が違うので、駅前で別れる。俺は別れ際に島田に尋ねた。

「なあ、おまえの『守護霊カメラ』だけど、バージョンアップしたの? 静止画ではなくて、動画を表示できるように変えたのか?」

島田は驚いたように俺の顔を見て答えた。

「いいや、ずっと体調が悪くて、バージョンアップなんかできる状態じゃなかったよ。なんでそんなこと聞くんだ?」

「いやね、さっきの店でおまえの背中を『守護霊カメラ』で見てみたんだよ。そしたら、写っていた人の画像が動いたから・・・」

「へ? 何言ってんの。前に『守護霊カメラ』は顔認識技術を使っているって言っただろ。顔が写っていなければ、守護霊の映像も写るわけないじゃん。顔が認識できないんだから。」

俺はその島田の言葉に茫然とした。

確かにそうだった。背後から、顔が見えない状態で写して、映像が写り込むはずがない。だとしたら、さっき島田の背後にいたあの男は・・・

島田は俺に、じゃまたな、とだけ言い残して立ち去った。ふらふらと歩いて行くその後ろ姿は、頼りなく、心細く見えた。

俺は意を決して、島田の後ろ姿をもう一度『守護霊カメラ』を通して覗いてみた。

さっきと同じ、貧相な男が島田の背中にべったりと貼りついていた。男は、その骨ばった両手をがっちりと島田の肩に喰い込ませていた。

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