守護霊カメラ

sirius2014

第1話

俺は静岡の山の中の小さな町の出身で、高校卒業後、1年間浪人生活を送ったあと、東京の大学に合格して、今は東京のアパートで一人暮らしをしながら、大学に通っている。

地方から東京に出て来て、知り合いもいなくて、寂しくて心細かった俺にとって、唯一の友人で頼りになったのが、同郷の島田だった。

島田は高校時代の悪友で、高校卒業後、東京でIT系の専門学校に通っていた。俺より1年早く東京に出てきた島田は、俺にとってなにかと頼りになる存在だった。

大学と専門学校と、それぞれ進む道は違ったが、高校の頃からつるんでいた仲間だし、郷里から東京に来ているのは島田だけだったから、月に1回は島田と渋谷辺りで飲むことにしていた。


その日も俺は渋谷の居酒屋で、島田と二人で酒を飲んでいた。

とりとめもない話の中で、自分たちの将来の話になったときだ。

島田は、俺はIT長者になってやると言った。

「IT長者って言ったって、ジャンルは広いだろ。どんなジャンルでIT長者を目指すんだよ。」

俺がそう言うと、島田は得意そうに自分のスマホを取り出した。

「俺が目指すのは、スマホアプリで一攫千金さ。」

島田はそう言って、俺の目の前であるアプリを起動して見せた。それは、カメラアプリのようだった。

「俺が自分で作ったアプリだ。既にキャリアのマーケットに登録して販売しているんだぜ。」

俺は島田のスマホを受け取った。

「カメラアプリじゃないか。どうせ盗撮目的の無音カメラかなんかだろ。」

「違う、そんなもんじゃない。拡張現実機能を利用したカメラアプリさ。」

俺は島田が言った『拡張現実』が分からなかった。

「拡張現実って、なんだ?」

すると島田は憐れむような目付きで俺を見た。そして小さな溜息とともに、急に講師のような口調になった。

「拡張現実とは、実写画像や映像と仮想現実の2DCGや3DCGをリアルタイム演算・合成する事で、現実感のある仮想空間を実現する技術のことさ。Augmented Realityのイニシャルを取って、ARとも呼ばれる。」

「へえ、なんかすごそうだな。」

俺が大げさに驚いてみせると、島田は我が意を得たりとばかりに、さらに雄弁になった。

「『セカイカメラ』って言うスマホアプリを知らないか。『セカイカメラ』は街中をスマホで写し出すと、そこに写っている実際の建物や看板に、エアタグと呼ばれる付加情報を重ねて表示するアプリだ。これは、GPSによる位置情報とスマホに内蔵している電子コンパスを利用しているんだ。」

俺はこんな島田を見るのは初めてで、あっけにとられて島田を見つめた。ITの専門学校に2年ばかり通っただけで、こんなにも変われるんだろうか。

「他にも、写したQRコードに対応した画像や動画を重ねて表示するアプリなんかもある。これは、商品に添付したタグに印刷したQRコードから、さまざまな付加情報を提供するためのアプリさ。」

島田はそこまで言うと、にやりと笑って、俺の手の中にある自分のスマホの画面を指差した。

「俺が作ったアプリは、初めて顔認識技術を拡張現実に応用したアプリさ。」

俺は島田のスマホを隣のテーブルで飲んでいるサラリーマンに向けた。

スマホの画面にサラリーマンの顔が写る。俺がその画面を見つめていると、画面に変化が起こった。

サラリーマンの背後に、うっすらと人の姿が現れたのだ。俺はスマホの画面に写ったサラリーマンと実際のサラリーマンを交互に見比べた。当たり前だが、実際のサラリーマンの背後には人なんかいない。

「えっ、えっ、なにこれ? 誰が写ってるの?」

俺は恥ずかしいことに、かなり狼狽してしまった。

「これが拡張現実さ。顔認識技術によって人の顔を認識して、特定の条件にマッチした人の画像を背後に浮かび上がらせるんだ。」

俺は居酒屋にいる人を順番にスマホに写して見た。それぞれ、その背後にいろいろな人が浮かぶ。

「へえ、すげーな、これ。それぞれ背後に写る人が変わるんだ。」

島田は笑いながら、驚く俺の手からスマホを奪った。

「『守護霊カメラ』って言うアプリさ。あなたの守護霊が見えます、ってな。」

俺は少し落ち着いた。

「これって、何かの役に立つのか?」

「なにも。今のところは、ただ面白いだけのアプリさ。だけど、今後はいろいろなシーンに応用が可能だと思うんだ。例えば、映画やテレビのシーンを写したときに、画面の俳優のプロフィールだとか過去の主な出演作品なんかを写しこむようにもできるし、スポーツ中継で選手の顔を写すと、過去の記録や戦績が表示されるとか。」

島田は自分のスマホの画面を見つめながら言った。

「このアプリが売れたら、会社を立ち上げてこの技術を企業に売り込むんだ。そうすれば、俺は若くしてセレブの仲間入りできるかもしれない。」

「すげーな、おまえ。」

俺は単純に感心してしまった。あの島田にこんな一面があったとは、意外だった。

「まあ、会社を立ち上げるときには、おまえにも声を掛けるよ。多少出資してくれれば、おいしいことがあるかも知れないぜ。」

だが、そのとき俺に頭の端を、最近、大学の講義で教わったばかりの著作権法の条文がよぎった。

「だけどこれ、後ろに写った人の画像の著作権とかって、大丈夫なのか?」

俺がこんなことを言ったのは、島田に対する嫉妬心から、少しだけけちをつけたかったのかも知れない。

「一番苦労したのがそこのところさ。大丈夫、全て死んだ人の画像さ。」

「たとえ死んだ人でも、画像に関しては撮影した人に著作権があるぜ。」

「死んだやつは文句を言わないだろ。死んだ人の画像を大量に集めるのは大変だったぜ。」

島田はそう言うと、にやりと笑った。

「今はまだ最初のバージョンで静止画だけだけど、バージョンアップして静止画の一部を動くようにしたり、静止画じゃなくて動画を写し込めるように、変更するつもりさ。」

俺は、島田の自信満々の表情が、なんとなく危なっかしいような気がして、不安な気分になった。

「このアプリ、200円だから、おまえもダウンロードしてレビュー書いてくれよ。だけど、ネガティブなことは書くなよ。」

島田の言葉に俺は黙って手元のハイボールのグラスを持ち上げると、ごくりと一口飲みこんだ。なんとなく、いつもよりも苦く感じたのは気のせいだったろう。

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