第7話 事件の始まり
その墓地は、学校から徒歩10分のところにあった。
いつからあるのかはわからない。
街の老人達が言うには、今からずっとずっと昔の物だそうだ。
墓石もよくある直方体の角ばった物ではなく、適当な大きさの石を地面に置いただけの、実に質素なものである。
とは言っても、市有の共用墓地ほど大規模なものではなく、繁華街の裏道にポツンと存在しているだけの小さな墓地だ。
すぐ近くには商店街が立ち並び、夕方は買い食いをする生徒達や仕事帰りの大人達で大層賑わっている。
ただ、その墓地の周りだけ錆びついた廃屋と薄暗い路地に囲まれ、繁華街の中にあっても、ひときわ異様な気配を放っていた。
地域の景観を損ねるとのことから、取り壊す案自体は何度も出たという。
しかしその都度、工事は中止するはめになった。
なぜか。
その工事では、毎回決まって死傷者が出たからである。
いつからかその墓地は「呪われた場所」として、近隣住民たちの
***
「ぬはは。今日君たちは、歴史的瞬間に立ち会えるかもしれない」
「御託はいいから、早く行こうって、凜子」
「それでは、凜子のワクワク心霊体験ツアー! これより始めたいと思いまーす!」
雲の隙間から一筋の光が差し込み、真っ暗な路地を照らす。今日は満月である。
街灯がないとここまで暗くなるのかと、凜子は思った。脇には最近仲良くなった、三人の友人がいる。
一同は懐中電灯を片手に、細く狭い裏路地へと足を踏み入れた。
あの不思議な体験から10日。今でもあの時の出来事は信じられない。しかし、凜子は間違えなく瞬間移動という超常現象を体験したのだ。
この素晴らしい出来事を、自分たちの内だけに留めておくのはもったいない。そう思った凜子は、知り合いにこの体験談を触れ回った。
多くは半信半疑といった様子でさほど信じていなかったようだが、何人か凜子の話に興味を示してくれた者がいた。アキ、ナミ、ユウの三人だ。
彼女らは皆、凜子がこの学校に入学してから知り合った生徒である。オカ研の勧誘に熱を注いでいたころに出会った同級生で、入部こそしなかったものの、オカルトの類に興味のある者達だった。
彼女らは凜子の体験談を聞くと、目を輝かせて飛びついた。
そして今に至るというわけである。
(美咲には内緒で来ちゃったけど、まぁ、大丈夫よね)
親友に内緒で来たことにわずかな罪悪感を覚えるが、それには訳がある。
あの事件以来、美咲はトラウマにでもなってしまったのか、この裏通りの話に過剰な反応を示すようになったのだ。もし美咲に今日のことを言おうものなら、十中八九反対されたことだろう。
一応、万が一に備えて交通量の少ない夜を選んではいるが、いずれにせよ反対されることに変わりはない。
「ねえねえ凜子。もうそろそろじゃない?」
陽気なアキの声に、凜子はふと我に返った。
「ホントだ。もうすぐ到着よ! みんなビデオの用意はいい?」
「おうよ!」
「もちろんです、タイチョー!」
「イエス! サー!」
「よろしい!」
古びた廃屋の立ち並ぶ通りを抜けて、一同は墓地の前へとたどり着いた。
凛子を先頭にして、ゆっくりと足を踏み入れる。
「……何にも起きないね」
アキが呟いた。
ビュービューと冷たい風が吹き荒れ、四人の髪をふわりと持ち上げる。
もう四月だと言うのに、それはまだ随分と冷たかった。
「うーん、残念。ま、一発で会えるとは流石に思ってなかったけど」
ナミも頷いた。
「じゃ、当初の予定通り、記念写真でも撮って帰ろうか」
続くユウの言葉に凛子も頷く。
とはいえ、内心ではかなりガッカリしていた。そんなにポンポンと怪奇現象に遭遇できるわけがない。そのことは、凛子が誰よりも良く知っている。そう頭の中では分かっていても、やはり落胆の色は隠せない。
「もう、そんなに落ち込むなってばー。なにも墓場は逃げないって。次また来ればいいじゃん。ささ、写真撮るよー」
アキに急かされて、凛子達は一際大きな墓石の前に集まった。墓場を背景に写真撮影とはいささか罰当たりな気もするが、そんな野暮なことを口にする者はいない。
アキがカメラを構え、三人で肩を組む。そのまま、数秒が過ぎた。
「アキ? どうしたの?」
一向にシャッターを切らないアキを見て、凛子が尋ねる。しかしアキは口をパクパクと動かすだけで、何も答えない。心なしかアキの顔が青い気がする。
「……し、……しろ」
「何?」
血の気のないアキが、恐る恐るといった様子で三人を指差す。
次の瞬間。
トントンと、何かが凛子の肩を叩いた。
一緒に来た三人の内、二人は凛子と肩を組んでいる。残る一人についても、目の前でカメラを構えているのが見える。
つまり、今凛子の肩を叩いているのは……
「なはははは! ホラね、やっぱり幽霊はいたで……」
嬉々とした様子で振り返った凛子の表情は、一瞬にして凍りついた。
そこには一人の女がいた。長い髪は所々が焼け焦げたように縮れていて、頭皮がベロリと剥がれている。肩にはぽっかりと大きな穴が空いていて、全身からダラダラと血を流していた。
拷問でも受けたかのような、見るも無残な死体である。動けるはずがない。
仮に動けたとするなら、まさしくそれは正真正銘の化け物であろう。
ギョロリと動いた彼女の眼球が、ゆっくりと一回転して静止した。女と目が合う。
血走った彼女の目は、溢れんばかりの憎悪に満ちていた。
「あ゛ぁーーーーー!!!」
女の咆哮と、同時に次々と空から降ってくる瓦礫の山を視界に捉えながら、凛子は自身の考えがあまりに浅はかで、それでいて取り返しのつかないものに手を出してしまったことに気が付いた。
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