第6話 美咲の捜索ファイル


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 四月十三日。晴れ


 今日から観察日記をつけようと思う。観察日記とは言っても、アサガオだとか、そういうのじゃない。ただの人間観察だ。ちなみに対象者は、例のアレだ。あの人でなしのアイツ。そう、灰原敦だ。

 先日のヤツの挑発を受け、本日から私、工藤美咲は正々堂々と証拠現場を押さえるべく、ヤツの行動を追跡することにした。

 始めに言っておくが、断じてストーカー行為ではない。


 今日はちょっとした不注意でヤツの姿を見失ってしまったが、手応えはあった。まだ開始から一日目だが、数々の証言から、私はヤツの帰宅ルート、及び学校から半径1キロメートル圏内のスーパーへの出現パターンを特定することに成功したのだ。勝利は目前である。


 ふふ、今にもヤツが泣き叫び、許しを乞う姿が目に浮かぶようだ。


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 四月十四日 晴れ


 六限終了後、真っ先にヤツの教室へ向かったが、既にヤツの姿はなかった。しかし何のことはない。ヤツの帰宅ルートは既に割り出してある。私はあらかじめ決めておいた待ち伏せポイントにて、ヤツが現れるのを待った。


 数分後。案の定、通学カバンを持って帰宅するヤツの姿を確認した。所詮は頭の固い単細胞生物。網にかかるのを待つだけの魚に同じ。私の敵ではない。

 と思ったら、いつの間にか姿を見失っていた。

 いけないいけない。どうやら油断してしまったようだ。


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 四月十五日 晴れ


 前回の教訓を胸に、私は初めから昨日のポイントにてヤツを待ち伏せした。すると案の定、しばらくするとヤツが現れた。

 対象にバレないよう、時には電柱に身を隠し、車の陰に潜み、慎重に追跡を行う。そして、ヤツがスーパーに立ち寄るのを見計らって、私は人混みの中からヤツに急接近。苦労して入手した発信器をヤツのカバンに取り付けることに成功した。

 これで以後、ヤツの行動は私に筒抜けとなる。

 ザマァ見ろだ。


 と思ったら、いつの間にかヤツの姿が消えていた。おかしい。発信器は確かにすぐ傍を指しているのに。


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 四月十六日 晴れ


 何かがおかしい。

 そうは思っても、何がおかしいのかが分からない。自分で言うのもなんだが、私の尾行は完璧だったと思う。

 事実、追跡中にヤツがこちらに気付いた様子はなかった。

 なのに、今日も今日とてヤツの姿を見失ってしまった。


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 四月十七日 晴れ


 後ろを振り向いた瞬間にヤツが消えた。

 追跡に不備はなかった……と思う。


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 四月十八日 晴れ


 曲がり角を曲がった途端にヤツが消えた。


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 四月十九日


 瞬きした瞬間にヤツが消えた。


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「……あんのガキャァ!」


 紙束を握る右拳に力がこもり、ぐしゃりと音を立てる。明日提出のレポートに皺が寄るが、今の美咲にそんなことを気にする余裕はない。


 あの不思議な体験から、早くも一週間が過ぎた。その間、特にこれといって進捗はない。

 唯一分かったことと言えば、彼、灰原敦と美咲は、性格の相性が最悪だったということだろうか。今思い出しても、彼に会いに行ったあの日の出来事には腹が立つ。


 事の顛末はこうだ。



 思い立ったが吉日ということわざがあるように、事件の翌日。美咲はすぐさま行動を起こした。前日のうちに彼のクラスと教室、時間割を調べ上げ、六限目が終了すると同時に彼の元へと直行した。

 そして、ざわめく周囲を無視して屋上へと連れ出し、先日の事件について問いただしたのだ。


 その時の会話がこうだ。


「まずはじめに、昨日はありがとう。あなたのおかげで助かったわ」

「…………」

「それでね、一つお話があるんだけど……。私。昨日、灰原君がトラックから守ってくれるところ、見えてたの」

「…………」

「あ、あの。えっとその、時間が止まった……みたいな? あは、あははは、は」

「…………」

「……ねえ、なんとか言ってよ」

「…………頭おかしいんじゃねえの、お前?」

「……は?」

「さながら珍生物ってとこだな。その分じゃ、俺を見ても大して怖く感じねえんだろ。……なんなら腕の良い医者知ってるから紹介しようか」

「な! ちょっと待って! だから私見えてたんだっt……」

なうえに頭も悪いんだな、可哀想に」

「あ! ほら! やっぱりアンタ昨日の事覚えてるでしょ!! 隠そうとしたって……」

「隠すも何も、証拠がない。なんなら、他の連中に聞いてみればいい。昨日アイツが時間止めてましたってな。大ウケすること間違いなしだ」

「~~~~~&$%#💢$!!」

「あ、電話だ」

「ちょっと、まだ話の途中……」

「ちょっと静かにしていただけませんでしょうか?」

「~~~~~~~~~💢💢💢!!!」



 とまぁ、こんな感じである。

 その後、美咲は「絶対にしっぽ捕まえてやるから!」と、いかにもな捨てゼリフを吐いて寮へと帰宅した。そして、あれこれと彼を追い詰める算段を付け、一週間経過し、このザマである。


「あああああ!! もう! 腹立つ! なんなのアイツ!?」


 現在、美咲はオカルト研究同好会の部室で、持ち込んだぬいぐるみに正拳をめり込ませている所だ。鍛え上げられた拳が柔らかい生地に突き刺さる度、ボフッボフッと部屋の中に小切れの良い音が響き渡る。


「荒れてるねぇ、美咲ちゃん~。あ、紅茶いる?」

「……ありがとうございます」


 オシャレなマグカップを片手に、代表のまゆがそう言った。備え付けのポットから注がれたお湯が、ほかほかと湯気を立てている。


「ミッキーは今、恋愛中なんですよ」

「へぇ~。そうなんだぁ」

「違います!」


 ふいにそう言った凜子を、美咲がすかさず訂正する。あんなのと恋愛してるなんて思われてたまるか、である。


「でもさ。学校中で結構な噂になってるんだよ。あの天才少女工藤美咲が、激ヤバ不良少年の灰原敦にフラれて、ストーカー行為にいそしんでるって」

「ブフッ!!?」


 美咲は紅茶を噴きだした。


「う、ウソでしょ……」


 美咲は自身の顔がサァッと青ざめていくのを感じた。言われてみれば、そんな話を聞いたことがあるような気がする。その時はヤツを追跡するのに夢中で他人事として聞き流していたが、なんのことはない。自分の事だったのだ。


「ていうか、私もミッキーが灰原と屋上へ行くの見たし。そこんとこどうなの? ミッキー?」

「あー……」


 美咲は視線を宙に泳がせつつ、曖昧な声を上げた。

 確かに、女子校生が男子生徒を屋上へ呼ぶというあの行為は、恋愛もののドラマや漫画で見かける告白シーンを連想させる。おまけに一週間にも渡る彼の観察行為。今更ながら、勘違いされても仕方がないなと美咲は思った。


「まぁ、なんていうか、その……」


『この間ね、あいつが時間を止めてたのを見たから、それについて問い詰めようと思って。決して告白とかじゃないんだよ』

『へぇ~。そうなんだ。灰原君、時間止めてたんだ~。それは気になるよね~』


 なんてなるわけがない。このセリフを発したが最後、生涯アホの子としてネタにされ続けるだろう。そんなのは御免である。


「まぁ、大体そんな感じ……」


 美咲は心の中で溜息をついた。もうどうにでもな~れである。

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