第3話 オカルト研究同好会

「で、なんで凜子はあんなに怯えていたの? っていうかそもそもあの男は誰?」


 男子生徒が視界の外に消えるや否や、美咲は凜子を問いただした。当然だ。名前も知らない相手に対し、些細な理由で土下座までさせられたのだ。

 もっとも、土下座を強要したのは男子生徒ではなく凛子だが。

 いずれにせよ、理由を聞かないと気が済まない。


「知らないのミッキー!? 新入生の灰原敦はいばらあつしだよ!」

「はいば……誰?」

「灰原敦! 絶対に怒らせちゃいけない人だって、この学園じゃあ有名なんだよ! それに入学して早々、三年生の不良グループに殴り込みに行って、ボコボコにしたって噂まであるんだよ!」


 物凄い剣幕でまくし立てる凛子の姿に、美咲はうっと後ずさる。こんなに大声を出して真面目な話をする凛子は、生まれて始めて見るかもしれない。


「でも、そんなに危ない人には見えなかったけどなぁ。ま、確かに人相は悪かったけれども」

「人相が悪いとかいう次元じゃないでしょ! あれは凶悪犯罪者の顔だよ! 麻薬とか強盗とか、絶対何かイケないことに手を染めてるって!」


 サラッと失礼なことを言う凛子。とんでもない偏見であると美咲は思ったが、凛子が熱くなっている手前、言葉には出さなかった。

 火の無いところに煙は立たぬという諺があるように、彼の悪評にも何らかの原因があるのだろう。流石に凛子が言うような重犯罪を犯しているとは思わないが、少なくとも碌でもない事をやっていることは間違いない。


「ま、あんまり関わらないに越したことはないってことね」

「そうそう! まったく、ミッキーったら無知なんだから。知らないってホント怖いわよね」

「むしろ私は、新入生のあんたがなんでそんなに詳しいのか疑問だわ」


 人気の無い廊下を通り過ぎ、一番奥にある部屋の前で立ち止まる。壁には怪しげなポスターが所狭しと貼られており、少々薄気味悪い雰囲気を醸し出していた。しかしその一点を除けば、よく部活動に使われるような、ありふれた教室だ。

 胡散臭い同好会であることは間違いないが、かと言って部室が狭いとか、オンボロであるとか、そういう事はない。

 立てかけられた看板には、「新入生大歓迎!オカルト研究同好会」と書かれている。凛子はおもむろに取手へ手を掛けると、ガラガラと元気よく扉を開いた。


「こんにちは! 新入生一人、連れてきました!」


 招かれるがまま、教室へと足を踏み入れる。しかし中の様子が目に入った途端、美咲の表情はみるみるうちに曇っていった。というか、平たく言えば絶句していた。なぜなら……


「んんあぁー……んんうぉあー! あぁ! 神よ! この部屋に取り憑きし悪霊を払いたまえぇー!」

「えへへ。ねぇねえミヨちゃん。クッキー食べる? え? ミヨは宇宙人だから食べられないって? もう、ミヨちゃんってば照れ屋さんなんだから」

「クフ。クフフフ。メキシコで30万年前の地層から純度99%のアルミニウム製金属球を発見……。クフッ。クフフッ。これは新たなオーパーツの予感です……」


 全身に悪霊退散グッズを纏い、血走った目で祈りを捧げる女子生徒がいるかと思えば、小学生にも劣らぬ幼児体型の少女が、窓際でカラスと会話している。

 かと思えば、今度は白衣を纏った眼鏡の男子生徒が、部屋の隅で怪しげな雑誌を広げ、クフッ、クフフッと不気味な笑い声を上げるのだ。

 教室の中には、到底ここが校内であるとは思えない光景が広がっていた。まるで別世界である。


「……そういえば私、ちょっと急用を思い出したんだけど」


 関わることなかれ。

 そっとこの場を立ち去ろうとした美咲の肩を、ガシリと、凛子の腕が掴んだ。


「大丈夫大丈夫。ちょっと個性は強いけど、みんな良い人だから。とりあえず、お茶でもしていかない?」


 にっこりと笑う凛子。

 しかし目は笑っていない。優しげな表情の裏に隠れた鋭い眼光は、暗に逃がさないぞと伝えていた。



 ◇ ◇ ◇



「えぇーっと。それじゃあ、まずは自己紹介からしよっかぁ。私は、三年A組の小坂こさかまゆって言います。まゆちゃんでいいよー。好きなものはUMA。一応、この同好会の代表もやってまーす」


 そう言って、にこやかな笑みを投げかけてくるのは、小学三年生改め、高校三年生の女子生徒、小坂まゆだった。

 まるでアニメ声のような高いソプラノに、小学生さながらの幼児体型。茶色みのかかったボブカット。もし彼女が街中で赤ランドセルでも背負おうものなら、十中八九、小学生と間違えてしまうことだろう。


「僕は大筒大悟おおつつだいご。二年だ。趣味は古代文明について調べることで、最近はもっぱら、中世に存在したとされる中南米の文明に興味を持っている。なにが面白いって、あの文明には最新の科学をもってしても解明できないような素晴らしい謎が沢山あるんだ。例えば、先日メキシコで見つかった純度99%のアルミニウム製金属球は………………(中略)………………。以上から僕は、この文明が現在の最先端科学にも劣らぬ、とても先進的な技術を持っていたと考えている」

「は、はぁ……」


 やたらと長い自己紹介を終えた男子生徒、大筒大悟は、クイッと眼鏡を直すと白衣の襟を正した。熱中すると周りが見えなくなるタイプらしい、と美咲は思った。凜子と比べると風貌や性格はずいぶん違うものの、どこか似たような雰囲気を感じる。根源的な部分では、似た者同士なのかもしれない。


「私は暗闇恭子くらやみきょうこ……。二年……。特技は幽霊が見えること……」


 そんな美咲の思考を遮るように、ズイッと顔を前に出して自己紹介をするのは、二年の暗闇恭子だった。背中まで垂れたボサボサの黒髪が顔全体を覆っており、素顔を見ることは出来ない。本人の持つどんよりとした空気も相まって、傍から見れば逃げ出したくなるような、恐ろしい雰囲気を醸し出していた。真夏の夜に井戸から出てくる、某幽霊少女にそっくりだ、と美咲は思った。


「えっと、私は工藤美咲って言います。その、今日は凜子の紹介で、見学に来ました」


 この調子じゃ、本日限定のイベントという話も凜子がでっち上げた嘘なんだろうなぁと思いつつ、美咲も自己紹介をする。凜子から本日限定のイベントがあるって聞いたので来ました、と言わないのは、美咲なりの優しさでもある。

 そんな美咲の内面を知ってか知らずか、凜子はぴんと大きく手を挙げると言った。


「小坂先輩! ちょっと提案があるんですけれど、今日は例の三丁目の裏通りを調査しに行きませんか?」

「う~ん。いいけど、どうしてぇ?」

「さっき聞いたら、美咲もあの通りに興味があるって話してたので」


 そんなこと言ってないと内心で突っ込むが、言葉には出さない。その代わり、後できっちり締めてやろうと心に誓う。


「なるほど~。じゃあ今日はそうしよっかぁ」


 代表であるまゆの一言で、オカルト研究同好会の本日の活動内容が決まった。

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