後編(完)
「今日本屋寄りたい」
稜と並んで歩く帰り道。
これが最後だとは思えないほど、それはいつも通りだった。
相変わらずオレは辛気臭い顔をしてるのかもしれないけど、2週間もずっとこの顔だから稜も慣れたのだろう。
最近は特に何も言わなくなった。
「…あ、うん。新刊出るんだっけ」
「そう。買ったらソッコー帰って読みたいからさ、お前、オレが買ってる間に卵と牛乳買ってきて。母さんに頼まれてんだ」
「卵と牛乳?いいけど…なんでもいいの?」
「安いヤツならなんでもいいから」
そう言って稜は財布から500円玉を取り出し、オレに押し付けた。
「…わかった」
受け取った500円を大事に握りながら、一歩一歩踏みしめる。
稜の歩くペースを、歩幅を、触れそうで触れない微妙なこの距離を、横顔を。
1つ1つ取りこぼさないように胸に刻んだ。
オレの家と稜の家のちょうど真ん中へんにある大型スーパーの前で別れて、お互い買い物をして、同じ場所で落ち合った。
卵と牛乳の入ったビニール袋を受け取ると、早く読みたい!というのを顔にありありと滲ませた稜は、
「よし、じゃーな」と、おつりも受け取らずに急いで背を向けた。
いつもと変わらない終わり方。
…だけど今日でこれが、最後なんだ。
「……稜っ!」
思わず呼び止めてしまった。
早く帰りたいのだろう。稜の振り向いた顔は、明らかに不機嫌だった。
「…あ?なんだよ」
「いや…えーっと」
「用がないなら話しかけんな。うぜー…」
そう言ってもう一度背を向けようとする稜を、もう一度呼び止める。
「稜!…あのさ、」
稜は、はーとため息をついて露骨にめんどくさそうな態度をとりながらも、ちゃんと足を止めて振り向いてくれた。
「用があんならとっとと言え。早く帰りたいんだよ」
苛立つ稜に申し訳ないと思いながらも、それでも稜に伝えたくて。
大きく息を吸って、ずっと言えなかった言葉を紡ぐ。
「…オレ、稜のこと好きだよ」
ずっと言えなかった言葉。
ずっと言うつもりじゃなかった言葉。
引っ越すことは言えなかったのに、好きだということは、今日が最後になるのなら言える気がした。
たとえひどい振られ方をしたとしても、それをきっかけに稜を吹っ切ることができたらいいと思ったから。
…あえて「恋愛対象として」とは言わなかった。
稜の好きなように取ってもらえばいいと思ったから。
少し出だしの声が震えてしまった気もしたが、なんとか平常心で言えたと思う。
だって、稜の返事はいつも通りだったから。
「…なんだ急に?気持ちわりぃ。そんなことで呼び止めてんじゃねーよ、バーカ」
稜はまた家路へと歩き出した。
今度は呼び止めなかった。
オレはしばらくその場を動けなくて稜の背中が見えなくなるまで見届けたけど、稜が振り返ることは1度もなかった。
翌日、予定通りに引っ越しをした。
近所の人が母たちを見送りに出てきてくれたが、オレは誰にも伝えなかったから見送りなど一切なかった。
…たとえ伝えていたとしても、誰かが見送りに来てくれたとはとても思えないが。
挨拶もそこそこに車に乗り込んで、見慣れた景色を見送り、見慣れない景色へと移り変わる。
今日は平日だから、稜が普段通りに登校していたら、オレが引っ越したことにもう気づいたろうか。
そう思って思わず携帯を見るが、特に連絡はなかった。
もともと連絡が来ることはほとんどないし…昨日のことを思うと連絡がなくて当たり前だけど。
何時間かしてようやく新居へ到着した。
今までの家とは違いアパートだったが、3人で住むには充分すぎる広さだった。
業者の人が荷物を丁寧に入れてくれてすぐに生活できそうな程だが、細かいところは自分たちでやらなきゃいけない。
鳴ることのない携帯を気にしないように、作業に没頭する。
あっという間に夕飯の時刻になり、段ボールなどはほぼなくなった。
父と母は夕飯の買い出しへと向かい、オレもちょっと休憩しようとふーとため息とをつきながらテレビの電源を入れると、タイミングよくチャイムが鳴った。
「…はーい」
玄関へ向かい扉を開けると、そこには稜がいた。
「りょ…う…」
何で稜が…
真っ白になっているオレの頭の中を読んだかのように、稜は「……担任に聞いた」とぽつりと呟いた。
「そっか…」
担任に聞いたとしても、昨日のこともあるのに…なんでわざわざ来てくれたのだろうか。
(何話したらいいんだろう…)
オレは俯いて沈黙を守るばかりで、気の利いたセリフも言えそうにない。
「…なんで言わなかった。オレに黙って、何引っ越しなんかしてんだよ…ばかやろう」
沈黙を破ったのは、稜だった。不機嫌そうに、いつもの口調で。
だけどその目にいつもの迫力はなくて…オレの気のせいだろうか。なんだか稜が泣きそうに見えた。
「…うん、ごめん」
「…ごめんじゃねーよ。謝るなら最初からすんな」
今度は俯きながらそう言った。
初めて見る稜の素振りに戸惑いを隠せない。
「うん、ごめん…」
「……勝手にどっか行ってんじゃねーよ」
「……うん」
少し沈黙してから稜が顔を上げて、オレの肩にドンっと拳を突き出した。
「…高校卒業したらちゃんと戻ってこい。オレに黙って、二度と勝手にどっか行くな。お前の場所は、オレの隣だろ」
そう言った稜の顔は、やっぱり不機嫌そうでいて、苦しそうで、泣きそうだった。
「…うん。ごめん」
稜の目に涙が溜っていくのを見ていられなくて、オレが思わず稜を抱きしめると
「…離れろ、バーカ」と涙声で言われたが、腕をぎゅっと掴まれるくらいで特に抵抗はされなかった。
今、もう一度好きだと言っても…きっと昨日と同じことを言われるんだろう。
だけどもさっきのあの言葉が、口の悪い君にとっての最大限の素直な愛の告白なのだろうと
オレの腕の中におさまる稜の目からぽろりと涙が落ちるのを見て、ようやくオレは理解した。
終 2014.12.14
(一途平凡×素直になれない美形)
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