君の本音・前編

「お前の場所は、オレの隣だろ」



高1の時、オレが遠くへ引っ越して高校も変えなきゃならなくなった時

稜がそう言ってくれたから、今までロクに携帯とかで連絡したことなかったけど、なるべく些細なことでもメールをするようにした。

稜からの返事はなかったり、あっても短かったりするんだけど、それでも数日オレが送らないでいると「なんかおもしろいこと言え」と稜から連絡が来るので、距離は遠くても気持ちが離れることはなかった。


そして高校卒業を機に、オレは稜の進学先がある東京の短大へ進学することにした。

稜は頭がいいから大学は違うけど、場所は奇跡的に近い。

オレは高校3年間の間に掃除や洗濯はまあまあできるようになったけど、料理は相変わらず壊滅的で…だから一応事朝食も学食がある大学にしたんだけど、オレが1人暮らしするということへの親の心配は相変わらず半端なくて。

そんな時に稜に「一緒に住んでやろうか?」と持ち掛けられ、親も「稜君が一緒なら安心ね!」と、トントン拍子に一緒に暮らすことになった。


稜のそばにまた行きたい。

そういう下心満載で東京の大学を選んだんだけど、まさか一緒に暮らせるなんて。

それが決まった時は、オレは稜との甘い生活を想像して柄にもなく浮かれ喜んだ。




…まぁ現実はそんなに甘くないんだけども。




「稜、これからよろしくね」

引っ越し当日、荷物もあらかた片付き、手伝いに来ていた両親も帰ったところで稜に改めて挨拶をした。

すると稜は、「…せいぜいオレに迷惑かけんなよ」とあっさり自室へと入ってしまった。

オレは笑顔のままその場で固まってしまったが、しばらくして稜はいつもこんなだったじゃないかと思い出して、少し寂しく自分の割り振られた部屋へと入った。



始まりはそんなで、住み始めてからも思ったような生活ではなかった。

稜はバス通でオレは電車通だったから駅まで一緒とかそういうのもないし。

昼間はお互い大学で、夜はオレがバイトで稜はサークル仲間と遊んだり。

休日も似たようなもんで、一緒に住んでるくせに顔を合わせるのは朝と夜のちょびっとだけだったり、1度も顔を合わせずにその日が終わることさえもあった。


それならせめて少しでも一緒にいられる時間を増やせないかなーとか思って

「今日はバイト短いから早く帰れるから」と言ってみたり

一緒にいる時になるべく近くにいようとリビングで稜に話しかけたりするものの、


「そんなの聞いてないから」

「うざい」

「疲れてるんだけど」

と一瞥されて稜が部屋に籠ってしまうこともしばしばだった。



せっかく一緒に住むことができたのに、オレは何をしても稜を怒らせちゃうのかなーと最近は自分に呆れ気味だ。

こんなことじゃ「お前の場所は、オレの隣だろ」って言ってくれた言葉を取り消されるんじゃないかと毎日悶々としている。





「…おい、何廊下で立ち止まってんだよ。邪魔だからどけよ」

「あ、うん。ごめん。ちょっと考え事してて…」

稜を怒らせないようにとか考えてたら、ぼーっとしてしまってた。

それで稜を怒らせるとか…ホントにダメすぎるオレ。

慌てて廊下の端に寄り、稜が玄関へ向かうのを目で追う。


「今日はもう行くの?」

「…あぁ」

「いってらっしゃい。あ、今日はオレバイト遅番だから遅くなるから」

「…あっそ」

そう言うと稜は、相変わらずさっさと出て行ってしまった。

オレは最後まで見てるのに、稜はいつだって振り返ることはない。





「はぁ…」

バイト中なのに大きなため息が出てしまった。

なるべく仕事に集中しようと思うのに、お客さんがいなくて暇になってしまうとついつい稜のことを考えてしまう。


「江崎君、大丈夫?すっごいため息だけど…」

「あ、大丈夫です。スイマセン…」

大きなため息は静かな店内によく響いてたようだ。

そんなに近くにいなかったバイトの先輩に指摘され、思わず苦笑いが零れる。

「そう?さっきからなんかぼーっとしてるっていうかフラフラしてる気がするし…てか、よく見たら顔も赤くない?」

そう言うと、先輩はオレのおでこに手を当てた。


「え?!めっちゃ熱あんじゃん!めっちゃ熱いよ!今日暇だし、帰っていいよー!店長には言っとくから」

「いや、でも…仕事ですから」

「何言ってんのー!絶対すごい熱あるから!更衣室のペン立てに体温計あるから測ってみ!」

そう無理やり先輩に更衣室に押し込まれて渋々熱を測ると、なんと39.8度もあった。


病は気からなのか…その数字を見た途端、なんか急に体がだるく感じる気がする。

朝からずっとぼーっとしていたのは、もしかして熱のせいだったのか…


体温計を見ながらぼーっと考えていると、先輩が入ってきて「なんだこれ!帰りなさい!」と、強制的に帰らされることになった。




アパートへと向かう帰り道、風邪と意識し始めたからなのか、それとも熱が上がってきたのか。

本当にふらふらして、冷や汗も出て、歩くのがやっとだった。

なんとかアパートへたどり着いて、鍵を開け、玄関へ入ろうとすると、ドタドタ!と凄い足音で稜が玄関へと向かってきた。

「あ、稜、ただいま…」

稜はオレを出迎えることなんてなかったから、これから急いで外出でもするのだろうか?

そう思って扉を開いたまま玄関に入らずに稜が動くのを待った。


「……お前、今日遅くなるって言ったろ」

「あ、うん…なんかさ、」

「こんな早く帰ってくんじゃねーよ、バーカ!」

ドン、と肩を押されてフラフラ後ろへよろめくと、そのまま扉も鍵も、チェーンさえも閉められる音が聞こえた。



熱があるせいか、ぼーっとして頭がうまく回らない。

回らない頭で今のは何だったのかと、精一杯考える。

考えて、考えて、考えて…

何度考えても、オレは稜に好かれてないんだなという結論に達してしまった。

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