第10話『死体』

 『中』に入れたそうなので、俺は最初から気になっていた胴体の行方を訊くことにした。他にも今までにした質問をもう一度してみたら、また違った答えが訊けるだろう。そう信じたい。

「胴体は無いよ」

 鶴ヶ谷はそう簡潔に答えた。簡潔すぎて、俺は思わずえっ? と聞き返してしまう。

「だから、切り離された胴体部分はこの教室内には無いってことだよ。廊下側から見たときは死角だったってことではない」

 だから目に優しい光景は今も継続中だよ。と鶴ヶ谷は微笑んだ。いや、そんなことはどうだっていいんだ。それを言い出したのは俺だけれど。

 ぐるりと教室を見回して考える。鶴ヶ谷が頭の中に描いているであろうイメージになるべく近いものを想像する。

 腕と足と生首だけのバラバラ死体。腕と足は新聞紙の上。血塗れで真っ赤だけれど、斬った時に飛び散った血痕などは無い。……いや、あるのか? そういえば俺は、廊下側の壁については何も訊いていない。

「廊下側の壁は文化祭の装飾が一面にされてる。綺麗な状態だよ」

 なるほど、と俺は答えた。ここまで来ると、この教室は殺人現場ではないということが分かってくる。どこか別の場所で殺して、腕と足と生首だけ持ってくるなんて面倒なことをするものだ。腕一本だけでも十分重いというのに。

 教室が殺人現場ではないということを証明する要素になるかは分からないが、俺はもう一度凶器の有無を確かめる。「無いよ」と一言、簡潔な答えをいただいた。

「因みに、この教室が殺人現場ではないっていうのもビンゴ。よくわかったね」

 偉い偉い。と俺を子供のように褒める鶴ヶ谷。子供扱いは嫌だが、そう言われるのは悪くないと思ってしまったのだから俺も相当だ。

 頬を右手でかきながら、俺は次の質問を考える。『中』に入れたのだから、きっと生首に突っ込まれた鍵がどこの鍵なのか分かるのだろうけれど、合鍵の存在があるため今となってはどうだっていい話だ。

 刑事ドラマを真似た質問も、別に俺が犯人を探さなきゃいけないというわけではないので必要ないだろう。死体についての情報が増えても話が進む気はしない。

 となると、同じ質問をもう一度するという手は使えなさそうだ。まあ、胴体がないということと、ここが殺人現場ではないという二つのことが分かったのだからよしとしよう。

 ニヤニヤとこちらを楽しそうに見つめる鶴ヶ谷を視界の端におきつつ、黒板とにらめっこをする。鶴ヶ谷が書いたことは何かしらヒントになっているはずだ。

「……何か、見つけたのかな?」

 三回ほど黒板を読み返したところで鶴ヶ谷がそう訊いてきた。きっと顔に出ていたのだろう。俺は黙ってうなずき、それをどう質問という形にするかを考え始めた。

 俺が気になったのは、『どうして事件が起こった時期を限定したのか』ということだ。別に、文化祭前じゃなくともいいような気がしたのだ。『お化け屋敷の準備をしていた』なんて情報はもっと要らないはずである。リアリティーのため、俺が世界に入り込みやすくするようにするための鶴ヶ谷なりの配慮だと言ってしまえばそこまでだが、それでもわざわざ黒板に書かなくてもいい気がする。

 ここで鶴ヶ谷に『文化祭についての情報は必要なのか』という質問をしなかったのは、きっと鶴ヶ谷は俺が思っているように『世界に入り込みやすくするためだよ』なんて答えるだろうと思ったからだ。予測できる質問はわざわざしない。俺の勝手な決めつけかもしれないけれど。

 さて、どうしたものか。

 文化祭とお化け屋敷をどう発展させて質問に変えたら良いのだろうか。生首、腕、足、血。どれもお化け屋敷にありがちな要素だが……。

「随分と楽しそうだね。何かあった?」

 自分の考えのおかしさについつい笑ってしまった俺に鶴ヶ谷は言う。今俺が思いついたことを鶴ヶ谷に言ってみたら、鶴ヶ谷はどんな反応をするだろうか。吹き出して大爆笑をするのだろうか。こんなことを考える俺をバカにするだろうか。でも、訊いてみる価値はある。そんな気がした。

「あはははっ」

 案の定鶴ヶ谷は笑いだした。だが、その声はどこか乾いていた。その反応に、俺はこの質問が決して間違いなんかじゃ無かったことを知る。それと同時に、全ての答えが分かった。あとは一から順に鶴ヶ谷に説明をして、答えあわせをするだけだ。

 考えてみれば考えるほど、鶴ヶ谷らしい問題だなと思った。やっぱり、こいつは変わっていると思う。

 そもそもの話だ。俺は何故一番最初にこれを訊かなかったのかと言いたくなるようなことだが、鶴ヶ谷は俺に何を推理してほしかったのだろうか。俺は鶴ヶ谷に言われるがまま流され、色々と考えていたが、よく考えればそれが用意されていない。

 このゲームは、一体何を推理するゲームなのだろうか。

 目的のものは分からない。だが、答えは分かる。

 このゲームの答えは、ズバリ『分からない』だ。

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