第9話『密室』
急速に動き出した思考に継続性は無かったらしく、またなにも思い浮かばなくなってしまった。もう少し続いてくれたっていいじゃないかと文句を言いたい。俺の頭だからどうしようもないのだけれど。
しかしここで黙ってしまうのは楽しくない。退屈だ。それに鶴ヶ谷にも悪い。
そう考えた俺は、よくある刑事ドラマの捜査方法をなぞってみることにした。別に、犯人を探すわけではないから役に立つとも思えないのだけれど。
「そうだね、凶器は刃物で合ってるよ。斬れてるんだからね」
「死因? 首を切られたからとかその辺でいいんじゃないかな。あまり考えてなかったよ」
「うん。凶器は廊下から見たら見えない位置にある、またはこの場に無いかのどちらかだよ。だからここにも用意してない」
「死亡推定時刻? そんなこと訊いてどうするのさ。君は刑事かい?」
俺の質問に鶴ヶ谷はすらすらと答える。俺が黙ると、その時間を利用して答えたことを黒板に書いてくれるので有り難かった。覚えるというところに頭を使わないで済む。
ただ、刑事ドラマ戦法は早くも限界を迎えたようだった。次に訊くべきことが分からない。これ以上死体について訊いてもダメなのかもしれない。
そうなると次は何だろうか。『本当にこの部屋は密室なのか』というそれっぽいことでも訊いてみたらいいのだろうか。例えば、生首の口に突っ込まれている鍵は本当にこの教室の鍵なのか、とか。
「いい質問だね。でも、その質問には私は答えられないよ。だって、この現場は廊下から見ただけの現場で、中に入ることは許されてないんだからね。廊下から見ても、これがどの鍵かなんていうのは判別できないよ」
教卓の上に足を組んで座って鶴ヶ谷は言った。行儀が悪い。通りすがりの教師に見つかって怒られても知らないぞ、と思った。
さて、ここにある鍵がアテにならないことは分かった。次に密室に関係するようなものは何だろうか。
チラリと俺は、窓に目をやった。漫画なんかでよく、外から窓の鍵を締める方法が出てくることを思い出したのだ。が、俺はすぐにその考えを首を振って頭から消し去った。
この教室で全てを考えるのなら、窓から出入りというのは物理的に不可能だ。この教室は三階にある。しかも窓の外にベランダはなくいため、隣の教室へ窓の外から移動するというのは無理な話だろう。降りるという選択肢が無いわけでもないが、下は柔らかそうな地面などではなく硬いアスファルトだ。ロッククライミング等の技術があれば壁をつたって降りることも不可能ではなさそうだが、現役高校生でそんなやつはなかなかいないだろう。というか、犯人がそんな都合のいいスキルを都合よく持ち合わせているとは考えられない。
窓がダメならば、やはり出入り口は廊下側にしかない。ただし鍵はここにある。残りの可能性は……
前側の扉の前まで移動して扉とにらめっこをしていると、思わず『あっ』という声が漏れた。そうだ、鍵は一つとは限らないんだ。
「やっと気付いたんだね」
教卓の上に座ったまま、鶴ヶ谷がニヤニヤと笑った。答えを待っている側の鶴ヶ谷にしてみれば、確かに俺の行動は随分な遠回りだった事だろう。今思えば一番最初に訊いてもいいっくらいのことだ。しかし、普段から推理小説を読んでいる鶴ヶ谷とは違うのだ。そのくらいは多目に見てほしい。
俺は鶴ヶ谷の方に体を向けて、指先は扉の鍵穴に向けて、スペアキーの有無を訊いた。
鍵を作るときはその後のを考え合鍵を作る。同じ鍵が二本以上あるというのは、今日の日本において当然であるべきことなのだ。
ニッと鶴ヶ谷の目と口が三日月型に歪む。
「おめでとう。これで、この教室は密室じゃなくなったよ。これで、『中』にも入れる」
やっと俺はスタートラインに立てたのかもしれない。鶴ヶ谷の言い方にそんなことを思った。『中』に入れるということは、きっと『廊下からみた状況』よりも詳しく訊けるということだろう。
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