第2話『屁理屈』

「準備はいいかな? 今回のやつは割と有名かもしれないね」

 俺の反応を待たずに鶴ヶ谷は言った。いつもこうだ。俺の都合なんか気にしちゃいない。まあ、俺もそれに乗ってしまうから悪いのだろうが。多分こういう流されやすさが、鶴ヶ谷の自由奔放さ加減に拍車をかけているのだろう。

「じゃあ、問題。『ある洞窟にとても珍しいものがあるという評判があった。ある男はその珍しいものを一目見てみたくて、その洞窟に行ってみるた。すると、確かに評判通り既に多くの人が入ったらしい足跡があった。しかし、それを見た男は中に入るのをやめて、急いで引き返してしまった。なぜ?』」

 いつも彼女はこうやって一気に問題を言う。最初のうちは一度に問題を覚えることができず苦労したが、今はもう慣れたのかすぐに覚えることが出来るようになった。慣れって本当に恐ろしい。彼女によって慣らされているとしたら、さらに恐ろしい話だ。しかも、鶴ヶ谷はそれを天然でやってのけるような一面もあるので、あり得ないと否定できない。まったく、どうして俺はこんなやつになつかれてしまったのだろうか。

 さて、今回の問題に意識を戻そう。答えに時間を掛けると、鶴ヶ谷の顔がどんどんニヤニヤと歪んでいくので非常に腹立たしい。推理小説を読んでニヤニヤしている顔は可愛らしいが、問題を出してニヤニヤする顔は別なのだ。

 彼女はこの問題について『有名かもしれないね』なんて言ったが、俺はこの問題を全く知らなかった。多分鶴ヶ谷の悪意も込められているだろうが、一番は俺がこういったクイズにあまり興味を示さないことが原因だろう。お陰で、記憶を辿るなんて事をせずに、何度も問題を頭のなかで反芻させることになる。どっちが面倒なのかはよくわからない。人間の脳は、どうでもいいことは忘れるように出来ているため、こういったクイズの答えは一度聞いただけではすぐに忘れてしまうだろうから。俺なんかは特に。

 なんて考えているうちに、問題の答えが出てきてしまった。数学の問題は閃くことができないというのに、こういうときばっかり頭の回転が速いのだから嫌になる。もっと使うべきところがあるはずなのに。

 この問題の答えは、『洞窟の中へ入っていったらしい足跡を見た』というところから、『洞窟の外へ出ていった足跡を見ていない』ということを導き出すだけだ。つまり、『多くの人が洞窟の中へ入ったものの、帰ってこれていないようだから男は逃げ出した』ということだ。

 そう鶴ヶ谷に伝えると、鶴ヶ谷は満足そうに答えた。どうやら正解のようだ。

 しかし、答えながら思ったのだが、この問題の男は自分が立った場所は入り口で、実は出口は他にあったという可能性を考えなかったのだろうか。ゲームのダンジョンじゃないのだから、出入口は何ヵ所かあると思うのだ。『中へ入っていった足跡しかない』ということは、『途中で引き返して逃げ出した足跡がない』という意味にもとらえることができる。それはつまり、『今までこの洞窟を訪れた者は皆勇敢だったが、この男だけは臆病者だった』ということではないのだろうか。『何故逃げ出したのか』『怖かったから』こんな回答でも、俺はアリだと思う。

「あはははは、また屁理屈言ってる」

 思ったことを素直に伝えたら笑われた。かなり笑われた。失礼な奴め。またとはなんだ。

「だって君、毎回答えの最後に屁理屈をつけるじゃないか。まあ、私もそれが楽しみで問題を出しているんだけどさ」

 とても楽しそうに笑いながら鶴ヶ谷は言う。悔しいくらいに良い笑顔だ。仕方がないので、屁理屈云々についてはこの笑顔に免じて許してやろうと思う。その次の言葉については、どうしても聞き捨てならないものがあったが。

「ここまで毎回屁理屈を返してくれるとさ、よく変人だなんて言われる私よりも、よっぽど君の方が変人で、ひねくれてるよね」

 誰もが認める変人にこんなことを言われて嬉しい奴がいるのかと俺は問いたい。別にひねくれてもいない。俺は普通だ。変人代表みたいなお前と同類にしないでくれ。

「普通って、なにが普通なんだろうね」

 俺の反論に、鶴ヶ谷は真顔でそう訊いてきた。地雷でも踏んでしまったのだろうか。変人代表が悪かったのだろうか。

 どこか悲しそうにも見えるその表情に、突然の変わりように、俺は何も答えられなかった。

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