空想スイリ

影都千虎

第1話『鶴ヶ谷』

 鶴ヶ谷咲は変人である。

 彼女を一言で表すとするならば、これが最も適切だろう。きっと彼女を少しでも知るものは、誰もがこの表現を聞いて黙って頷いてくれるはずだ。そのぐらいの自信がある。

 ここで彼女の生態を紹介しよう。何て言ったら鶴ヶ谷がまるで人間以外の動物みたいだが、彼女はれっきとした人間だ。

 鶴ヶ谷はとても頭がいい。成績優秀という意味だけでなく、上手な人付き合いも心得ている。実は鶴ヶ谷は美人の部類に含まれるのだが(実際、男人気が凄い)、女子に恨まれているようなことはない。羨まれることがあっても、嫉妬に変わることがない。扱いを心得ているのだ。賢いとも言える。誰とでも平等に接することができ、付かず離れずの絶妙な距離感を保ち続けることができる。ただ、それは絶妙な距離感を保ちすぎて、特に仲が良い女子がいないという欠点でもある。

 成績面においては、授業態度という点で教師に諦められているところがある。

 彼女は、机に突っ伏して堂々と居眠りをしているか、授業ノートではないノートに授業を聴く素振りも見せず、何かを一心不乱に書き込んでいるかのどちらかで授業を過ごしている。どう考えても授業態度は最悪だ。しかし、教師が質問を投げ掛けたり、鶴ヶ谷を指名したりすると、鶴ヶ谷はあっさりと、実にあっさりと正解を答えるのだ。指名ならまだしも、授業を受けている全員に対する投げ掛けのような問いにも答えるというのは、授業に参加しているという事にしても問題はない。教師陣もさぞ頭が痛いだろう。

 鶴ヶ谷は暇なときによく読書をしている。どうやら趣味らしい。特に推理小説、中でも猟奇的殺人事件が起こるものが好みらしい。あまり可愛くない趣味だ。だが、一度、彼女がその系統の小説を読みながらニヤニヤしてるところがある。その表情はとても可愛かった。

 好きな食べ物(飲み物)は果物類らしく、よくリンゴジュースを飲んでいるところを見かける。好き嫌いがはっきり別れるレーズンも好きなようだ。否、大好きなようだ。その証拠に、いつだか鶴ヶ谷は百円で買えるおつまみのレーズンを貪り食っていた。しかも一袋以上を。あの光景には教室にいた誰もがドン引きしていた。俺も例外ではない。

 と、ここまでは遠巻きに見ていた頃に知った鶴ヶ谷の生態。

 そしてここからは、鶴ヶ谷と関わりを持ってから分かった鶴ヶ谷の生態だ。

 鶴ヶ谷は猫みたいなやつだ。猫系女子というほどのあざとさはない。だから好感が持てるし、素直に可愛いと思える。ただ、気紛れが過ぎるのが難点だ。

 それに、よく見ると鶴ヶ谷は猫目だ。性格だけでなく外見も猫っぽいというのは、猫好き男子にはたまらないだろう。

 そして最大の特徴、というか俺が最も訴えておきたい点はこれだ。

「さて、昼休みだね。どうせまた一人で弁当を食べるであろう君に、私が特別に付き合ってやろう。感謝して良いよ」

 どういうわけか、俺につきまとう。ということだ。つきまとうというか、なつかれたというか。誰とでも平等に接することができ、付かず離れずの絶妙な距離感を保つんじゃなかったのかと、一言もの申したい。

 ただ悲しいかな、俺と鶴ヶ谷がこうやって二人で弁当を食べていても変な噂がたつことはない。俺が鶴ヶ谷を好きになることがあっても、鶴ヶ谷が俺を好きになることはない。そんな確信があるようだ。まったく、失礼な話である。確かに俺もそう思うが。

 鶴ヶ谷と話すことは特になく、俺は黙々と弁当を食べる。鶴ヶ谷も、弁当を食べるときは黙っている。それも噂がたたない理由の一つになるのだろう。凄く気まずいので、いい加減何とかして欲しいのだが。

「さて、ご飯、食べ終わったね?」

 俺が弁当を食べ終わると、鶴ヶ谷は決まってこう言う。そして『じゃあいくよ。今日の問題』なんて言ってクイズを出してくる。


「じゃあいくよ。今日の問題」


 ほらな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る