第5話

 夢の話をします。



 放送係だから給食の時間に音楽を流すことになったんだけどやり方がわからなくて、途方に暮れながらCD片手に放送室まで辿り着いたら謎の屈強な暗殺者が座ってた。俺はこれ幸いとばかりに音楽のかけ方教えてくださいと暗殺者にCDを手渡したら硫酸を手にしたみたいにどろどろになってCDは溶けたし暗殺者の右手首から先は消失した。


 けれど暗殺者お兄さん(映画俳優みたいな顔をしている)(雑なたとえ)は非常に落ち着いた調子でマイクのスイッチを入れて、傍らに置いてあったエレキギターで懐かしのアニソンを弾きはじめた。左手一本なのに。暗殺者特有のテクニックがどうとか。放送室の窓から見下ろす校庭ではその音楽に合わせてマラソンの練習が行われていて、放送係でよかったなあと思った。


 放送室から出たら実家に帰ってた。実家の近くに馬鹿でかいピカピカ光る観覧車ができてて、どれくらいでかいかと言うと小学校よりでかかったんだけど、そもそもそれ以前にそのピカピカ光り具合が本当に異常なことになってて、直視するとこれもうフラッシュじゃんみたいな感じだった。後ついでにジェットコースターみたいな速度で回転してる。実家には知らない女の人が複数人住んでて、微妙にアミューズメント感ある装飾がなされていてチュロスとか売ってそうな感じになってた。にこにこ笑顔で話しかけられたけど困ったので逃げた。


 逃げた先の洋館で俺よりでかいナメクジが高速移動していた。頑張って部屋の扉を破って逃げたらそういえば俺は殺人事件を追ってたんだと思い出して、でも特に手がかりもないので周囲でバタバタ人が死んでいった。刑事も容疑者もバタバタ死んでいく。もうすごい死んでく。ナメクジは超速いしでかい。


 洋館の中に大学のあの地下に通じる階段みたいなのがあって、あまりにも暗すぎて全然視界がない中ダッシュで降りていく。降りた先は教室みたいな感じの板張りの廊下だったんだけど、奥の方に座敷牢がある。


 畳の上に赤い着物の女の子が座っていた。白髪。可愛かった。好き。

 女の子は懐から白鞘の剣を取り出して、それを俺に突きつけて言った。


「犯人はお前だ」


 新パターンだった。女の子はその剣をかたかたと振る。


「これが凶器」


 懐から手紙を取り出して。


「これがダイイングメッセージ」


 世界征服って書いてあるだけだった。背後ではでかいナメクジが迫ってきていた。


「犯人はお前だ」

「とりあえず助けて」

「いいよ」


 女の子は中から牢を開けてくれて俺を避難させてくれた。俺たちは畳の上に座って牢の前で立ち止まる(?)でかいナメクジを見ていた。


「出られなくなったけど」

「困ったな」


 困ったなあと俺たちは顔を見合わせた。


「ところで君は誰?」

「私は座敷牢探偵。この話は爆発オチで終わる」

「大変だね」

「生きてるんだもん」


 仕方ないよ、と言って爆発した。



 以上、今日の夢終わり。



*



「結婚してえ~」


 川染先輩が一般文芸(っていまいちどういうくくりかわからないけど)原作の青春恋愛アニメを見て涎垂れ流しみたいな表情をしながらそう言った。ちなみに俺もへらへらしながら画面を見てた。画面には主人公とヒロインカップル(予定)(絶対そうなると思う)が映っていた。


「どっちとですか?」

「どっちも」


 そりゃ無理でしょ。どっちも可愛いから気持ちはわかるけど。先輩はへらへら笑いを突然やめて真顔になった。


「でも私は一生結婚できずに終わるんだよな……」

「なんで急に落ち込んだんですか」

「未来永劫恋愛できませんでした、終わり」


 終わり終わり!と先輩は唐突に興奮し始めて机を叩いた。そしてものすごい溜息をついた。もうこの人はこれでいい気もしてきた。


「別に恋愛したいならすればいいじゃないですか」

「できたら苦労しないだろ! ぶん殴るぞ!」


 先輩は握りこぶしをつくって右腕をぶるぶると震わせたけど、ガリガリタイプのオタクなので何も怖くない。骨格標本と互角くらいのパワーしかないと思う。


「いいじゃないですか合コンとか婚活とかすれば」

「そういうのは……違うだろ、なんか!」

「何が違うんですか」

「こういうのがいいの!」


 そう言って先輩は画面を指さした。主人公くんがものすごい作画で赤面していた。可愛かった。はあ、と俺は頷いた。いつもならこのへんで抽象的な人生への不安を叫び始めるけど今日はそれがないので、このアニメは人間の心を浄化する作用があるんだろうなと思った。すごい。円盤か原作買おうかな。


「頑張ってください」

「呪ってやるからな」


 応援したのに呪詛を返された。ひどくないですか、と視線を投げたが睨み返される。しばらく緊張状態が続いたけれど、画面の方から何かすごい声が聞こえたのでふたり同時に視線を反らした。


「この声優めっちゃいいですね」

「わかる」


 先輩は一瞬で沈静化した。このアニメはすごい。でもエンディングが流れてしまった。先輩はまた録画リストをぽちぽちいじり始める。


「瀬長くんは結局アニメキャラと結婚したいんでしょ?」


 逆襲が始まった。あまりにもあんまりな決めつけだと思ったけど俺は曖昧に頷く。


「アニメキャラなら誰でもいいってわけじゃないですけど」

「なんで選ぶ側みたいになってるんだ調子に乗るな」


 質問されて返しただけなのにこの対応はどうなんだろう。


「人間じゃない相手がいいです。宇宙人とか」

「大学生にもなって何を言ってるんだ君は恥ずかしくないのかわかる」

「わかるんだったらなんでその前ですごい貶してきたんですか」

「自爆戦法」


 先輩はソーシャルゲーム原作アニメを再生し始めた。これは全然俺は見ていない。


「こういうのは?」


 先輩は画面に映る異様に襟ぐりの深い女の子を指さして俺に尋ねた。


「嫌いじゃないっていうかむしろ好きなんですけど」

「うん」

「なんかこう……、つらい気持ちになりませんか?」

「わかる……。なんか自分が浅ましい存在に感じるし、かといってたったそれだけで嫌うのも可哀想みたいな……」

「可哀想なんて思うのも何様なんだよみたいな」

「わかる……」


 浅ましいオタクの傷の舐め合いが発生した。アップテンポなオープニング曲が流れる中、部室は最悪の空間と化していた。


「人生の意味が発生するレベルの恋愛したい……。それ以外はしたくない……」


 また抽象的な領域に話題が入り始めたけど内容には完全同意だった。ボーイミーツガールが好きということはそういうことである。でかい主語。


「世界の命運とか賭けたいですよね」

「わかる……」


 そう言って先輩は席を立って、部室の隅から謎のゴシックっぽい剣を取り出して机に置いた。


「ほら瀬長くん、勇者なんだから剣を振るって世界を救ってくれ」

「なんすかこの剣」

「勇者の剣だよ。ほらここ押すと」


 先輩が剣の柄頭についている鞭っぽい感じの革部分を引っ張ると、なんかもやっとした黒紫色のオーラが発生した。


「すごくない?」

「いやまあすごいですけど……。なんすかそれ」


 先輩は今度は胸ポケットからボールペンを取り出して、部室をきょろきょろと見回して誰かが置きっぱなしにして忘れ去ったような古いレシートを見つけ出してその裏に『世界征服』と書きつけた。それを俺の目の前に突きつけてひらひらさせながら言う。


「勇者くん、剣を振るって世界を救いたまえ」

「いや無理ですけど。ていうかなんなんすかその剣」


 俺はとにかくその剣が気になってしかたなかった。姫がゴスファッションにハマってた時期とかがあってその時期に勢いで買っちゃったとかそういうのなんだろうか。どこで売ってんだこんなの。

 先輩はその剣のしっぽを引っ張ってものすごい量の謎オーラを生産しながら言う。


「聞いて驚け、この剣の名前は……。……ティーンエージャーソード」

「うわだっさ」

「あーっ! お前、あーっ!」


 あまりにもネーミングセンスがないので率直な感想を口に出してしまったら、先輩はそれを咎めて俺を指さして突如興奮し始めた。


「そういうこと言っていいと思ってるのか! オタクのくせに! オタクがださいとかそういう判定していいと思ってるのか!」

「いやだってだっさいですよ。何を思ってその見た目からそんな名前にしたんですか」

「十代の人間にしか扱えないって設定だから……」

「二十代にもなって……」

「あーっ! あーっ!」


 発狂寸前みたいな状態の先輩を見ながら、そういえばと時計を見たらもうすぐ四限が始まりそうだということに気が付いた。


「あ、俺そろそろ四限行くんで」

「おうビビってんのかメーン?」

「はい、先輩ヤバいんで」

「ヤバくない……。私は普通だよ……」


 はあ、と俺は生返事をした。変だとか普通だとかいう話は不毛なのであんまりしたくない。とりあえず世界中の人間は全員異常な人物として認識している。


「ていうか四限にしては早くない?」

「オムニバス講義なんで早く行かないと立ち見になるんですよね」

「ああ……。テーマ何?」

「漂着神をめぐる宗教です」

「あー」


 人来そう、と先輩は頷いた。オムニバス講義は基本的に人気があるけれど、この講義は近年増加する漂着神と人類文明との遭遇に対する注目によって特に受講者数が多い。一番広い教室を使ってるのに立ち見が発生するくらいだから。


「でも漂着神がどうたらこうたら言っても、最近は空からもガンガン降臨してるしちょっとテーマのくくり微妙じゃない?」

「まあ割とテーマから逸脱した話も扱ってるんで……」


 ふうん、と先輩はティーンエージャーソードをぶんぶん振り回しながら相槌を打った。


「んじゃー私も研究室行くかあ。最近あんまり行ってないしな」


 というわけで一緒に部室を出ることになった。ティーンエージャーソードは部室に置き去りにされた。


「ちなみに今日の講義はどんなのやるの?」


 サークル棟の階段を下りながら先輩が質問してきた。


「神の遍在についてだったと思いますけど。神が実体として認識されるようになったからこそとかなんとか」

「ほーん。まあ私は神は遍在すると思うね」


 何だか突然議論っぽい感じの意見表明がなされたので微妙に緊張感が走った。たぶん俺の中でだけ。とりあえずお茶を濁しつつ。


「はあ、そうなんですか?」

「うん。だって神が遍在しなかったらこの世界に理性なんて持ち込まれるわけないじゃん」


 何やら先輩は自信満々でそう言った。俺は別にオムニバス講義はペラ紙に感想を一行書いて単位をもらう以上の利用をしていないし別にそっちの方面に明るいわけでもないので特に反応を返せない。たぶん先輩もそういうのに詳しいわけじゃないと思う。まあつまり、いつもの抽象的な話の延長にある素人の戯言だ。何か巨大なものがバックにないとこんな世界が上手くいくわけないと。


「神様はどこにでもいていつでも私たちを見ているんだよ」


 先輩はにっ、と笑って階段の三段目から勢いよく飛び降りた。たったそれだけでよろけて、小学生より運動能力低いんだなこの人と思った。


「大丈夫ですか」

「ダメだよ」


 相変わらずダメらしかった。それからサークル棟から出ようとして――。


「……」

「……」


 ふたりして止まった。目の前に五百円玉が落ちていた。俺と先輩はちらりと目配せした。


「五百円……」

「神様はどこにでもいるんじゃなかったんですか?」


 そこまで大きな金額ではない。おそらく落とした本人は気付かないだろうし、『五百円玉落としました』なんてことを言って忘れ物コーナーに問い合わせたりもしないだろうし、そもそもそんな連絡してくるのが本人だとは断定できないだろう。かといって軽々しく拾ったり放置したりするにはちょっと抵抗の出る金額だ。俺は早々に諦めた。理性が強い方なのだ。見なかったふりか落し物届けか、後は先輩の行動に合わせようと。

 けれど先輩は明らかに葛藤していた。どのくらい葛藤していたかというと、うずくまって震える右の指先を五百円玉に伸ばしながら、その腕を逆の手で押さえていた。こんなわかりやすい葛藤する人初めて見た。アニメの見すぎで仕草までアニメキャラみたいになってる。


「し、神話になりたい……」

「でも逆に神様になれなくてもいいみたいなのも良くないですか?」

「わかる……。超良い……」


 先輩はわかる~と唸りながら葛藤していた。俺はいつまでこの茶番に付き合わされるんだろう席なくなるし置き去りにしていいかなと思いながらそれを見ていた。


 一分くらい経ってようやく先輩がカッと目を見開いて覚悟を決めた。


「これすなわち神の恵み――!」


 そして素早い動作で五百円玉をつかみ、



 サークル棟が爆発しました。

 爆発オチです。

 そんな感じで今日も終わる。

 終わりです。

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