第4話

 夢の話をします。



 火星で流星群を見ていた。すっげえ綺麗だった。ありえないほど空がでかくて夜空に無限に星があって一秒に何十個も流れんの。感動してボロボロ泣いてた。

 火星の夜はめちゃくちゃ寒くて改造人間じゃないと耐えられないんだけど、俺は改造済みだから余裕で肌寒いくらいしか感じなくて、謎の教授とふたりで最高の夜を満喫した。


 調査隊が後から到着して火星の遺跡調査が始まった。俺は一番前に立って、出っ張りをスライドして扉を開けたりしていた。でかい出っ張りを引っ張ったら足場もすーっとスライドしていって俺は下に落ちて、「あれこれ上に上がれなくね? 詰んでね?」とか言いながらぴょんぴょんジャンプしていた。別の出っ張りを引っ張ったら周囲の足場も下がったのでなんとか事なきを得た。


 遺跡の中に入ったら、小さい部屋にふたつのでかい化石があった。エイリアンの化石だった。昔ここに来た地球人が内部に取り込まれてて栄養を吸い出されてた。こわー、と思ったし嫌な気分になったけど、化石だから危ないこともなくて教授はそれを調べてた。


 遺跡から出たら高校の教室だった。そういえば俺ってタイムスリップして今高校生なんだっけと思い出した。今更高校の授業受けてもなあと思ったし、英語の教科書をひとつも持ってきてなかったから、後ろのロッカーの方に逃げて置きっぱなしの教科書を掘り起こしてたら数ⅢCの教科書と物理の教科書があって、そういえばこれ全部はやってなかったしこれやるかと思って、それを手に席に戻った。


 休み時間になると、教室でひとり小学生の女の子がぽつんと浮いていて、ちょうど床にその女の子に似た布人形がほこりまみれで捨ててあったのでそれで話しかけた。喜んでた。そうしたらその子と同い年くらいの男の子が同じく自分に似た人形を持ってやってきて、一緒にふたりはにこにこ笑いながら人形で話し合ってて、それが可愛かったので頭を撫でた。そうしたら男の子の弟くんも来たんだけど、その子は女の子のことが好きで、三角関係が発生しそうな予感がしたから胃が痛くなる前に俺はその場から離脱した。


 逃げた先の夜の遺跡に女の子がいた。青髪。可愛かった。好き。


「君は勇者だ。世界を救うんだ」


 宇宙人なのに日本語みたいな言語喋るんだなすごいって思った。


「君は勇者だ。世界を救うんだ」


 女の子は右手にびかびか発光する青い剣を持ってた。


「これは勇者の剣。君の剣だよ」


 女の子は後ろの遺跡の壁を指さした(未知の言語で世界征服って書かれてるっぽかった)。


「勇者の証だ。君は勇者。世界を救うんだ。剣を振るって世界を救うんだ」

「世界ってどのへんまで?」


 俺が聞くと女の子はすげえ困った感じの顔をした。チャイムが鳴った。移動教室の時間だった。


「全宇宙?」

「無理じゃないか?」

「無理かな?」

「無理だよ」


 女の子は剣を捨てて、俺に近付いてきた。


「じゃあ僕だけでいいよ」


 そういうの妥協って言わない?



 以上、今日の夢終わり。



*



 マジかよ。

 時計を見たら夜九時だった。昼寝のつもりが七時間寝てた。どうしようもねえな俺。ベッドからやけに重い身体を起こした。カッコイイポーズで溜息をついた。


 金曜。午後からの講義のためだけに大学に行ったら開始時刻を過ぎても教官が来なくて、周りの学生たちの会話で今日は休講になったということを知った。家で寝てればよかったと思いながら学食で釜玉うどんを啜って、帰って本当にふて寝を始めたらこの時間になってました。どうしようもねえ。


 変な時間に寝たからか頭がぼやけている。うっすら気持ちも悪い。とりあえずシャワーを浴びた。シャワーを浴びたからついでに着替えて深夜徘徊に出ることにした。何もしなかった一日を取り戻そうという無意識の抵抗だった。むなしい悪あがきである。


 外は寒かった。気持ち良いけどまだ少し濡れてる髪が凍りそうだなと思った。もう十二月だった。そろそろ期末の勉強を始めておこうか。


 近所のスーパーに入った。肉と惣菜は売り切れていた。弁当も。野菜がちょっと置いてあったけど全体的に陳列棚はスカスカで、こんな遅い時間にスーパーに入ったことはあんまりなかったけど、夜はこんな風になってるんだ、と冒険してるみたいな気分になった。七十九円のポップなパッケージの炭酸飲料を買った。


 外に出て飲み物を開けて一口飲んで、やることねえなと思った。コンビニに行ってもやることないし、そろそろ店も閉まり始めるころだし、そのへんのゲーム屋でも古本屋でも入って夜(+土曜日)の伴でも買おうかと思ったけど選んでる時間が足りない。気に入ってるバンドの夜っぽい曲のイントロのギターを口笛で吹きながら考えてた。


 ただ歩き回ってるだけってのも怪しい人だし、大学に行こうと思った。うちの大学は図書館は二十四時間開いてないけど、代わりにサークル棟は二十四時間開け放しだ。研究室にも泊まれるぞ。シャワー室もついてる。文系にはあんまり関係ないけど。


 電車に乗ったらスカスカだった。朝の電車もこのくらいスカスカだといい。一限に出る気が起きなくなる一番の原因は朝起きられないとかじゃなくて満員電車だ。


 大学構内に入ると全然人がいなくて、街灯と月の明かりだけが俺の影を濃くしていた。最高。キャンパスに住み着いた猫が鳴いた。カラスに注意の貼り紙を思い出した。


 夜遅くまで外で練習するダンサー(カッコイイ)、今まさに図書館が閉まったので帰りますみたいなちょっと浮世離れした感じのインテリっぽい人たち(カッコイイ)(全然関係ない話だけれど新着図書コーナーで三千円とか一万円とかする研究書を読んでいると高い幸福感を得られることがある)(大学の金で読む本は美味い)とすれ違って、サークル棟に辿り着いた。部員勧誘の貼り紙とか部屋に入りきらない荷物が置かれて雑然とした階段を一階二階三階。右に曲がって三番目。


「お?」

「うぇ」


 マジすか、と目線で訴えかけたらマジだよ、と川染先輩が返した。この人本当に二十四時間アニメ見てるんじゃないだろうか。というかここに住んでるんだろうか。

 先輩は怪訝な顔で卓上時計を見た。


「……朝?」

「夜っす。眠れなくて」


 ほー、と空っぽい相槌を打ちながら、先輩はスナック菓子をパリパリ齧ってテレビを見た。流れてるのはアニメじゃなかった。


「あれ、アニメじゃないんですか」

「ビデオ屋で借りてきた。まあ実際アニメみたいなもんだよ」

「なんて映画ですか」


 なんだっけ、と言いながら先輩が空のパッケージを見て告げたタイトルは、タイトルだけなら俺でも知ってるような有名な映画だった。


「どんな内容なんですか」

「生きづらそうなイケメンが殴り合って色々大変なことになる」

「はあ」


 この人作品紹介下手だなと思った。画面には確かにイケメンが映っていた。映画俳優レベルの顔ならさすがに美醜の判別がつく。結構暴力的な映画だった。


「先輩映画も見るんですね」

「昔はあんまり見なかったけど、最近見るようになったね」


 大学生だかんねー、と。確かに大学生は急に映画見たりアニメ見たりするようになるイメージがある。俺はあんまり昔からやってること変わらないけど。俺も映画見ようかなと思った。一日一本見ても月三千円。割と手ごろな趣味――、と思ったところでそれは見すぎじゃないかと思った。映画は一本大体二時間としてアニメ四話分くらい。一日一本映画を見るのを一生続けたとして、人生の十二分の一を映画鑑賞に費やしたことになる。やりすぎっぽい。


「やっぱり暴力しかないよなあ」


 と。イケメンがイケメンの顔をボコボコに殴りつけている凄惨なシーンを見ながら先輩は呟いた。会うたびにどんどん言うことが過激になってきている気がする。


「暴力しかないんですか?」

「しかないよ。生きることは暴力だからね」


 深いっぽいことを言った。特にそれ以上掘り下げることも思い浮かばなかったので、俺も一緒にぼーっと映画を見ていた。結構胸に来る感じの映画だった。前半を見てないのに。映画はどんどん進行して、何か凄まじいラストシーンが流れた。


「良い爆発オチだ……」


 先輩はしみじみと呟いた。エンドロールが流れ始めた。先輩は俺に向き直った。


「途中からで面白かった?」

「はい」

「瀬長くんアニメも平気で途中から見るもんね」


 褒められてるんだか貶されてるんだかよくわからないコメントをされた。確かに昔から漫画とかも途中の巻から買い始めたりするけど。先輩がデッキからDVDを取り出してパッケージに戻していると、ぐう、と俺の腹が鳴った。

 そういや昼から何も食ってないな、コンビニでも行こうかなと考えた。まだあんまり動く気が起きなかったけど。


 先輩がチャンネルをいじると、地上波のテレビ画面になった。先輩は深夜アニメを探してザッピングして、ある局で止めた。


「姫じゃん」


 ニュース番組だった。このサークルの姫がどっかの国の姫として紹介されてた。


「そういえばリアル姫なんですよね。国名なんでしたっけ」

「忘れた。でもあの子この間国名を『オタサー』に変えるとかむちゃくちゃ適当なこと言ってたよ」


 声を上げて笑ってしまった。先輩も笑った。画面には見慣れた(未だ顔と名前はあんまり一致しないけど)騎士も護衛でついていた。


「無限の金が欲しいなあ」


 小さく呟いて先輩は番組表を表示して、その後ううん、と唸った。


「再放送かー」


 一応、という手つきでチャンネルを合わせると去年のアニメが放送されていた。日常系。大人気だった。今でも本屋の店頭で原作が平積みされている。先輩はそれを見ながら難し気な顔をして、腹をぐう、と鳴らした。


「ラーメン食べに行かない?」

「この時間で空いてるところあります?」

「ちょっと歩くけど。これの放送までには帰って来られるよ」


 言いながら先輩はまた番組表を出して、次の次の次の枠で放送されるアニメにカーソルを合わせた。今期の先輩おすすめアダルトゲーム原作アニメ。追いかけてるけど確かに面白いし、最近はどうやって引っ張ってきたのかベテランの凄腕が演出を担当した回が挟まれて何だか意味不明な面白さになってきている。視聴途中で変な声が出た。やっぱりアニメ全部見てる人は目が違うんだなと思わされた。


「行きます」

「うっし」


 先輩は立ち上がって財布だけ持って立ち上がり、俺も先輩について外に出た。

 夜だった。


「そういえば先輩はなんで部室にいたんですか」

「家に帰るのめんどくさくて……」


 そんな理由があるか。


「それに今うちテレビぶっ壊れててさ。なんか電波の入り悪いから部室でリアタイ視聴しようと思って」

「ああ、あれめちゃくちゃ面白いですもんね」

「でしょ? 九話ほんと意味わかんないくらい面白くなかった?」

「見た後一時間くらい放心してましたね」

「わかる。私も涎垂らしながら見てたもん」


 涎は垂らしてないです。

 正門の横をすり抜けて横断歩道の赤信号で立ち止まって、煌々としたコンビニの灯を眺めながらアニメの話をしていたら、突然夜空からズゴゴゴゴゴと圧迫感のある重低音が響いてきた。


「お、スペースシャトル」

「騒音で苦情来ないんですかね」

「寝てりゃ気付かないでしょ」

「いや気付きますよ、どんだけ図太いんですか」

「まあね」


 別に褒めたわけではなかったけど、先輩は自慢げに胸を張った。夜空に浮かぶ白い旅客スペースシャトルは、薄暗い雲を残しながら遥か彼方へと旅立っていく。


「あれどこ行きですかね」

「天国でしょ」

「マジすか」

「お金を貯めて天国に行こうキャンペーン、実施中!」


 先輩は『おでん九十円キャンペーン』のコンビニノボリを見ながらそう言った。信号が赤から青の光に切り替わって、鳥の声が横断を促し始めた。ここの信号はやけに切り替わりが早く、渡っている間にもう点滅し始める。少し早足になって渡った。


「そういえば俺、火星に行く夢見ましたよ」

「へえー、いいじゃん。あっそうだ! これ自慢なんだけどね」


 そう言って先輩はこの間夢の中にお気に入りのアニメキャラクターが出てきたという話をとても嬉しそうにした。吐く息が白かった。


「いいでしょ」

「いいなあ」

「ふふーん。まあその後謎の宇宙人が家に押し入って来て光線銃で全身どろどろに溶かされたけどね」

「大丈夫ですか」

「ダメだよ」


 夜に会う先輩はいつもより幸せそうに見えたけど、やっぱり今日もダメでした。

 ちなみにラーメンは感動するほど美味しかったし、アニメは異常なほど面白くてふたりで奇声上げたり涙流したりしながら視聴しました。

 そんな感じで今日も終わる。

 終わりです。

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