第2話

 夢の話をします。



 公園にいた。昔小学生の頃の宿泊学習で来たところ。

 雨が降り出して、とりあえず中に入らなくちゃと思った。思ったので宿舎の方に歩いていくんだけど、羊小屋が続くばかりで全然宿舎が見当たらなかった。あと森。

 羊小屋の中には白い羊がたくさんいた。


「宿舎どっち?」


 と羊に聞くと、


「メエエー」


 と返されて、なぜかそれで羊じゃなくて山羊じゃんって思った。

 仕方ないから羊小屋に入って雨宿りをしようとしたんだけど、外から南京錠がかけられてて中に入れなかった。鍵ないかな、と思ってポケットを探ったら見つかって、やったと思って取り出したんだけど手が滑って排水溝に落ちていった。


 どこかに建物がないかな、と羊小屋沿いに歩き続けた。オリエンテーションに使う看板がたくさん立ってた。そのうちのひとつに近付いて内容を読んだ。『立ち入り禁止 十二月』と書かれていた。立ち入り禁止なんだなーって思いながらその先を歩き続けた。


 流し場があった。外にある、あのバーベキューした後に調理器具とか洗うところ。枯葉がコンクリの上にいっぱい転がってて、けど流しは水を流した直後みたいにタイルがきらきら光ってて、レモン色の石鹸が赤色の網で吊るされてた。そのうちいくつかは擦り切れてなくなってた。


 そこで雨宿りすることにした。雨が止むのを待っていた。肌寒くなって、ようやく自分が半袖を着ていることに気が付いた。鳥肌が立っていた。

 周囲にある銀色の鍋が妙に冷たく感じて、ちょっと気が引けたけど流し場の屋根の下から放り投げた。そうしたら鍋に雨が当たって、綺麗な音楽が鳴り始めた。メロディはもう覚えてないけどすごい綺麗な音楽で、今でもそれを覚えてたらすぐに録音して音楽会社に売り込みに行くレベル。


 それで嬉しくなって、雨が止まないかな、止まなくてもいいかな、と思いながらぐるぐるその場で回ってたら、流し場の後ろにすごいでかくてカラフルな滑り台があることに気が付いた。あの、晴れの日とかに滑ると容赦なく尻が燃えそうになるやつ。


 雨の日だからめちゃくちゃ滑って楽しそう、と思いながら流し場を出てその滑り台の乗り場を探して遡って行った。


 そうしたら途中でその滑り台は途切れていて、代わりに森に続く獣道を見つけた。雨が急に墨汁になり始めたから仕方なくその道を辿って行ったら、神社を見つけた。相変わらず墨汁が降ってた。


 鳥居の向こう、本殿との間に、一本の剣が突き刺さっていた。剥き出しの真っ黒の日本刀。その奥には女の子が立っていた。黒髪。可愛かった。好き。


「お前は選ばれし勇者だ。世界を救え」


 それよりやけに寒いのが気になった。


「お前は選ばれし勇者だ。世界を救え」


 女の子は剣を指さした。


「これはお前の剣だ。お前の剣なのだ」


 寒くなって、ポケットを探ったけど何も入ってなかった。墨汁で着ている服が真っ黒になっていることに気が付いた。それから女の子は懐から手紙を取り出して、


「これは勇者の証だ。お前は勇者なんだ。世界を救え。剣を振るって世界を救え」


 背中の方から、子供の遊ぶ声が聞こえてきた。みんなだった。みんなが公園と滑り台とバーベキューで遊んでいた。


「頼むよ」


 女の子は泣いた。墨汁みたいな黒い涙を流した。


「世界を救ってくれ。頼むよ」


 泣かないで、と言おうとして剥き出しの腕が真っ黒になっていることに気が付いた。鉄みたいに重くて、動けなくなった。女の子は泣いていた。俺も泣いていた。



 以上、今日の夢終わり。



*



「って、夢を見たんです」

「それは……性のメタファーだね……」


 三限が終わって部室に行ったら川染先輩しかいなかったので何となくこの間と似たような夢を見たという話をした。テレビ画面ではヒロインのサービスシーンが展開されてたけど、あまりにも強烈な光線が飛び交いすぎてて何らかの高尚な意味合いを持つ宗教的な映像を見ているような気もした。


「ていうか君ストレス溜まりすぎじゃない? 大丈夫? アニメ見る?」

「見てますけど……、このアニメヤバくないですか? メタファーどころじゃなくて性そのものですよ」

「性のイデアだよね……」


 最悪感想合戦だった。俺は購買で80円で在庫処分されてた甘ったるくてぬるい炭酸飲料を口にしながら、先輩と性的な地上波放送アニメーションを見ていた。


「性だ……」

「性だよ……」


 もう一度言うと、最悪だった。


「でもその夢アニメみたいでいいよね。かっこいいじゃん」

「確かにかっこいいですけど、起きたとき枕が涙で濡れてるんですよね」

「乙女かよ」


 あまりにもあんまりな雑ツッコミだなあと思った。けれど先輩はふと思い出したように言う。


「そういえば私もたまに自分の叫び声で起きることあるわ」

「そっちの方がヤバくないですか?」

「そらヤバいよ。人生は全部ヤバイ」


 先輩はもっともらしく頷いた。画面はガン見したままで。


「あっダメだ落ち込んできた私の人生はもうダメだ」

「ダメですか」

「君の人生もダメだぞ」

「マジすか」

「オタクの人生は全部ダメだ!」


 先輩は叫んだ。でかい主語だった。たぶん隣の文芸サークルまで聞こえただろうなと思った。先輩は机の上に突っ伏した。


「……オタクになったのいつ?」


 顔を上げないまま先輩が言った。


「……保育園?」


 保育園の頃特撮と朝アニメを見ていた。そのままずっと見続けていて段々深夜アニメまでアニメ視聴の幅が拡大した。シームレスな流れなのでいつと聞かれれば保育園になる。

 先輩はがばりと顔を上げた。眼鏡がちょっとずれてた。


「天然オタクじゃん」

「養殖オタクとかあるんですか」

「そらあるよ」


 あるのか。画面からエンディングテーマが流れ始めた。めちゃくちゃノリが良くてこの曲も好きだなあと思った。先輩はそれが終わると録画リストをスクロールしながらじーっと眺める。


「何見るかな。ていうか瀬長くんってどんなアニメ好きなの? ボミガ?」


 ボミガ、と言われて何のことだろ、と思ったけどボーイミーツガールの略かなと予想した。そんな略し方始めて聞いたけどメジャーなんだろうか。


「そうですね。好きですよボーイミーツガール」

「朝アニメに呪われた上にガールにミーツできなかった哀れなボーイよ……」


 憐れまれた。


「じゃあ先輩はどういうのが好きなんですか」

「基本はかっこいいやつかなあ。まあ全部見るけど」

「その全部見ることへのこだわりはなんなんですか」

「いやよくわからないけど最後まで見たら面白かったです理由は知りませんけどみたいなアニメも世の中にはあるんだよ」


 気持ちはわかると思った。確かに妙にしっくりくるアニメっていうのはたまにある。先輩はオリジナル異能バトル系アニメを再生し始めた。オープニングがカッコイイけど二話以降見ていない。


「はあー、人生はダメだダメー」


 先輩はものすごい溜息とともに辛気臭い発言をした。画面の向こうではカッコイイ登場人物たちがカッコイイ台詞をカッコイイ背景の中でカッコよく喋っていた。青春だった。カッコイイ。


「そういえば先輩三年ですよね。夏はインターンとか行ったんですか?」

「インターン、行ったーん? ……ふぶっ」


 突然狂ったように先輩が大声で笑い出した。俺は唖然としていた。先輩は首を反らして今にも椅子ごと後ろに倒れ込みそうなくらいに激しく笑い続ける。白い髪で意味深なことを言うイケメンが画面に登場する。それから先輩はひとしきり笑い終わって何食わぬ顔でアニメ視聴に戻った。


「まあ私は理系だからね。院進するからまだインターンとか行く必要はないんだけど。それはともかくとして私に就職関連のワードを聞かせるのはやめろ。というか将来について匂わせる事柄全般を。大変なことになるぞ」


 すでに小さく大変なことになったのを目撃したので素直に頷いた。


「そうだ! 未来などない!」


 アニメキャラの台詞に呼応するように先輩が暗い合いの手を入れた。なんかイキイキしていた。


「このアニメ見てるとさあ」

「はい」

「世界を救うな、やめろって気分にならない?」

「どんな気分ですかそれ」

「みんな死ね 社会はそんなに 甘くない みたいな」


 五八五。過激すぎる。なんだか急にこの先輩とふたりきりの空間にいるのはとてつもなく危険な気がしてきた。


「いや君もそんなドン引きみたいな顔してるけど心の底じゃ絶対思ってるよ」

「俺の何が知られてるんですか」


 こわいなあ。


「だって夢の中で君、『世界を救え』って言われてるのに拒否ってるじゃん。それはつまりね、滅びゆく腐った世界を肯定しているということだよ」


 きっぱり断定口調で言われるとそんな気がしてこなくもなくもなくも、


「私は毎晩寝る前に『二度と朝が来ませんように』って念入りに祈ってるよ」

「大丈夫ですか先輩」

「ダメだよ」


 なかったです。あんまりこの方向で掘り下げても良いことがなさそうだったので話題を変えることにした。


「そういえば今日は他の人たちどうしたんですか?」

「姫ご一行であの映画見に行ったけど」

「ああ、あの……」


 めちゃくちゃ売れてるらしいあのアニメ映画。テレビシリーズは見ていた。面白かった。俺もそのうち見に行こうかなと思ったけど、レンタルまで待とうかな。どうしよう。


「瀬長くんってなんで姫騎士にならないの?」

「姫騎士だと意味違くなりません?」


 というか、なんでと言われても困る。オタサーに所属する人間はみんな姫を取り巻かなくてはならないのだろうか。


「いや、ていうかあの子がサークルの中心だしさ……。君アニメ見てるだけじゃん」

「アニ研だしアニメ見てればよくないですか?」

「研究員としては別にそれでもいいけどさ、人間関係したりコミュニケーションしたり社交したりしないの?」

「いやあ……」


 適当に言葉を濁したら先輩はそれ以上追及してこなかった。

 正直言うと現実の人の顔の識別がよくできないっていうか、サークルメンバーの顔と名前があんまり一致してないっていうか、姫の本名すら知らないっていうかまあそんな感じの事情からいまいち社交できてないんだけど、正直言いたくないので誤魔化した。アニメを見ていた。主人公が負けて来週に続いた。 


「そういえば先輩」


 ふと気になったので聞いてみることにした。


「山羊ってどう鳴くんですか?」

「ゴォオオオオオオオオオオオオオオオト」


 先輩の迫真大嘘鳴き真似が面白かった。

 そんな感じで今日も終わる。

 終わりです。

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