手紙と剣と

quiet

第1話

 夢の話をします。



 大学にいた。

 なんかボーっとする春の午後で、わけもなく寂しくなって胸が苦しくなったから家に帰ることにした。

 食堂に寄って昼飯だけ済ませて帰ろうかと思ったら緑と白のまだらなソフトクリームの置物が階段を塞いでいて入れなかった。じっと置物を見つめていたら食欲が失せてきたけどそれはともかく食事を決まった時間に取らないと人間はダメになるので、大学構内のコンビニでアイスを買って近くのベンチで座って食べた。抹茶アイスは置いてなかった。ミントはあった。歯磨き粉の味がした。それは棒アイスで、食べ終わると棒が歯ブラシになった。近くのゴミ箱に捨てた。


 それからてくてく歩いて駅まで行った。車道を挟んだ向こう側に侍が歩いていた。駅のエスカレーターがでかくて銀色で何だかSFっぽかった。ポケットを叩いたら定期券を持ってないことに気が付いたけど、改札を通らないままにホームに着いた。


 誰もいない電車が音もなくやってきて、乗り込んだ瞬間に電車は動き出した。扉が閉まってなかったので、危ないなあと思いながらシートに座った。赤いシートだった。

 がたんごとんと電車は動く。地下鉄だからいつも通りずっと外は暗くて、電車の照明が点滅していた。古い蛍光灯の音がしていて、「あーヤバいなあ」って思ってた。何がヤバかったのか知らないけど。


 全然電車は駅に着かなかった。でも途中で乗客が何人か飛び乗ってきた。みんなサラリーマン忍者だった。

 それから急に電車の外が青くてめちゃくちゃ綺麗な海になった。海。砂浜。人はいなかった。地下なのに太陽が出てた。ここは人工地下都市だった。


 本当は五駅くらい間に挟むけど、ノンストップで自宅最寄り駅に着いた。でも電車はそこでも止まらなかったのでドアから俺も跳んだ。意外と何とかなった。


 駅から出ると、すぐに自宅のアパートの部屋だった。やっぱり駅と自宅が繋がってる構造は便利だなーって思った。

 実際と同じ1Kの部屋で、やたら陽射しが良かった。すげえ良くてちょっと泣いてた。


 部屋には白と金のカラーリングの剣が置いてあった。すごい綺麗だった。日光できらきら輝いてた。

 触らないでベッドの上に座った。それから窓の外を見て寂しい気持ちを抱えてたら、机の上に手紙が置いてあるのに気が付いた。


 手紙と剣だなーって特に何を考えるでもなく悲しい気持ちになってたら、いきなりキッチンの方から女の子が入ってきた。金髪。可愛かった。好き。


「あなたは選ばれし勇者なんです。世界を救ってください」


 って、そう言われて、でもなんか身体がだるいから眠りたいと思った。


「あなたは選ばれし勇者なんです。世界を救ってください」


 女の子は剣を指さした。


「あれはあなたの剣なんです。あなたの剣なんですよ」


 そうなんだ、って言いながら涙が出た。女の子は手紙を指さした。


「あれは勇者の証なんですよ。あなたは勇者なんですよ。世界を救ってください。剣を振るって世界を救ってください」


 ぼんやりしながら泣いてたら、外から子供の楽しそうな声が聞こえてきた。プール開きの日だった。


「ほら見てください」


 女の子は手紙を取って開いて俺に見せつけた。


「ほら」


 それは中学のアルバムに書いた将来の夢だった。目の前に見せつけられた。瀬長せなが真介しんすけ、俺の署名とともに『世界征服』って書いてあった。勇者じゃなくて魔王じゃんって思った。



 以上、今日の夢終わり。



*



「……あれ、川染かわぞめ先輩だけですか」

「んー」


 アニ研(アニメ研究会)の部室に入ると、小汚い部屋にひとりしかいなかった。昼休みの時間帯だからもう少しいるかと思ったのに。生協で買った四百十円の弁当と九十円の紙パックジュースを手に対面に座った。


「何見てんですか」

「なんだっけこれ。あれ、あの、あれだよあれ、あれあれ」

「お婆ちゃんですか」

「お婆ちゃん今日まだ起きてから何も食べてないからね、仕方ないよ」


 先輩はひとりでアニメを見ていた。アニ研の部室には地上波放送中のすべてのアニメが録画してあって、極めて便利な空間になっている。

 紙パックを開けてストローを吸いながら画面をボーっと眺めてたら、ラノベ原作アニメだろうなとわかった。俺もタイトルを思い出せなかった。ヒロインが三人出てきて一瞬で全裸になった。


「あっ、全裸だ!」


 川染先輩が急にテンションを上げてグッとガッツポーズを取った。あんまり元気あるとは言い難いモーションだった。


「全裸ですね」

「全裸だよ……」


 先輩はしみじみと呟いた。ジュースに「よく振ってから」の但し書きを見つけてテンションが下がった。


「他の人たちどうしたんですか」

「姫と外に食べに行った」

「ああ……」


 姫。別に川染先輩が陰でそう呼んでるわけじゃなくて、そういうあだ名だ。サークル内の内輪ネタ。いやーこれはオタサーの姫ですわー、みたいな。実態も伴ってる、まで言うと陰口になります。アニメのエンディング曲が流れ始めた。良い曲だしオシャレな感じの映像だしこのアニメは見ようと思った。


「今期何見てますか」

「全部」

「何が面白いですか」

「ええ……?」


 先輩は眼鏡の奥で眉根を寄せて考え込む。エンディングが終わって次回予告(やたら可愛い)が終わって、先輩は録画リストを表示して考え込んだ。


「強いて言うなら……、これ?」


 かなり自信なさげに示したそれは、アダルトゲーム原作アニメ。アニメ全部見てるのに強いて言わないと面白いアニメを選べないのだろうか。


「へえー。どんな感じですか?」

「めっちゃ落ち着くよ」

「ははあ」

「あと死にたくなる」

「両立しますかそれ」

「理性は常に死を志向するんだよ」


 また適当なこと言ってるなあと思った。


 大学に入って一年目の秋、十一月。アニメ全部見れるし部室使い放題だよとの言葉に誘われるがままに入ったアニ研。ぶっちゃけ部室をアニメ部屋、食事部屋にしか利用してないから、サークルメンバーと仲が良いか、と言われたら堂々と頷けはしない。

 ただ川染先輩はアニメ全部見てるだけあって部室にいる時間が長いので、それなりに喋る方だと思う。大概適当な人だなあと思うけど、見たいアニメがあると言うと視聴済みでも録画再生してくれるのでかなり良い人だと思ってる。申し訳なくなるからできるだけやらない。


「私の人生も終わりだよ……。終わり終わり!」


 ものすごい溜息をついた。ものすごい溜息は川染先輩の特技だ。隣の部室に陣取る文芸サークルの人からこの間、「アニ研にいつもすごい落ち込んでる人いない?」と聞かれたくらいだ。頷くしかなかった。


 俺はもそもそと弁当を食べ進めた。カツがべしょべしょだった。べしょべしょのカツが好きだ。先輩は別のアニメを流し始めた。開幕10秒で上半身裸の男の子が出てきた。俺はガッツポーズを取った。


「裸体だ」

「裸体だねえ」


 乙女ゲー原作アニメだった。やたら薄暗い画面づくりで、演出が好みだなあと思った。


「先輩乙女ゲーやらないんですか?」

「ゲームする体力がない……」

「かわいそう」


 かっこいいオープニング曲が流れ始めた。イケメンが雨に濡れたり世界が壊れたりした。


「世界滅びないかな」


 先輩の暗黒っぽい合いの手でふと思い出した。


「そういえば今日変な夢見たんですけど」

「マジで? それ性のメタファーだよ」

「マジすか」


 イケメンがキラキラするのを見ながら、ぽつぽつと今日の夢の話を川染先輩にした。


「それはね、性のメタファーだよ……。塞がれた階段も棒アイスも電車も扉も海も剣も女の子もすべて性のメタファーだよ……」


 先輩はしみじみとそう言った。そう言われると性のメタファーなのかもしれないと思えてきた。思えてたまるか。


「ていうかよくそんなに覚えてるね。夢日記とかつけるタイプ?」

「いや全然。でも前から夢はよく覚えてるタイプですね」

「へえー、いいなあ。私は全然夢見ないんだよね」


 弁当を食べ終えた。昼休みは半分を過ぎていたけど、今日は午後は講義がないのでこのまま適当に居座ろうと思った。


「人の夢ほどつまらないものはないとか言うけど、人の夢聞くのって普通に面白いよね。私も面白い夢見たいわ」


 そして現実から逃避したい、と先輩は付け足した。


「先輩が今まで見た中で一番面白かった夢ってどんなですか」

「しょうらいのゆめは、およめさんになることです!」

「そういう悲しいのじゃなくて」

「あっキスした!」


 また先輩のテンションが上がって、画面を見たらイケメンが主人公の女の子にキスしていた。俺のテンションもちょっとだけ上がった。


「今まで見た夢とか全然覚えてないなー。それより気になるんだけどさ」

「なんすか」

「実際将来の夢、世界征服だったの?」


 はあ、と頷くと、先輩はわかるーと雑な相槌を打った。


「あの頃はよかったなあ。万能感みたいなのがあってさ。何にでもなれる気がしてさあ」

「何になりましたか?」

「オタクです……」


 先輩はあわれっぽく俯いた。アニメのアイキャッチが入った。Bパートが始まった。


「人生、どうしようもないなあ」

「どうしようもないっすね」


 俺たちは頷き合って画面のイケメンを見ていた。人生がどうしようもなくてもアニメキャラクターはイケメンだった。と、そこで。


「たっだいまー! あれえ、瀬長くん来てたんだ!」


 姫ご一行が帰ってきた。陽のオーラ到来。ども、と目礼を返すと、姫は川染先輩の背中に抱き付く。川染先輩は画面のイケメンから目を逸らさない。


「沙月ちゃん何見てるの?」

「……なんだっけ?」


 川染先輩が視線を向けてくるけど、俺もタイトルは覚えてない。首を傾げながら、


「……イケメン」

「……イケメンが、キスする」

「へえー、イケメンがキスするんだ!」


 知性の敗北みたいな会話だった。姫が初めから見たいと言って視聴が中断されて、一話から再生され始める。他の人たちもガタガタと椅子を引いて視聴体勢に入る。

 声優の名前だとか壁ドンだとか色々他の人たちが言い合うのを聞きながら、俺も画面を見ていた。みんな午後休なんだろうか。



 アニメ見てると落ち着くなあと思った。

 今日の晩飯何にしようかなあと思った。

 窓の外はまだまだ明るく昼だった。

 明日は一限からあるのを思い出した。

 そんな感じで今日も終わる。

 終わりです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る