第13話
第十二章
1
国吉の尋問が進み、次第にテロ組織の全貌が明らかになっていった。組織のアジトが次々にFBIの手入れを受け、組織はほぼ壊滅状態になった。一方で組織幹部の裁判が行われ、これまでのテロ工作の実態解明が進んだ。国吉はFBIの証人保護プログラムに入り、テロ工作について証言を続けた。シュンタローもFBI側の証人として厳重な警戒のもとで国吉に対する証言を行い、国吉の審理も進んで行った。
組織の工作の中でマスコミの耳目を集めたのは、拉致した人間をマインド・コントロールし、自由自在に操る「人間改造プログラム」だった。拉致された人間は、通称プリズンと呼ばれる組織の牢獄に繋がれ、頭の中に特殊なICチップを埋め込まれてマインド・コントロールを受けられるように「改造」され、自爆テロなど危険な工作の要員として訓練されていた。
シュンタローは国吉の公判で、同じく証人として呼ばれたケンジと久しぶりに出会った。
「そうですか。小暮さんは今FBIの保護を受けられているんですか。それは大変ですね」
「まさかニューヨークに来てこんなことになるとは思ってもみなかった」
「いや、わたしも裁判の証人として出廷するようなことになるなんて、まさか思いませんでした。国吉はテロリストだったんですね。道理で銃を持っていたはずだ。携帯で話していたボムというのは、やはり爆弾だったんですね」
ケンジは興奮を隠さずに言った。
「店にはFBIのエージェントが行ったでしょ?」
「ええ、FBIのIDバッジを見せられた時は、心臓が止まるくらい驚きましたよ。一体何事かと思ってね。わたし、小暮さんが店で国吉について訊かれた時、言い忘れていたことがあるんです」
ケンジの話はこうだった。
「国吉が九月の初め店に来た時、カウンターに忘れ物をして行ったんです。ちょうど国吉に携帯電話がかかった時、ポケットから取り出して、カウンターの上に置いた電子手帳です。電話を切って直ぐに、例の留学生の団塊批判が国吉の耳に入った。それで国吉は怒り狂い、席を立ち留学生のところに行った。そして、そのまま手帳を忘れたまま出て行ったんです。わたしも止めに入ったり、金を払ってもらおうとしたり必死だったので、手帳には気付きませんでした。店の中に戻り、初めて忘れ物に気付いたんです。ああ、厄介なことになったな、と思いました。きっと取りに来るだろうし、またあの男と顔を合わさなきゃならない。そう思いながら電子手帳をとりあえず仕舞い込んでおこうとした。すると手帳のケースの内側に何か白いものが貼り付けてあるのに気付いたんです。何かと見ると、落とした場合の連絡先でした。日本語と英語で書かれ、その連絡先が殺された日本人会の北村さんになっていたので驚きました」
「ほう、北村さんね。マスターは、北村さんご存知でしたか?」
シュンタローが訊ねた。
「ええ、わたし北村さんには日本人会で昔から世話になっていました。店にも時々来てくれましたし、客でもあったんです。まだお若いのに、気の毒でしたね。犯人はまだ見つからないんでしょ?」
「そうですね」
「ひょっとしたら、あの国吉が北村さんを殺したのでは・・・・・・」
「それはわかりませんよ」
「いやついそう思ってしまいまして、申し訳ない。小暮さんのお友達なのに」
「いや、友達ではないけど」
シュンタローはとりあえず否定した。
「それでマスター、北村さんに電話したの?」
「連絡先が北村さんだったので、とりあえずほっとしましたよ。翌日連絡しました。そしたら、北村さんが夜取りに来られました。あの国吉という男と北村さんが一体どういう関係なのか不思議だったんですが、人のプライバシーのことでしたので、敢えて尋ねなかったのです」
シュンタローは日本人会会長の水原の話を思い出していた。北村は九月十日から無断欠勤していた。そして行方がわからないまま殺された。
メモ帳を取り出し、九月のページを開けた。
国吉が、舞で手帳を忘れたのが九月八日の夜。ケンジが、北村に連絡したのが翌日九日。北村が、手帳を取りに来たのが同じ九日の夜。そして十日には無断欠勤か。九日の夜、北村の身に何かが起こったんだ。一体何が。
「ところでマスター、ユキオ君は元気にしてるの?」
「元気ですよ。ああ、そうでした。ユキオが小暮さんの窮地を救ったんでしたね。あの気の弱いユキオがテロリストを相手によくそんな事をしたなあと驚きましたよ」
「元気で良かった。ユキオ君が護身用に銃を持ち歩いていた上に、偶々俺がテロリストの車に乗せられていたのを目撃して後をつけてくれたのが幸いした。もし彼が居なければ、俺は今頃殺されていたかも知れない」
「ユキオの銃の腕は結構確かなものらしいですよ。何しろ元ニューヨーク市警の警官に直々に習っていますから。その人は今探偵事務所に勤めているそうです」
「探偵事務所? ひょっとしてその人の名前はシスコさんというんじゃない?」
「あれ、小暮さんご存知でしたか」
「知るも知らないも、俺にFBIの保護を依頼してくれた人だ。偶々北村さんのお父さんの知り合いでもある。ということは、俺は事実上二度もシスコさんに救われたことになるな」
「シスコさん仕込みのユキオの銃。それに?」
「スカースデールで組織の拉致に遭いかけたんだよ。その時シスコさんと北村さんのお父さんに助けてもらった」
「へえ、二度もテロ組織に襲われかけたんですか」
「もうぐったり疲れてしまい、シスコさんにすがってFBIの世話になっている」
「北村さんのお父さんも救出に?」
「京都府警の元警官なんだ」
「へえ、お父さんは警官だったんですか。息子を犯罪で失うなんて、さぞ悔しいでしょうね」
「そうだな。お気の毒だ。それから、ユキオ君に会ったら、是非宜しく伝えてくれ。俺は元気だと」
「わかりました」
シュンタローはケンジと別れ、FBIの警備員に伴われてハウス行きの車に乗り込んだ。
2
シュンタローは再度国吉に会いたいとFBIに申し出た。北村の件を国吉本人の口から訊いてみたいと思ったからだ。この間会った時、北村の名前を出しただけで急に怒り出した国吉の態度が気になっていたのだ。国吉本人に対してはベッド・サイドでの臨床尋問が再開されていたので、それが終わり次第会う許可が出た。
その日が来て、シュンタローはFBIの警備員に守られながら、病院に国吉を訪ねた。相変わらず、病院の警備は厳重だった。
「どうだ、国吉。傷の具合は?」
「うん。少しずつましになっている感じだ」
国吉は真新しい包帯の上から胸をさすりながら言った。
「今日来たのは他でもない、北村さんのことだ」
国吉は露骨に嫌な顔を見せた。
「この間、お前の公判で舞のマスターに会った。お前の忘れ物の話が出た」
国吉の顔色が変わった。
「その顔では、北村さんの失踪の真実を知っているな」
シュンタローは国吉の眼を見つめた。国吉はバツの悪そうな表情だったが、これ以上隠しても仕方がないと諦めたのか、ようやく重い口を開いた。
「あの夜俺は娘のことをお前に頼み、ほっとしていたせいか急に外で酒が飲みたくなった。それも日系のスナックがその時の気分に合いそうな感じがしていた。偶々その舞とかいうスナックの看板が車の中から目に留まった。俺はボディガードに外で見張りをさせておいて、ひとり舞に入って行った。学生風の若い日本人が二人カウンターに座っていた。俺は濃いウィスキーの杯を重ねながら、マスターの男を聞き役に、散々過激派のリーダーとして帝国主義の手先と化した大学の封鎖に関わったことや、機動隊粉砕の話をしていた。酔いが回るほどにその話は熱気を帯びて行ったような気がする。その時、この前殺されたヒラムから電話が入った。ヒラムと翌日緊急に会う必要が出来たので、予定を電子手帳に暗号で書き込もうと、要点をメモしていた。電話が終わり、携帯を胸ポケットに仕舞い込もうとした時、あの留学生のバカどもの会話が耳に飛び込んで来た」
(お前、団塊の世代って知っているか?)
(ああ、出来もしない革命ごっこをしながら、ガキのように大学を封鎖して、きゃあきゃあ叫び回っていた世代のことだろう? バカじゃないの、あいつら)
(挙句の果てには殺し合いをして国家権力に付け入られて降参しやがった)
(そんなことをしでかしながら、変なプライドだけはやたらに高い。マスコミに団塊などと言われて、喜んでいやがる。日本社会を堕落させたのはあいつらだ)
「それは俺に対する当て擦りのように聞こえた。あのバカどもは、きっと俺の話に聞き耳を立てていたに違いない。俺は無性に腹が立った。殲滅(せんめつ)してやる! 俺は爆発した。それに完全に気を取られ、カウンターに電子手帳を置き忘れてしまったのさ」
「置き忘れた場合に備えて北村さんの連絡先が貼り付けてあったそうじゃないか」
「あれは大切な手帳だった。しかし、もし万一落とした場合には俺の身元を直接知られないために、北村の名前を使っていたということだ」
「北村さんはお前に細かいことまで使いまくられていたんだな」
「俺は店を出て、車でアジトに向かっていた。胸ポケットに手を入れた時、電子手帳を忘れたことに気付いた。急いで取りに戻ったが、店は既に閉まっていた。ドアをこじ開けて入ろうとも思ったが、簡単に開くようなドアではなかった。仕方なく、その夜はアジトに戻り、翌日北村に事情を話し、夜に店へ取りに行ってもらうことになった。俺はヒラムとの重要な打ち合わせがあったから、北村に行ってもらったんだ。そのままあいつは失踪した。そして死体が海に浮かんだ」
「北村さんはマスターから手帳を受け取り、店を出たという。翌日十日からは日本人会を無断欠勤している。九日夜何かが起こったんだ。会長の水原さんによると、北村さんは長年日本人会に勤めていたが、無断欠勤はそれまで一度もなかったらしい。それで驚いて、警察に届けたんだ」
「最近北村はしきりに日本に帰りたがっていた。年老いたであろう両親のことが気になっているようだった。望郷の念というやつだろう。俺が手帳を忘れさえしなければ、そして北村に取りに行かせなければ、こんなことにはならなかったんじゃないかと何度悔やんだことか」
「お前は殺ってないんだな?」
「何故俺が北村を殺さなくちゃならないんだ!」
国吉が怒鳴った。入り口を見ると、張り番の警官が銃を構えて病室の中を窺っていた。
「すまん、余計なことを言ってしまったな」
シュンタローが言った。
「国吉。では北村さんは誰に何のために殺されたと思う? シスコさんという探偵事務所の人間は、北村さんの殺し方は何かの見せしめのような感じがすると言っていたが」
「俺と北村との関係は、組織は知らないはずだ。俺からは一度も北村のことを話したことはない。北村は最初から俺が日本人会に植え付けた情報細胞だったから、あいつはずっと俺だけのために働いて来た。組織とは関係ないんだ」
「北村さんの遺体には拷問の跡が無数にあったらしい。ということは何者かが北村さんに何かを吐かせようとしたと思われる。一体何を吐かせようとしたのだろう」
「俺の居場所か? だけど、北村は俺のアジトも知らないし、所在を知るはずもない。連絡は必ず俺からするし、俺の居場所は北村にも一切話さなかった」
「じゃあ、どういうことなんだろう」
「わからない。殺しの手口は荒っぽいし、確かに小暮が言ったように、何かの見せしめと考えるのが妥当だろう。普通の場合、死体は見つからないように始末するはずだ」
「遺体から北村さんの日本人会のIDカードが出て来たのも、見せしめ説を裏付けている」
「それ以外の所持品はどうだったんだ? お前何かフェッドから聞いているか?」
「シスコさんからは、金目の物はそのままだったと聞いた。単なる物盗りとは到底考えられない。ただ、お前の電子手帳は遺体からは発見されなかった。抜き取られた可能性があるな」
「組織の手に入るとまずい。情報は全て暗号で入力しているから直ぐにはわからないだろうが、組織には暗号解読の専門家もいるからな。ま、いずれにしても今後の俺には手帳そのものは必要ない。ヒラムも死んだから、俺の中で革命は終わった」
「組織はお前の証言で最早壊滅状態らしいぞ」
「マインド・コントロールを施された連中はどうなったのか知っているか?」
「小耳に挟んだところによれば、FBIの中に専従捜査班が組織されたらしい。一体何人ほどがチップを埋め込まれたのかを知るには相当時間がかかるだろう。プリズンの中に閉じ込められている人間なら特定は時間の問題だろうが、既にプリズンを離れて泳がされている人間となれば、見当がつかない。マインド・コントロールの中枢指令系の全容はまだフェッドが掴んでいないそうだから、そんな人間が残党の手で自爆テロなどに使われる危険はまだ残っているそうだ」
「それは厄介な問題だな」
国吉が腕を組んだ。
その時、病院の玄関の方で大きな爆発音が轟いた。病室の前が騒然となった。
「ちょっと見てくる」
シュンタローが病室を出て行った。病院の前では爆発の衝撃でガラスが吹っ飛び、植え込みが炎に包まれて燃え盛っていた。煙がもうもうと立ち込める中で、担架で運ばれる血だらけの警官の姿があった。
「一体どうしたんですか?」
シュンタローは近くに待機している救急隊員に訊ねた。
「不審な男が玄関から中に入ろうとして、張り番の警官が職務質問しようとしたら、突然その男の体が爆発したらしい」
「体が爆発?」
マインド・コントロールされた人間だ。国吉を狙ったに違いない。シュンタローは咄嗟にそう思った。国吉は大丈夫か?
シュンタローは病室に走った。見ると、病室前にいた警官が倒れていた。背中にボーイ・ナイフが突き刺さり、血が噴出していた。
「国吉!」
シュンタローが部屋に入ろうとすると、見知らぬ男がシュンタローを振り返った。目が窪み、禿げ上がった頭に長くて細い毛がわずかに残っている。一瞬骸骨を連想させるような不気味な顔だった。
「小暮、その男に近寄るな!」
壁際で国吉が胸の包帯を押さえながら叫んだ。シュンタローは思いっきり部屋の外にジャンプし、床に伏せた。男はじりじりと国吉に近付いて行った。国吉は隙をとらえて、素早く男のそばをすり抜け、部屋の外に飛び出した。その瞬間、爆弾が炸裂した。骸骨男は粉々に砕け散り、病室は跡形もなく吹っ飛んでいた。国吉はうつ伏せになって床に倒れていた。
「国吉、大丈夫か!」
シュンタローは煙の中をハンカチで口を塞ぎながら、国吉の体を片手で思いっきり引っ張った。国吉が立ち上がり、シュンタローと一緒に正面玄関の方に走った。玄関ロビーで二人はFBIの警備陣に取り囲まれ、護送車へと案内された。警備陣は辺りに向かい、拳銃を構えていた。護送車の中で、国吉とシュンタローは救急隊員の応急手当を受けた。シュンタローは足の打撲と軽い一酸化炭素中毒症状に罹っていた。少し吐き気がしていた。国吉は腕を打撲し、飛び散ったガラス片が刺さり、数箇所から出血していた。護送車は猛スピードで現場を離れて行った。
「マインド・コントロールの改造人間だ。噂をすれば、だな」
シュンタローが苦しそうに息をしながら体を動かした。
「動いちゃだめ!」
看護師が、毛布をシュンタローに掛けながら睨んだ。護送車はハウスに向かっていた。
3
重要な証人が入院する病院の警備体制が槍玉にあげられた。FBIは張り番に当たっていたニューヨーク市警の責任を追及し、今後はハウス内の医療施設で国吉の医療と管理を行うと宣言した。病院側は破壊された部屋と医療器具などの損害賠償請求を捜査機関に対し行うと発表した。マスコミは事件を大きく報じ、証人に対する当局の警備の甘さを追及していた。
久子はFBIに守られながら、明子と共にハウスに国吉を訪ねた。
「心配したわ。もうこんなことこりごりよ」
アイマスクをはずした久子が、ベッド・サイドで国吉の顔を覗き込んでいた。明子は黙って久子に寄り添っていた。
「また包帯が増えたぞ」
国吉は顔を歪めながらジョークを飛ばした。
「小暮が隣の部屋に居る。折角だから会っていったらどうだ?」
国吉が久子の反応を窺った。
「何言っているのよ。会うことはないわ」
久子はきっぱりと言い、明子を促して病室を出て行った。
シュンタローは中毒症状が極軽いことがわかり、一安心はしたが、大事をとり病室で引き続き治療を受けることになった。
三日後、フェッドの担当官が事件について国吉とシュンタローに説明する機会が持たれた。今回の警備の不手際は全て市警側の責任だということを強調した上で、担当官は話した。
「二人のマインド・コントロールされた改造人間のうち一人が、まず正面玄関の両側で張り番をしていた警官に接近し、自爆テロを行いました。傍らに身を隠していたもう一人が、その混乱に紛れて中央突破し、爆発の混乱に気を取られていた病室前の警官を刺し、病室に侵入したものです。侵入した男のマインド・コントロールも偶々完全に機能していた訳ではなかったようで、本来の人間の良心が微妙に働いたため、爆弾を炸裂させるタイミングがずれ、二人とも命拾いされたと思われます。ただ市警の要員が二人亡くなり、一人は重傷を負っています。我が方は幸い無事でした」
シュンタローは自分らを守っていた警官が亡くなったことで心の痛みを感じていた。彼らにも家庭があるだろうに。
「組織の根絶は不可能なんでしょうか?」
シュンタローが担当官の顔色を窺った。
「幹部は全て逮捕されています。残りは若干のハネ上がりの連中と改造人間だけです。改造人間を動かしている人物さえ捕らえれば、一件落着なんですがね。果たしてどれ位かかるか・・・・・・」
担当官は説明を終え、出て行った。
「いつまでこんな状態が続くんだろう」
シュンタローが国吉にイライラした表情を見せた。
「お前がリサに目をつけられたのも、スーパー・レーザー兵器の生産可能な半導体のデータをいつまでも持っているからだ。それを当局に渡したことがわかれば、他の組織もお前から手を引くだろう」
国吉がヒントを与えるように言った。
「別の組織にも狙われるだろうか?」
「情報はどこで洩れているかわからない。ものがものだけに、一旦目をつけられたら、同じ事になるぞ」
「たとえフロッピィ・ディスクを当局に渡したとしても、その証明はどうすりゃいいんだ」
「マスコミを利用して記事を書かせるのさ」
「記事を? 一体どんな」
「お前が当局の手に全てのデータを手渡したことを公表すればよい。データがないお前なんて組織からすれば全く意味がないからな。ただ、スーパー・レーザー兵器の話になってしまうと、お前の立場が悪くなる恐れがある。前に勤めていた商社から訴えられる恐れも出て来る。違法な開発を進めていたと世間に誤解されれば、商社の社長ら幹部の首が飛ぶ。だからあくまで最新コンピュータのデータとして、それを当局に返上したという形にするんだ」
「なるほど。担当官に相談してみるよ」
「それがいい。抜け穴にも詳しいからな。フェッドの連中は」
シュンタローは早速担当官に会い、事の顛末を話して協力を求めた。
「コグレさんが今後テロ組織に狙われないような形で新聞やテレビに報道してもらいましょう。人ひとりの命を救うためだ。マスコミにも協力する義務はあると思いますよ。勿論そのフロッピィはFBIが証拠物件として預かりますが、それでよろしいですね?」
「結構です」
「そのフロッピィは今何処にありますか?」
「わたしのバッグに入っています」
シュンタローは担当官と部屋に戻り、バッグの底にあるジッパー付きの隠しポケットからフロッピィを取り出し、担当官に手渡した。
「念のため専門家に内容を鑑定してもらった上で、マスコミ対策を考えましょう。それまで時間を下さい」
「どうぞよろしく」
シュンタローはやっと肩の荷が下りそうな気がした。
マスコミの記事になれば、商社には俺がデータのコピーを持ち出したことがばれてしまうが、元々俺はそれで一山当ててやろうと思ってした訳じゃない。俺が命を賭けて開発に取り組んで来たことの俺自身に対する証であり、記念の品だ。しかも既に社は辞めている。たとえ社から職業上知り得た秘密を持ち出したといったモラルの面を追及されても、組織からそのために命を狙われているとなれば、捜査当局の意向に従ってデータをその証拠物件として提出し、結果的に世間にその事実が知られても、それ以上文句を言われる筋合いはなかろう。
シュンタローはFBIの対応を待った。
四日後、担当官がシュンタローの部屋を訪れた。
「会見内容の骨格が決まりました。まずコグレさんの顔写真や名前は一切出しません。出した方が効果はありますが、組織によってはマスコミを利用した我々FBIのディスインフォメーション(敵を欺くニセ情報)と冷ややかに見る場合もあり、逆に組織に狙われる可能性を植え付けるとまずいですから、正体は明かさない方がいいという判断をしました。一方でコグレさんのケースはスパイ組織の業界で結構知れ渡っているという情報がもたらされていますので、名前を出さなくても絶大な効果があるはずだと我々は踏んでいます。さてストーリーですが、最新コンピュータの開発データを奪おうとする組織に命を狙われたため、FBIの保護下にある日本人が組織犯罪解明に協力しようと、開発データをそっくりFBIに提供したという形にします。これで如何ですか」
まるでフェッドの大PRだとシュンタローは感じたが、特に異論はなかった。これで組織のターゲットになる恐れがなくなれば、目的が達成されたことになる。
シュンタローは担当官と固い握手を交わした。
会見は翌日行われ、新聞各紙やネット・ワークテレビが一斉にニュースを伝えた。商社にも早速ニュースが伝わった。プロジェクト関係者にはその日本人がシュンタローであり、社の機密事項のデータを退職後も個人的に持っていたことがわかったが、シュンタローが既に退職していること。また当局から違法性を追及される内容の報道ではなく、その事実が明らかになっても社に実害が及ぶ恐れがないこと。更には今回の報道が人道上個人の生命に危険が及ぶことに対する緊急避難的な措置と認めざるを得ないなどの理由で、改めて社としてシュンタローの責任を追及することもないとの判断から、社内的に決着をみた。
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