第7話
第六章
1
シュンタローは翌日の夜、再び舞に足を運んだ。
一ヶ月以上も経つのに国吉からは何の連絡もない。娘は無事助かったのだろうか。助かったとすれば、リサのお陰だ。でも、そのリサは、もういない。国吉は自分の娘をリサに助けてもらいながら、リサを俺から奪ったのではないのか。俺はまたあいつに女を奪われてしまったのだろうか。理不尽さがシュンタローの胸に渦巻いていた。
店に入ると、一度出会ったフリーターの青年が女友達とカウンターで酒を飲みながら話していた。
「やあ、久しぶりですね。もう来ないのかと思ってましたよ」
シュンタローはマスターと店の女の子に挨拶して、青年の隣に座った。
「この前初めて会った時、確かお互いに名前を名乗らなかったね。小暮俊太郎です」
「ぼくはユキオ。大友由紀夫です。よろしく」
シュンタローはユキオの女友達の方を見た。
「君は確かこの前、カウンターの中に居たよね。俺に酒を注いでくれたよ」
「わたし今日は非番だからユキオと飲みに来たんです。ナオミです」
「ナオミさんか、いい名前だ」
「有難うございます。じゃあ、わたしマスターとちょっと話があるから失礼」
ナオミがユキオに声を掛け、マスターと席をはずした。
女の子が注文をとり、用意を始めた。
「ユキオ君、君は確かフリーランスだったな」
「そうです。Gターミナルの近くの本屋でバイトしてます」
「そうか。ペイ(給料)はいいのか?」
「ええ、前のところに比べるといいですね」
「前はどんな仕事?」
「駐車場のアシスタントです」
「ふうん。君は何故ニューヨークに来たの?」
「無気力な日本社会が嫌になったんです」
「具体的にどんな点?」
「国民の無気力さにつけ込んで、政府と首相は勝手なことばかりやっている。ペンタゴンを真似して防衛の情報網を拡大しようと画策しているらしいですね。首相は通信傍受の世界ネットワークに加わりたいと、機会を狙っているらしい。例のエシュロンという巨大傍受システムですよ。オキナワとミサワにあるんでしょ。「象の檻(おり)」というニックネームのついた奴。そんな危険なシステムに日本が本格的に組み込まれたら一体どうなるのか。新聞も週刊誌も、日本のマスコミはちっともそういう報道をしない。何のために彼らは存在しているんでしょうね。国民の知る権利にちっとも貢献していない」
「君は何処でそういう情報を手に入れるの?」
「インターネットです。日本のマスコミが、「ウラがとれない」とかいう理由で全く載せない情報が今ネットにどんどん流れているんですよ。情報を判断するのはぼくらです。新聞じゃない。新聞が情報を隠して、何が真実か判断するための情報を載せないなら、ぼくらは益々ネットしか信じなくなりますよ」
「成る程。そういうことか」
「この前はWTCの陰謀説がどんどん流れていたし・・・・・・」
WTCと聞いて、シュンタローは耳を押さえたくなったが、陰謀という言葉に惹かれ、とりあえずその内容を聞いてみた。
「WTCに突っ込んだのは、今までアメリカンとユナイテッドの民間航空機と言われていましたけど、実は窓が一切ない、異様な外形をしたボーイングだという説が出て来ました。これは当日現場でその飛行機を目撃した人の証言です。それも、自動操縦されていたらしい。それに、飛行機がタワーに突入する直前に、タワー側で閃光が走ったと言うんですね。果たしてそれは一体何なのか」
「要するに陰謀の臭いがぷんぷんするということだね」
「そうです。このような陰謀説はケネディ大統領やマーティン・ルーサー・キング牧師の暗殺などにもよく出てきますけど、WTCにも計り知れない陰謀が隠されているらしい。その真実は何かということですね」
シュンタローは水割りを舐めながら、興味深くユキオの話を聞いていた。
国吉は陰謀の片棒を担いだのだろうか。何十年も前の学生時代に抱いていた世界同時革命の妄想にまだもたれ掛っていたんだろうか。
「WTCには七千人が勤務していたんです。そのうち四千人はユダヤ系アメリカ人です。世界金融のシンボルでしたから、当然ですよね。WTCのテロがあった当日、この四千人は全員出勤しなかった。すなわち四千人の欠勤です。事件を事前に知らされていたからこそ、全員欠勤したとしか考えられません。残り三千人が何も知らされずにいつも通り出勤して死亡ないしは行方不明になった人たちで、全て非ユダヤ系です。何か臭いますよねえ」
「か、と言ってあのテロがユダヤひいてはイスラエルの仕業だと直ぐに結論付けるわけにはいかないだろう? キリスト教原理主義をバックにしたアメリカ政府に巣食う勢力の陰謀説もあるし、大統領とその側近による自作自演説もある。要するに真相は霧の中だ。それが陰謀の陰謀たる所以じゃないかな」
国吉は間違いなくWTCのテロを事前に知っていた。だから娘を助けようとして、俺に近付いたんだ。
シュンタローは国吉と娘のことに思いを巡らしながら、ユキオの話に耳を傾けていた。
「タワーに突入した飛行機は、アメリカのマスコミが報じた目撃者談によれば、非常に低い高度を飛んでいたんです。これは初めから突入のターゲットを絞り込んでいた証拠だというんです。そのターゲットはタワーの七十八階から八十四階だった。そこには何処の国の企業が入っていたと思います? 全て日本ですよ。ひょっとすれば、日本政府もマスコミも事前にそのことを知っていたのかも知れない。知っていたにも拘らず、何もせず犠牲者を出してしまった。だってウェブには事件直前にそういう情報は流れていたらしいですから」
国吉の娘が勤務していたY銀行のオフィスも恐らくそのあたりのフロアーにあったんだろう。もしも国吉が動かなければ、娘さんは間違いなく死んでいただろうな。
「恐ろしい話だな。俺も恋人を失ったから、他人事だとは思えんな」
シュンタローは水割りの御代りを注文した。
「何だか興奮して喋り過ぎました。すみません」
「いや、謝る必要は全くない。おもしろかったよ」
ユキオも御代りを頼み、水割りを飲んだ。
「小暮さんは団塊の世代ですよね」
「団塊の弟分になるかな」
「大学の頃は紛争の時代でした?」
「第二次安保に引っ掛かったな。一九六〇年にアメリカと日本が結んだ安全保障条約の十年後の改定期にあたり、安保条約に反対する学生運動が盛り上がったんだ」
「運動されたんですか?」
「いや、デモもしたことはない。活動家の連中からすれば、いわゆるノンポリ学生という奴で、体制側と言われてバカにされていたよ」
「へえ、そうなんですか」
「高校生の頃、大学で学問がしたかった。そのためには受験が必要だった。だから、大学に行くために猛烈に勉強したんだ。その頃佐世保事件というのがあった。米軍の原子力空母エンタープライズが長崎の佐世保港にやって来るというので、日米安保反対の活動家が港を取り巻いて寄港阻止の運動を展開し、機動隊と衝突した。それをテレビで横目に見ながら、机に向っていた」
ユキオは黙ってシュンタローの話に耳を傾けていた。
「いよいよ受験の年になったら、T大Y講堂の封鎖事件があり、大学解体を叫ぶ過激派学生と機動隊が衝突した。学生らは塔に立てこもり、徹底抗戦を叫んだが、多勢に無勢だ。封鎖は解かれたものの、T大入試は中止になった。受験したA大も御多分に洩れず、活動家学生がキャンパスの建物を封鎖していた。当然のことながら、学外入試になった。受験の日は大雪で、前日に会場の下見に行ったものの、電車が遅れてすごく不安だった。その上、会場では過激派学生による受験阻止の噂まで流れ、不安の極みだった。その時思ったものだ。受験阻止を叫ぶ連中は少なくとも大学に合格し入学している。しかし、俺たち受験生はまだ合格するかどうかさえわからない。そんな弱い立場にいる人間に、大学解体とか受験阻止とか、一方的に自分らの考え方を押し付けようとする学生に対してやり場のない憤りを覚えた」
シュンタローは水割りを口に含み、舌の先で転がしながら喉を潤した。
「過激派の主張の内容を知る前に、彼らを憎んでしまったんですね」
「連中の世界観を認めることは断じて出来なかった。彼らが主張するのは勝手だが、俺にも俺の考え方があったんだ」
シュンタローはきっぱり言った。そして続けた。
「幸いA大に合格し入学したが、半年は封鎖が続いた。キャンパスでは火炎瓶や石を投げつける学生に対して、機動隊が催涙ガスを撃って応戦した。そばに居た俺も催涙ガスを被り、眼から涙がぽろぽろ出て止まらなかったよ。あの刺激臭は忘れられない」
「結局は授業が再開され、日常が戻ったんでしょ?」
「そう。今はもうないけど、当時の国立では最初の二年間は教養部というのがあって、色んな科目を受けたんだ。選択が出来たから、哲学やラテン語、フランス語、心理学などを受けた。やっと学問が出来ると嬉しかったな」
「それが小暮さんの目的だったからでしょうね」
「三年から学部の専門課程になって、英語学をとった。毎年何人か専攻するんだが、その年は俺独りだった。主任教授は、T大の学生時代日本英語学界の権威だったI教授の教え子だった人で、太平洋戦争の頃は陸軍の通訳官としてシンガポールやアジアの戦線で好きな英語を生かせたことを誇りにしていた」
「卒業されてからは?」
「商社に勤務した。ニューヨークにも支店があって何度か出張で来た事がある」
「今は塾の先生でしたね」
「勤続二十八年を機に、会社を辞めたんだ。もっと別の可能性があるんじゃないかと思ったんだ」
「そうですか。ぼくも小暮さんと同じように思ったところがあるんです。さっき言いましたけど、無気力な日本を一旦離れて自分を見つめ直してみようと思ってここに来たんです」
「来て見てどうだい?」
「そうですね、確かに日本を客観的に見られるようになったけど、ここにずっと居たいかというと・・・・・・」
ユキオが少し首を傾げた。
「それは日本に帰るってこと?」
「迷っているんです。ここはテロのターゲットにもなっているし。不安なんです」
ユキオは氷だけになったグラスを置き、下を向いた。女の子が「ごめんなさい。すぐ戻りますから」と言って席をはずした。女の子がいなくなったのを確認して、ユキオがシュンタローの方を向いた。
「ぼく、銃の撃ち方を習っているんです」
ユキオがぽつりと言った。
「銃? それは護身用っていう意味?」
「そうです」
「そんなものを教えるところがあるのかい?」
「これは小暮さんだけに打ち明けたので、他の人には絶対喋らないで下さい。お願いします」
「そんなこと喋らないよ。安心しな」
「余り大きな声で言えませんけど、駐車場でバイトしている時にニューヨーク市警の警官と知り合ったんです。その人は、今は退職しています。その人に若干の謝礼を払って習っているんです」
「実際に弾を撃つのかい?」
「ええ、ニューヨーク州の山奥で」
「ほう。ジャッカルの日のスナイパーみたいだな。フランスのドゴール大統領暗殺を請け負った殺し屋ジャッカルが、小説の中でやはり山奥で射撃訓練をするんだ」
「ええ、ぼくも読みました」
「拳銃は持っているの?」
「ええ、銃規制が厳しくなる前に店で買いました。秘密の場所に隠していますけど」
ユキオはそう言って微笑んだ。
「アメリカらしい話だな。ちょっと驚いたよ」
女の子が戻ってきた。ユキオはそ知らぬ顔で、水割りを注文した。
「ナオミさんは恋人かい?」
「恋人? まあ友達ではありますけど」
「彼女はいつニューヨークに来たの?」
「九八年です」
「三年前か。その頃はまだ商社にいたな」
シュンタローは自分に話し掛けるように言った。
「商社ではどんなお仕事をされていたんですか」
「色々やったよ。人工ダイアモンドから半導体を開発するプロジェクトとか」
シュンタローはそのプロジェクトの担当責任者だった。しかし、その特殊半導体はプロジェクト本来の平和利用とは別に、レーザーを利用した超ハイテク兵器の開発に転用可能なことがわかった。諸刃の剣とも言える半導体の開発は、現行法上その違法性を問われかねない。社内では開発の是非をめぐり秘密裏に侃侃諤諤(けんけんがくがく)の議論が沸騰したが、結局順法派が推進派を押し切り、開発は断念され、プロジェクトは凍結された。
特殊半導体の開発プロジェクトは一体何のために推進されたんだ。
開発の中核にいたシュンタローは、それまで事ある毎に感じていた商社のあり方に対する矛盾にほとほと愛想が尽き、プロジェクト凍結決定の日に上司に辞表を叩きつけた。
その結果、シュンタローは新天地ニューヨーク行きを決めたのだった。
「リサって小暮さんの恋人でしたね。あのWTCの犠牲になった」
「うん」
「当然思い出されますよね」
「勿論。爆破事件などテロがある度に・・・・・・」
「彼女がもしユダヤ人だったら、助かったかも知れませんね」
シュンタローは先程のユキオの話を思い出していた。ユダヤ人は事前にWTCのテロを知らされていたという裏情報のことを。
もし国吉がWTCのことを俺に話してくれていたら、リサを助けることが出来たのに。シュンタローの胸に悔しさが込み上げてきた。あいつは結局大学時代の久子に続き、リサまでも奪いやがった。そんな思いが悔しさを倍加させていた。リサが国吉を知っているらしいと感じた時、嫌な予感がした。国吉は俺にとってやはり鬼門だったんだ。
「本当に犠牲者の中にユダヤ人はいなかったのだろうか」
シュンタローが問うた。
「ぼくはネットの内容を信じます。はっきりしているじゃないですか。ユダヤ人四千人が一斉に欠勤して難を逃れたんですから」
「まあ、そうだがね・・・・・・」
ネットへの信頼度は、今の若者の方が我々団塊よりも断然高いという話を何処かで聞いたことがある。つまりネットに書かれていることを、若者は無批判に受け容れ易い。俺の世代はまず疑ってかかる。
「小暮さんはこちらで大学時代の知り合いはいますか? A大学出身ならニューヨーク勤務の人も結構いるんじゃないですか?」
「ニューヨーク在住のA大同窓生の会というのがあって一度出たことがある。駐在員は一時期に比べてかなり減ったらしい。日本の本社の業績が芳しくないから、ニューヨークから支店などを撤退したり、縮小させたりしたせいだ。金融事件がらみで当局に追い出された企業もあった」
「へえ、どこも大変なんですね」
「俺と同じ文学部出身で国吉英雄という男がいる。ひと月ほど前、このニューヨークで再会した。実に二十九年ぶりだった。突然俺のアパートを訪ねて来た。でもその後、忽然と姿を消してしまったんだ」
「それで思い出した。もう一ヶ月以上前のことになりますが、この店でちょっとした事件があったんです。初めて店に来た客の男が酒を飲んでトラブルを起こし、暴力をふるって、あっと言う間に出て行ったんです」
「一体いつのこと?」
「確かWTCの二、三日前だったかな」
「と、いうことは九月八日か九日だね」
「そうなりますね。詳しくはマスターに聞いてみて下さい」
国吉が失踪した時期と重なっている。その客は国吉だったのだろうか。
シュンタローはケンジとナオミの話が終わるのを待った。
2
間もなくケンジがカウンターに戻った。
「マスター、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
シュンタローが訊いた。
「何でしょうか」
ケンジがシュンタローの座っているカウンターの前に立った。
「ほら、ひと月くらい前、ここで酒に酔って暴れた男がいたよね」
ユキオが口をはさんだ。
「うん、それがどうかしたの?」
ケンジの顔が歪んだ。
「小暮さんがそのトラブルを起こした男について聞きたいことがあるんだって」
「どんなことでしょうか?」
ケンジがシュンタローの方を振り向いた。
「いや、ひょっとしたら、その男が俺の知っている人物かも知れないと思っただけさ」
「小暮さんの知り合いですって?」
「ここで一体どんなことがあったの?」
シュンタローが身を乗り出した。
ケンジは気を取り直して説明を始めた。
「うちの客の男子留学生が二人で日本のことを話題にして酒を飲んでいたんです。そのうち、団塊世代の話になって、日本社会を堕落させたのは団塊世代だ、と言い出したんです。すると、わたしと話していた男が脇にあったアイス・ペールを持ってすっくと席から立ち上がって、つかつかと二人のところに行き、二人の頭の上から氷水をぶっかけたんです。何をするんだ、と二人の若者は男を睨みつけました。すると、男はこう言い放ったんです。
日本社会を堕落させたのは、お前らみたいな若造だ。体制側の言いなりになって、のらりくらりと遊んでばかりいやがる。その腐った根性を叩き直してやる!
そう言ったかと思うと、伸縮自在の警棒のようなものを取り出して二人をメッタ打ちにしたんです。わたしは驚いて止めに入ったんですが、わたしも殴られてしまいました。その後、男はアイス・ペールをガシャンと床に叩きつけて、金も払わずに店を出て行ったんです」
「後を追いかけなかったの?」
「店の外まで追っかけましたよ。そしたら前に黒いセダンがエンジンをかけたまま停まっていました。その傍らにボディガード風のでかい黒人が二人立っていて、わたしを睨みつけたんです。男はそのまま後ろも振り向かず、黒人の一人が開けたドアから後部座席に乗り込み、もうひとりの黒人の運転であっと言う間に去って行きました。金はあきらめました。もしそれ以上関われば、殺されそうな雰囲気でしたから」
確か国吉がアパートに現れた時も、黒のセダンが通り過ぎて行ったな。あの車に国吉が乗っていたのか。黒人のボディガードと一緒に。
「男のことで他に気付いた点は? どんな些細なことでもいいから」
「わたしは仕事柄客の観察をするのが癖で、何を話したとか、特徴なんかをメモに残しているんです。特に初めての客は。ちょっと待ってください」
ケンジはメモ帳を出してきて、男のページを探した。
「これだ。男が来店したのは九月八日です」
シュンタローは胸ポケットから手帳を取り出して、九月八日の項を見た。国吉がアパートに現われた日だ。
「その男は恐らくA大出身の活動家ですね。結構具体的なA大の話をしていましたから。例えばメモによりますと、封鎖したキャンパスにはイロハという数え方の建物があった。そのうちロの建物の前には、道路を挟んで比較行動心理学の実験に使われる猿を飼う建物があり、その前あたりで機動隊の奴らを殲滅(せんめつ)して猿小屋に放り込んでやったとか、言っていましたね。勿論酔った上での冗談でしょうが、とにかくその時は上機嫌でした。その直後、留学生の話で激変したんです」
どうやら国吉に間違いない。感情の起伏の激しいあいつらしい話だ。
「革命? これは何だろう?」
ケンジがメモを見ながら首を傾げた。
「俺の知り合いは世界同時革命を掲げる同志との連帯を目指すというのがお得意のスローガンだった」
「ああ、そういうことでしょうかね」
「革命云々の話は出たの?」
「いや、何かの脈略で、ちらっと革命という言葉が出た程度だと記憶します。余り日常聞かない言葉なので印象に残り、後で書き込んだと思います」
「そうか。何処に住んでいるとかは?」
「いや、一切言わなかったですね」
「どんな身なりだった?」
「メモをそのまま読みます。長髪を頭の後ろで束ねている。黒の皮ジャンパー。ジーンズ。黒のブーツ。細面。眼は細いが、異様に鋭い。何かを思いつめるような表情。鼻の下に髭。中肉中背だが、肩はがっしりした感じ。一見ロック・ミュージシャン風・・・・・・」
その通りだ。夜現われた国吉と一致している。やはり国吉だった。
「それから、こんなことを書いています。話している最中、男の携帯に電話が入った。男は携帯を左耳で受け、俺の方を睨みつけた。人払いですね。男は胸ポケットから電子手帳を取り出し、カウンターの上に置いて、右手でペンを持ち、何かをメモしていた。言葉は英語。内容はわからないが、男は何度か困惑した表情を見せた。ボムという言葉が聞こえた」
電話の相手は誰だったのだろう。
「ボムというのは爆弾のこと?」
シュンタローは眉間に皺を寄せた。
「いや文字通りの爆弾かどうかはわかりません。音楽用語でもボムってよく使いますからね。ミュージック・ボムだとか」
「そうだな」
「それと、これが印象に残っています。男が席に戻り、サングラスを引っ掛けた皮ジャンの下の胸ポケットから煙草を出した時、ちらりと黒いものが見えました。わたしには拳銃のように見えました。ほら、刑事ものの映画なんかによく出てくるでしょう。肩からぶら下げたホルスターに拳銃を突っ込んでいるやつ。でも、一瞬のことでよくわかりませんでした。いくらニューヨークでも拳銃を肩からぶら下げるのは、FBIや刑事、セキュリティ関係、マフィアぐらいしかいませんから」
「拳銃か。いや有難う。客は俺の知り合いに間違いない。もし万一その男からここに連絡でもあれば、俺に連絡するように伝えて貰えないか」
「わかりました。でも、もう二度と現れて欲しくない男ですね。トラブルは一切御免です。しかし、メモというのはやはり役立つことがあるんですね」
ケンジは嬉しそうにメモ帳を閉じた。
「マスター、俺が最初ここに来た時、俺のことをメモに書いただろう?」
「そういうことになります。すみません」
ケンジは頭を掻きながら微笑んだ。
「油断も隙もないな。これでは何処でこっそりと観察されているかわからないぞ」
シュンタローは笑いを堪えながら言った。
「おっと、もう二時だ。さあ、今夜はこの辺にして帰るぞ。ユキオ君、また会おう」
「是非近々お会いしましょう」
シュンタローは席を立った。酔いでふらつきながら外に出ると、夜風が火照った頬に吹き付けて来た。シュンタローは思わずコートの襟を立てた。舗道に人影はなかった。酔いが回る頭で、シュンタローは国吉を大声で罵倒した。
「女たらし野郎。一体何処に行きやがったんだ。俺を散々利用しやがって、後は梨の礫(つぶて)か。どうなったかきちんと報告しろ。面でも見せやがれ!」
通りの向かい側に黒塗りのフォードが停まっていた。二人の男が、舞から出てアパートに向うシュンタローを眼で追っていたが、しばらくするとフォードは急発進し全速力でセカンド・アベニューをシュンタローとは反対方向に走り去って行った。
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