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生まれついての邪悪、なんて言ってくる人がいるよね。環境が悪かったわけじゃない、こいつは生まれついての悪なんだって。何が悪かったわけでもないって。だから誰にも責任はないって。
でも、でもさ、本当に、生まれついての邪悪なんてそんなものがいたのなら、そんなものが生まれた責任はいったい何処にあるんだろう。そいつが正しく生きられなかった原因は何処にあるって言うんだろう。何処に、何処にも居場所のなかった僕は、いったい何処に行けば善かったって言うんだろう。
朝まで君をトイレに閉じ込めた罪で、僕は学校を追い出される事になった。君をトイレに閉じ込めた罪なんて何処にも存在しなかったのに、いったいどういう事情なのか僕にはさっぱり分からなかった。僕は随分騒いだけれど、結局大人の理不尽というヤツに屈せざるを得なくって、僕は学校を追い出されて君と離ればなれにされてしまった。本当に寂しかったよ。寂しくて寂しくて、君と引き剥がした連中を殺してやろうかと思った程だ。
僕はわずかばかりのお金と共に両親に勘当されてしまい、でも、両親に見捨てられた事よりも、君に逢いたいという事に頭がいっぱいになっていた。結局、君とは仲直り出来ないままだったし、でも、その当時はまだ監視みたいなものがついていたから、どんなに君に会いたくても会いに行く事さえ出来なかった。だから、なんとか君に会えない辛さを忘れようと、一生懸命勉強して、奨学金を貰って何処かの高校に入学した。そこでも相変わらず僕は独りぼっちだったけど、でも、そんな事よりも、遠く離れた君の事で僕の頭はいっぱいだった。
どうして、君は僕に背を向けて逃げ出したりなんてしたんだろう。僕が毎日遊びに行ったりなんてしたから迷惑になっていたのかな。でも、笑顔で迎えてくれたし、いつも話を聞いてくれたし、それに、僕は、逢いたいから、それを止めるなんて事はどうしても出来なかったんだ。
僕は何度も何度も考え続け、やっぱり、君に逢いに行こう、そう思った。いくら君の気持ちを考えても、やっぱり答えは出なかったし、仲直りするにしても何にしても、君に逢いに行かない限りはどうしようもないと思ったから。でも、いきなり逢いに行っても、違う学校同士じゃ毎日は逢いに行けないから、とりあえず君のいる学校に編入しようと思ったんだ。編入試験の勉強は決して楽ではなかったけれど、でも、君に、どうしても逢いたかったから、その度に君の顔を思い出して一生懸命頑張ったんだよ。
僕は一年かけて一生懸命勉強して、君の学校を探し当てて、君と同じ学年に留年してから編入する事にした。前は先輩後輩だったけど、今度は同じ学年だからもっと自由に逢いに行ける。今までは独りぼっちだった遠足も、修学旅行も文化祭も体育祭も授業も全部、君と一緒にいられるんだ。それを考えるだけで僕は嬉しくてたまらなかった。
僕は新しい学校に足を踏み入れ、すぐに君の教室に向かった。職員室なんて後でいい、何を置いてもまずは君に逢わなくちゃ。僕は顔も知らない通りすがり達を視界の端にも入れないで、面倒な階段をうっとうしい思いで駆け上がって、大した特徴もない扉を叩き壊すように開いて、ようやく君を見つけたんだ。僕の記憶より少し大人びていたけれど、そこには確かに君がいた。逢いたくて逢いたくてたまらなかった君は僕の顔を見ると目を見開いて、立ち上がって、悲鳴を上げて僕から離れていこうとした。
「なんで……なんでお前がここにいる!」
「君を探しに来たんだよ。良かった、本当に良かった、またこうして君に逢えるなんて」
「なんで……なんで……なんで」
「君と一緒にいたいから、頑張って転校してきたんだよ。逢いたかったよ。ああ、本当に君に逢いたかった」
僕は両腕をいっぱいに伸ばして君を抱き締めようとした。君は椅子に足を取られて音を立てて床に転んだ。僕は君を助け起こそうと腰を屈めて手を伸ばした。君は両手を激しく振って僕の右手を何度も叩いた。
「来るな、来るな、来るなっ!」
「どうしたの……ちゃん、何か怖いものでもいるのかい?」
「消えろ、消えろ、消えてくれっ!」
「落ち着いてよ……ちゃん、怖いものなんてここにはいないよ」
「許して下さい」
「許してって、何を? あ、そうか、……ちゃん、僕から逃げていった事、気にしてくれていたんだね。僕はそんな事気にしてないのに、やっぱり君は優しいな。あ、じゃあさ、これから一緒に、何処かに遊びに行かないかい? 僕と一回デートしてくれたら、許してあげるよ、なんて」
ドタン、と重い音がして、僕は目を見開いた。そこに君はいなかった。君は開け放たれた窓から地面の上に落ちていた。窓の外に、ずっと下に、動かなくなった君の体が落ちていた。僕は何が起きたか全然何も分からなかった。どうして? こうしてせっかく逢えたのに、もっと遠い所に行っちゃうなんて。僕は悲しくて、悲しくて、それでもどうしようもなくて、その場にへたり込んでひたすら泣く事しか出来なかった。
僕は暗い部屋で膝を抱えて何度も何度も考えていた。なんで君がいなくなったのか。なんで君が死んだのか。僕に何が出来たのか、僕の何が悪かったのか。考えて、考えて、考えて考えて考えて、どんなにいっぱい考えても、でも、ちっとも答えは分からなくて、分かるのは君がいない事だけで、無性に君に逢いたかった。君が死んだ事よりも、君に逢えない事が悲しくて、死んでしまった君よりも、置いていかれた僕が哀れで、君の死を悼むよりも、君恋しさに涙が零れた。僕は目が溶ける程泣いて、何かがドロドロになるぐらい君の存在に焦がれていた。
逢いたいよ、君に、逢いたい。逢いたい、逢いたい、逢いたい逢いたいあいたいあいたい。死んで逢えるものならば、今すぐ首を掻っ切る価値も十分あるかもしれないけれど、でも、君に逢おうとして、死んで、それでも君に逢えなかったら、僕は一体どうすればいい。天国だの地獄だのあるかも分からない所に君を探しに行ったとして、それでも君に逢えなかったらいったい僕はどうすればいい。
君を、諦める事が出来るなら。君はもういないんだって、最初からいやしなかったって、君の存在そのものを、忘れる事が出来たなら。いや無理だ。君の事を忘れるなんて。君が死んだぐらいで諦められるなら最初からこんなに苦しみはしない。逢いたいんだ。どうしても。例え君がいなくなっても。死んだ程度で諦める事が出来ないぐらい、君の事が、好きなんだ。
僕は、だから、やっぱり、どうしても、なんとしても、何をしてでも君に逢いたくて逢いたくてあいたくて、それで、君を作ろうと思ったんだ。君は死んでしまったけれど、君を作れば、そうしたら、君に、僕は、逢えるはずだって。それで、君の棺から、君の髪の毛とか、血とか、爪とか、皮膚とかを少しもらって、君を作ろうと思ったんだ。だって、君に逢いたかった。逢いたかったら。
どうしても。
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