第3話 金銭さがし ~沖田総を抹殺する為に金を集める私~

 うーん、困りました。全然足りません。


 自室で私は一人頭を悩ませます。


 ミスターパーフェクト沖田総おきた すぐるの有する『連邦の白い悪魔 (アップルのiphone4s)』の前に我が『ジオン公国のザク(サムスンのGalaxy)』は文字通り星の屑(ギャラクシー)と化しました。圧倒的な性能の差を見せられて完全敗北を喫したのです。ああ、幾ら隣国の技師たちが林檎さんに対抗し、ファビョファビョしてお顔を林檎のように赤く染めようともGalaxyの性能はシャア専用のように三倍にはならないのです。


 あの沖田総による悪質な挑発行為及び巧みな誘導によってスマートフォンと云う現代兵器を失ってしまった今……私も沖田総に匹敵する次世代スマートフォンを手に入れなければなりません。


 ――そう、その為には軍資金が必要なのです。



 日本には『火事場泥棒』という言葉が御座います。


 英語に翻訳すると『Hunter Chance』という意味です。



 今、私の手には今朝方、私の所属する教室内で発生した炎上事件のどさくさに紛れてクラスメイトからギッておいたいくつかのお財布があるのですがその中身を追加しても全然足りません。



 そう、私はあの沖田総に対抗すべく最新式の現代兵器 iphone6s が欲しいのです。



 ああ、仕方ありません。足りない分はATMからお金を下すことにいたしましょう。



 私は自室を出てリビングに足を運ぶとキッチンでお夕飯の準備をしているからお金を下すように声をかけます。



「ああ、ママリン、ママリン。毎日毎晩一辺倒の味付けしか能の無い手抜き料理などをしている暇では御座いません。私のお話を聞くのです。お前の年老いてすっかり弛み切ったその醜い腹を痛めて生んだ可愛い可愛い実の愛娘が大変お困りのご様子です。本日、不幸な事故により私のサムスンがギャラクシーとなってしまいました。新しいスマートフォン iphone6s が欲しいのです。今度はサムスンではありません。アップル製の最新のスマートフォンです。大体が今時サムスンなんか使っていたらクラスメイトたちから在日扱いされて虐めの対象となってしまいます。ああ、だから直ちにママリンの隠しているヘソクリンをこの私に差し出すのです」



 するとATM一号機から音声ガイダンスが流れます。



「あらあら、ママリンにそんな無駄遣いするお金は無いわよ、匿名希望。大体がスマートフォンなんて買ってどうするの。匿名希望? どうせ最新のスマートフォンなんか買ったってお話しをするお友達なんて一人もいないでしょう。匿名希望? 前にスマートフォンを買ってあげた時にママリンこっそりとお部屋を覗いて見ていたけれど、LINEのアプリを入れて一生懸命腕を振ってフルフルしたってねぇ、それだけではお友達は一人もできないのよ、匿名希望」



 ああ、駄目です。このATMは壊れています。



 ――老朽化が原因でしょうか?



 黙ってお金を差し出して「お取り忘れにご注意ください」とだけ告げればいいものをこのATMは意味の分からない雑音を垂れ流し続けます。


 ああ、そして相も変わらず、こいつは実の娘の名前をフルネームで呼ぶのですね。私はとてもイライラします。そもそもこいつがヘソクリンを沢山貯め込んでいる事を私は知っているのです。


 こいつは専業主婦をする傍ら、海外製の洗剤や家庭用品を周りの主婦共に「質が良いから、本当に凄いんだから!」と高値で大量に売りつける商売をしているのです。そうして大量に売り捌いた商品を今度はその主婦共を使って又、別の主婦共に売りつけ、その別の主婦共が売りつけられた商品を今度はその主婦共が又、別の主婦共へと売りつける――そうしてネズミ算式に増えていく売り上げの一部をご利益としてガッポリと頂くといったエグイ商売をしているのです。


 ママリン曰く「皆が幸せになれるお仕事よー」と云っておりますが常識的に考えて絶対に嘘です。きっと末端の主婦の方々は多くの在庫を抱えて泣いているのです。


 ――ああ、皆さん、今暫しのご辛抱なのです。


 私が高校を卒業してママリンの扶養から外れた暁には、真っ先にそんな悪徳商売、この私、自らの手で絶対にしてやるのですっ!


 私は老朽化により壊れてしまったATM一号機からお金を下すのを諦めると今度はリビングのソファーでTVを見ながら寝そべっているからお金を下そうと声をかけます。



「ああ、パパリン、パパリン。ソファーで寝そべりながら『燕』と『鷹』では『鷹』の方が明らかに勝つに決まっているであろう。プレイボール前から既に勝負の決しておられるお野球などをご観戦している場合では御座いません。私のお話を聞くのです。お前がゴムも付けずに己が欲望に身を任せ、キッチンでしている腐った土壌に向かって暴発したその安っぽい種がホームランしたことで、見事に花開いてしまった可愛い可愛い実の愛娘が大変お困りのご様子です。本日、不慮な出来事により私のサムスンがギャラクシーとなってしまいました。新しいスマートフォン iphone6s が欲しいのです。今度はキムチ製ではありません。ファックメリケン製の最新のスマートフォンです。大体が今時サムゲタンなんか使っていたら日本国中の人間たちから売国奴として見下され虐めの対象となってしまいます。ああ、だから直ちにパパリンのフトコロリンからユキチリンこの私に差し出すのです」



 するとATM二号機からも無情な音声ガイダンスが流れます。



「おやおや、パパリンにそんな無駄遣いするお金は無いぞー、匿名希望。大体がスマートフォンなんて買ってどうするんだ。匿名希望? どうせ最新のスマートフォンなんか買った所でお話しをする友人なんて一人もいないだろう。匿名希望? iphone6s――? ああ、何だ、そういうことか……いいかい、よく聞きなさい匿名希望。確かに iphone には優れた機能がたくさんあるがなぁ…… siri に向かっていくら話しかけた所でそいつは聞かれた質問に回答するだけで友人にはなってはくれないんだぞ、匿名希望」



 ああ、駄目です。このATMも壊れています。



 ――うーん。やはり一号機と同じく老朽化が原因でしょうか?



 黙ってお金を差し出して「ご利用ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」とだけ告げればいいものをこのATMも意味の分からない雑音を垂れ流し続けます。


 そしてこいつも変わらず、実の娘の名前をフルネームで呼ぶのですね。私は大変イライラします。ああ、そもそもこいつだって沢山お金を儲けている事を私は知っているのです。


 こいつは人気アーティストや人気アイドルグループのライブやイベントチケットなどを組織ぐるみで根こそぎ買い取り、それを某オークションサイトなどを使って相場の二倍、三倍の高値で売り飛ばすといったエグイ商売をしているのです。


 パパリン曰く「株の売買。為替のような仕事」と云っておりますが常識的に考えて絶対に嘘です。きっと正規のファンの方々は歯ぎしりをしながら涙を飲んでいるに違いありません。


 ――ああ、皆さん、今暫しのご辛抱なのです。


 私が高校を卒業してパパリンの扶養から外れた暁には、真っ先にそんな悪徳商売、この私、自らの手で絶対にしてやるのですっ!



 うーん、しかし困ったことになりました。



 私の家のポンコツATMは二台とも故障している模様です。人間としても壊れてるのにATMとしても使えないとは存在価値がありません。正規の方法でお金を引き出す事ができない以上大変心は痛みますが少々強引な手段を用いてお引き出しをすることにいたします。



 私はスーッと息を吸い込むとATM二号機のを攻撃することにいたします。



「パパリン、パパリン。私の話を聞くのです。その命が欲しくば私とお取引をいたしましょう。これは聞いておいて損の無いお話です。パパリンはママリンが毎月欠かさずコッソリとパパリンに多額の生命保険金をかけているのはご存知でしょうか?」


「えっ……嘘んっ!」



 私から発せられた衝撃の告白にパパリンのお顔が一気に青褪めます。



「はい、これは本当のお話しです。具体的にパパリンには既に二千万円程の保険金がかけられています。ああ、目標額がいくらかは存じませんが、パパリンの愛妻(ママリン)はその額が貯まった瞬間に鬼嫁(ゴブリン)となってパパリンの命を奪いに来るでしょう。あの鬼嫁(ゴブリン)の恐ろしさと欲深さは私よりパパリンの方がご存じかと思います。もし仮にそうなった場合、私を味方に付けておくと有事の際に大変役に立つでしょう。あの鬼嫁(ゴブリン)相手でも二対一ならば活路を見い出す事も可能となるはずです。何故ならば私もまたあの鬼嫁(ゴブリン)の血を引く立派な愛娘(デビルン)だからです。ああ、しかし逆に私まで敵に回すとなると残念ながらパパリンは明日にでも札束へとそのお姿を変えることになります。さて、ここでお取引きです。



ああ、端的に申しあげます……


  ――死にたくなければ今すぐ金を出せ」




 ■ ■ ■




 パパリンとの悪魔の契約を結ぶことで潤沢な資金を手に入れた瞬間。ピンポーンのお家の呼び鈴がなります。おやや、こんなご夕飯時に一体どこのどなたでしょうか? ヨネスケが図々しくも晩御飯に突撃しにきたのかもしれません。



「匿名希望~。ママリンは今ちょっと手が離せないから代わりに出て頂戴。新聞の勧誘ならお断りするのよ~。野球のチケットを付けるって言われても『賭博球団に興味はありません。くったばれ読売! くったばれ読売!』と『東京音頭』を歌いながらはっきりとお断りしなさ~い。ああ、でもナベツネの命と引き換えと云うのならば一カ月くらいは契約してもOKよ~♪」


「はーい、分かったのです、ママリン」



 私はまだ血の気の引いた青いお顔で震えるパパリンをその場に置いて玄関へとトテトテと歩いていきます。お靴を足に引っ掛けてそのまま玄関の扉をガチャリと開けると、そこには青と白の横縞の服を着た筋肉質なお兄さんが立っておられました。



「はい、匿名とくなです。うちはのご勧誘をお断りしております。理由はからです」


「えっと、あの、新聞の勧誘ではないのですが……」



 うん? 新聞の御勧誘ではないご様子です。そしてヨネスケでも御座いません。では一体この悪魔の棲む家に何の御用でしょう?



「すいません。お隣の家の荷物を預かっているのですけど。何かずっとお留守みたいで……」



 ああ、宅配便の方でしたか。そういえばこの青と白の横縞の服は見たことがあります。



「ああ、お隣さんならもう二度とお家には戻らないと思います。先月うちのママリンが『あー、隣の芝生が青く見えるわねぇ』という理由で嫌がらせの限りを尽くして住人たちを追い出してしまいました。あそこは今、うちのセカンドハウスとなっています。休日には近くの小学生の女児を連れ込んで "『隣の家の少女』ごっこ" をするのが最近のママリンのご日課です」


「えええっ!? あー、えーっと……そうなると、うーん。困ったなー」


「おお、お困りのようでしたらそちらのお荷物はうちで美味しくいただ――いえ、お預かりさせていただきます」


「えっ、本当ですか? あー、助かります」



 ヒャホーイ! 私は荷物を受け取るとそのままリビングへと引き返します。



「ママリン、ママリーン。新聞の勧誘じゃありませんでした。お荷物が届きました。黒猫さんじゃなくての方です。これ、開けてもいいですか?」



 私はママリンに荷物をお見せします。



「あらあら、匿名希望。これお隣さん宛の荷物じゃないの。駄目よ、お隣さんの荷物は全てママリンのモノなんだから」



 そう口にしながら強欲ママリンが私の手から荷物を取り上げ何の躊躇も無くビリビリと包装紙を破り箱を開けます。


 おお、なんとそこには赤い大きなハサミをもった甲殻類が入っておりました!


 ――ああ、知っています、これは蟹さんです!



「あらあらー、これは良いものを送って貰ったわねぇ。早速今晩のお夕食に頂いてしまいましょうか」



 ヤッフー!! やりました!



 今晩のご夕食はで味付けした肉野菜炒めでも、で味付けした肉野菜炒めでも御座いません! 



 産地直送の新鮮な蟹さんですっ!



「ママリン、ママリン! 余計な味付けは本当に要りません! 茹でるだけ、茹でるだけで良いのです! もしもこの蟹さんに余計なをしようものならば、私はお前の眠るお布団にアルコールをたっぷりと染み込ませてご睡眠中に火を放ち、最近白髪が交じり始めたお前のカサカサに傷んだ老髪をフランベしてチリチリのコゲコゲにしてやるのです!」



「あらあら、それは良いけど、匿名希望。ゲテモノ料理はどんな美味しくても食べない主義ではなかったの? 『タラバ蟹』は蟹さんじゃ無いのよ? 『タラバ蟹』はさんなのよ?? 匿名希望はさんを食べられるの?」



 ――はぁ? 何を言っているのでしょうかこの女は?



 これはヤバイ! ついに『認知症』が始まってしまったのでしょうか?


 ああ、だとしたら大変です!


 明日にでも早々に山奥にへと捨てに行かなければなりませんっ!


 『タラバ蟹』は蟹さんのはずです。そんなの一目見れば分かります。今、目の前にいる蟹さんはあの気色悪いさんとは似ても似つきません。



「ママリンは嘘は吐いてないわよー。『タラバ蟹』は蟹さんのように見えて、実はさんなのよ。ああ、もし疑うのであれば自分で調べてみなさい。この知恵遅れ」



 スマートフォンをギャラクシーしてしまった私は自分のお部屋に戻るとPCを立ち上げて半信半疑のままインターネットで『 "タラバガニ" "ヤドカリ" 』と検索してその真偽をお調べいたします。



 ………


 …………


 ………………お?


 おおおおおおおおおおおおっっ!!??



 マジです! ママリンの云った通り、『タラバ蟹』の野郎は蟹さんではありませんでした! インターネットでお調べした所、『タラバ蟹』はなんとさんのお仲間のようで御座います!


 ふぁっく! 騙されました、最悪です!


 ぐぬぬぬ、タタタ、タラバの野郎めぇ……の分際で蟹さんを名乗るとは甲殻類の風上にもおけません!


 『タラバ蟹』があの気色悪いさんだと知った以上、どんなに美味しくても私は絶対に食することは致しません。


 私はゲテモノは食べない主義!


 ――そう、心に深いトラウマを抱えているからです。


 ああ、そうです。


 あれは小学校低学年。


 学校のクラスのみんなとご一緒に電車に乗って少し離れた場所にある大きな自然公園へと遠足に行ったときのお話で御座います。




 ◇




 小学校に入って初めての遠足ということもあり、私はとてもワクワクしておりました。前日に一人300円までと決められていたおやつを悩みに悩んで500円分ほど買い込み、万全の体調で当日の朝を迎えたのです。


 朝いつもより早く起きると私よりも早起きしていたママリンがお弁当の用意をしてくれておりました。ママリンのお料理はお世辞にも美味しいと云えるものでは御座いません。


 英国(イギリス)人の家庭料理がマシに思えるヤバさと不味さ。とでも申せば分かり易いでしょうか――?


 私たち日本国民には『おいしさ、そして、いのちへ』をキャッチフレーズとする主婦の方々の味方。『味の素グループ』さんがいて本当に心の底から感謝感謝ですと涙を流すくらいのお点前です。


 そんな決してお料理の得意ではない――ああ、寧ろ、キッチンに立つな食材に触るな、死ね、この味障! と血の涙を流して叫び発狂するレベルの飯マズリンが早起きしてお弁当をご用意してくれていたのです。


 ああ、その光景を見て私は塵ほどの感動も覚えずに大いなる恐怖でガタガタと震え上がりました。



「ああ、おはよう、匿名希望。お友達は未だに一人もいないけど、もしかしたら万が一、億が一の確率でクラスメイトの誰かとお弁当のオカズを交換するイベントが発生するかもしれないでしょう? だからママリン頑張っちゃた☆」



 ――などと、その飯マズリンは産業廃棄物を片手に謎の供述を続けます。


 幼い私はその時の恐怖も相まって飯マズリンが何を言っているのか全く理解できずにおりました。取り合えず私は『燃えるゴミ袋』の入り口を大きく広げて無言で飯マズリンの前にそっと差し出します。


 さあ、早くその産業廃棄物をここにポイッとするのです。



「あら、大丈夫よ、匿名希望。試しに味見してみる? ――ッ!」



 そう言葉にするな否や飯マズリンは、走って逃げようとする私を背後から思いっきり蹴り飛ばし、転倒した私のお目々にお塩を振りかけて視界を奪うと、鼻をギュッとつまんで無理矢理開かせたお口に得体の知れないお料理を放り込んで吐き出させないように唇を掌で抑えつけます。


 観念した私が涙目になりながら咀嚼して飲み込むと……



 ――おお、これはどうしたことでしょう!



 少し甘みのある奥深い風味がお口全体に広がります。


 ああ、これはかなり美味しいです!!


 お目々を潰されて視界を失った私はママリンに今のお料理が何だったのか問いかけますが、ママリンは「お昼の時間まで秘密よ、お弁当の時間を楽しみにしていなさい♪」とおっしゃいました。


 お料理の正体がとても気になりましたが、ああ、それも遠足の醍醐味の一つです。私はとても上機嫌でママリンのお弁当を持ってご遠足へと出かけたのでした。



 電車に揺られて一時間。



 自然公園へと到着した私はクラスメイトたちがキャッキャ、キャッキャ、とまるでガキのようにオリエンテーションではしゃぎ騒いでいるのを横目に、一人優雅にお池に向かって小石を黙々と投げ入れるといった高尚なご遊戯に興じておりました。



 ――おお、今、石が二回刎ねました! 超楽しい!


 

 ああ、そして待ちに待ったお弁当のお時間がやってきたのです。


 クラスメイトたちが次々とウィンナーや鳥の唐揚げ、卵焼きなどを交換しながらお食事を楽しみ始めます。



 ふふり……ああ、滑稽で仕方がありません。



 そう、私のお弁当のオカズはそんな次元の低いものではないのです!


 私はクラスメイトたちの輪の中に押して入り、笑顔でお弁当交換などに興じている愚かなガキ共の弁当に向かって砂利じゃりのフリカケをまき散らすと「わー、ははははっ! そんな貧相な冷凍食品チルド弁当で喜んでいる哀れなチルドレン共よ、私のこのお弁当を見るがいいです!」と高笑い&完全勝利者宣言をしながら、クラスメイトたちに見せつけるようにお弁当の蓋を開けたのでした。




 ああ、そのお弁当の中にあったのは


 真っ白な白米の上に隙間なく


   と。


    そう、 詰まっていた。




    ――  イナゴの佃煮 !! ――




 さすがの私もこの時ばかりは、その 『魍魎の匣』 を目にして「ほう。」などと呟く余裕は無く、完全な思考停止状態に陥ったのでした。


 そんな私を憐れと思ったのかクラスメイトの方々が頼んでもいないのに次々と私の開けたお弁当の蓋へと黙ってオカズを置いて去っていきます。そして気が付いた時には私のお弁当はクラスで一番豪勢なお弁当となっていたのです。



 ――ああ、なんと美しい友情で御座いましょう。



 その遠足の帰路。


 正気を取り戻した私が帰りの電車を待つ駅の線路に次々とクラスメイトを「ほう。」「ほう。」と突き落とした事件は此処に特筆して語るまでの事ではないでしょう。




 ◇




 ――ええ、そうです。


 あの遠足事件以来、私はどんなに美味であろうともゲテモノは食さないと心に決めたのです。トラウマとなった『イナゴの佃煮』は勿論のこと『蜂の子』や『エスカルゴ』などなど……あのようなモノは人間が食べるものでは御座いません。



 ――ああ、そして『ヤドカリ』もそうです。



 食卓には茹であがった蟹の形をした『ヤドカリ』が並び、パパリンとママリンが「蟹うめぇー」、「やっぱり蟹は美味しいわよねぇ」と食しております。


 フン、この痴呆どもめが……にしゃぶり付きながら蟹、蟹と馬鹿みたいです。大体、ママリンに至っては自分が 『タラバ蟹』は蟹に非ずと私に教えておいてこの有様……ああ、本当に『認知症』が始まっているのでしょうか?


 『認知症』とはこれはまたご面倒です。明日にでも散歩を装い近所の公園に捨てに行かなければなりません。


 ああ、もしくは明日を待たずして、このの送られてきた箱にママリンの遺体をバラバラにして詰め込んでクール宅急便に『S●APファンを舐めたらお前もいずれこうなるゾ! 青い稲妻でシェイクシェイクして世界に一つだけの花として夜空の向こうへ送ってやる!』とのお手紙を添えてメリーさん宛にご郵送するのも一興で御座いましょうか?



 うーん、でも、ママリンの遺体、この箱に全部はいるかなぁー?


 ここ最近は贅肉が付いてだからバラバラにしてもちょっと無理ですかねぇ。



 ――おお、そうです!



 ついでならばミキサーを使ってパパリンもご一緒に "ミックスジュース" としてしまいましょう!


 この箱に入りきらなかった分は糞尿とご一緒にこの糞尿以下の存在共ママリン&パパリンもお手洗いにそのまま流してしまえばよいのです。遺体の体積も減って邪魔者も消えて一石二鳥とはまさにこのことです。我ながらナイスなアイディア! ああ、今日の私はとても冴えています。キレッキレです!



 そして私は『産地直送! 高級!』と記されているその箱を――――んん?




 …… 『高級ズワイガニ』??




「ああ、ちょっとちょっと。ママリン、ママリン。『タラバ蟹』の野郎は恥知らずな風情で御座いました。この箱に記されている『ズワイガニ』様におかれましても、それと同様にその実はさんなので御座いましょうか?」



「はあ? 何を言っているの匿名希望。『ズワイガニ』は立派な蟹さんよ。ああ、本当に蟹は美味しいわ~♪」



「ああ、全くだねぇ。ママリン♪ どうして匿名希望は食べないんだぁ? あー、とは云っても、もう残ってはいないがねっ! 最後の一つはパパリンがもーらい♪……(パク、もぐもぐ)」





「うわああああああああああああああーーーーッッ!!」





「あらあら、匿名希望。食事中に何を奇声を発しているの? ご近所さんにキ●ガイが住んでると思われてしまうでしょう? ああ、やだわぁ、キ●ガイ怖い怖い。ほーら、ほら、キ●ガイ扱いされるのは嫌でしょう、知恵遅れ。分かったらご飯は静かに食べなさい」



「うんうん、ママリンの云う通りだぞ、知恵遅れ。パパリンもガ●ジの取り扱いにはちょっと困るなぁ。ああ、それにしても人の不幸は蜜の味と云うが、実の愛娘が絶望の淵で叫ぶ声はやはり格別! 最高のオカズだねぇ。パパリン今日は食欲が止まらないゾ! よぉし、ママリーン、ご飯おかわり~♪」




 うがあああっ! 最悪です! 外道です! こいつら人間じゃありません!




「ああああっ!! よくも騙したアアアア!! 騙してくれたなアアアアア!! 絶対に許しません!!!!」



「ええ、何を言っているの、匿名希望? 騙したも何もママリンは『タラバ蟹』のお話しをしただけで一度もこの蟹が『タラバ蟹』だとは云っていないわよ? ああ、それにね、良く聞きなさい匿名希望。そもそも蟹という食べ物はね『大人の嗜好品』なの。匿名希望はまだ高校生でしょう? 処女のくせに一丁前に蟹を食べようなんて生意気なのよ、小娘が。 処女は処女なりに分を弁えて『蟹蒲鉾かにかまぼこ』でもおしゃぶりしてなさい」



「そうだぁ、ママリンの云う通りだぞ、。ガキの分際で粋がっいるからそういう痛い目を見るんだ。今回は良い社会勉強になっただろう? パパリンとママリンにきちんとお礼を言いなさい、。『この度、私は "悪魔" として未熟な事を心より痛感いたしました。人様を不快にさせるその一点において、私の実力はまだまだ "劇場版実写デビルマン" の足元にも及びません。本日はお勉強させていただき本当にありがとう御座いました』と頭を深く深く下げてお礼を言いなさい、。ああ、ママリン、もう一杯ご飯おかわり~♪」




 ぐぎぎぎぃ、こいつは酷過ぎます。


 実の愛娘を『キ●ガイ』 や 『ガ●ジ』や『知恵遅れ』扱い……ああ、そして



 ―― って一体何だ?



 さらりと自然にとんでもないNEW卑猥ワードを生み出しやがりました。この日本国においてそのような言葉はどんな辞書をひいても存在いたしません。


 ああ、私も悪魔として大分成長は致しましたがまだまだレベルが足りません。こいつらを地ベタに叩き落として殺すには更なる成長が必要だと実感します。




 ■ ■ ■




 食事で大変気分を害した私は自分のお部屋に引き籠ると気分転換に学校帰りに本屋さんに立ち寄ってギッてきた品物を鞄から取り出します。



 ――月間コミック『KILA』。



 毎月13日に発売される少女漫画誌です。


 私はペラペラとページを捲るとお目当てのご作品を探します。



 ――おっと、ありました、ありました!




 ◇




 『悪魔(あくま)で女子高生!』


  著:壬生狼みぶろう




 ◇




 ああ、私はこの壬生狼みぶろう先生の大ファンでこの作品が大好きなのです。今のように私が大変に気分を害した時などこの漫画を読むと心がスカっとするのです。


 漫画の内容は『虐められっ子の女子高生ヒロインが悪魔にその魂を売って苛めっ子たちに無茶苦茶な復讐をする』といった物語です。


 今月号のお話しは学園祭でクラスの出し物からハブられたヒロインが、学校中に爆竹を仕掛けて著作権的に絶対NGなエレクトリカルでパレードの音楽と共にネズミの着ぐるみを身に付けて「ハハッ、ペスト、ペスト!(※声高)」と悪行の限りを尽くすといった破天荒な内容となっておりました。


 ああ、何だかどこかで見たような光景です。私はこのお話……特にこの悪魔に魂を売ったヒロインにとてもシンパシーを感じております。


 うーん、今月号のお話もとても素晴らしい内容で御座いました!


 ネットの情報によりますと実はこの壬生狼先生はまだ高校生――しかも驚くことに私と同じ年齢だということっ!


 まだ学生の身分でありながら学業と執筆活動を両立し、こんなにも私の心に響く作品を描き上げるとは……ああ、私は壬生狼先生を心の底から敬愛しております。



 ――んん?


 あああああ! これは大変です!



 先月号までは後ろから4番目の掲載だったのに今月号では3番目に落ちています! こういった漫画誌は人気と掲載順が連動しており、一番後ろの掲載となると打ち切り候補となってしまうのです! 


 おおおおおおお、こうしてはいられません!!!!!


 残念ながら壬生狼先生のご作品はその内容から万人受けするような作品では御座いません。ですので私のような熱狂的なファンが支えなければならないのです!



 私は雑誌についているアンケート葉書を破り取るとペンを走らせます。




 ◇




 私は壬生狼先生の大ファンです。


 落ち込んだ時や悲しい時があった時


 先生の作品に元気をもらっているのです。


 いつも応援しています。


 執筆活動、頑張ってください!



 ―― 匿名希望。





 ―― Episode.3 End ――




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