第4話 美点さがし ~悪魔に生きる希望を見出したアタシ~
――アタシに逃げ道は無かった。
夕日で朱色に染まる屋上でアタシは一人フェンスをよじ登ると眼下に広がる校庭を見下ろす。白球を追いかけてキラキラと青春の汗を流す同級生たち。
誰一人としてアタシの存在に気が付く者なんていない。
うん、それも当然だよね……だってアタシとあの人たちじゃ生きている世界が違うんだ。あーあ、どうしてこんな風になってしまったんだろう。最初はアタシも上手にやれていたハズだったんだ。
お母さんはアタシに言った――
「友達は大切にしなさい」と。
だからアタシは大切にした。虐められていた友達を助けようとしたのだ。当然のことをした。正しいことをしたハズだった……
あーあ、でも、その結果がこれだよ。
今、アタシは、一人だ。
友達の虐めを庇った結果、虐めの標的はアタシに移り、そしてアタシを助けようとする友達は誰一人として存在しなかった。
ははは、本当に笑える話である。
テレビの教育論者が分かった風に戯言を嘯く――「虐めを受けた場合は、まずは親や先生に相談しなさい」と。だからアタシは親に相談した。親から先生に話が行き、先生からクラスの皆へと話が行った。その結果、表向きな虐めは影を潜めた。
――そして、裏でより陰湿な虐めがエスカレートしていった。
そして先生は満足気にこう豪語する。「うちのクラスに虐めはありません!」と。ははは、そこでアタシは理解したのだ。――子供の虐めに対して大人は無力なのだ。と
ははは、参ったなぁ。
中学校を卒業するまであと一年かぁ……
あと一年堪えればアタシは救われるのであろうか?
――いいや、きっと無理だろう。
高校に進学しても中学時代のアタシを知る人間は必ず存在する。
ならば地元より遠く離れた高校に進学すれば良いのか?
でも、どうやって親にそれを説明する?
まだ虐めを受けているからとでも云えば良いのか?
ははは、あり得ない……そんな事を告げようものならばアタシの親はまた先生へ、先生はまたクラスメイトへ、虐めを『助長』する発言を永遠と繰り返し続けるだけだ。
あーあ、だから
アタシに逃げ道は
――もう無いのである。
アタシは瞳を瞑るとフェンスから手を放しゆっくりと身体を空へと傾ける。
ははは、もう我慢するのも、
苦痛に堪えるのも限界だよ。
――だから、ね。
さよなら。
■ ■ ■
『 ぴろりーん ♪』
アタシが自由な空へと身を投げようとした瞬間、電子音が鳴り響いた。確かこれは携帯電話に付いているカメラの録画モードを起動するときに鳴る音だ。
アタシが音のする方向に振り返るとそこには頭部や腕を包帯でグルグル巻きにした制服姿の女子高生が携帯のカメラを構えて立っていた。
「……」
「……」
「えっ……あのぉ?」
誰だろうこの人?
制服のリボンの色を見るとアタシと同じ学年のようだが?
「ああ、これは大変申し訳ないです。どうぞどうぞ、私にはお気になさらずに……さあ! レッツ、フライ、アゲイン♪」
そう云うと痛々しい包帯をした女子高生は悪魔のような笑みを見せながらアタシに向かって携帯のカメラを向け続ける。その口元からは涎がダラダラと垂れている……何この人、怖いっ!
「あのぉ……アタシ今から一応『自殺』をしようとしてるんですけどぁ?」
「ええ、それは十分に存じております。なので私はこうして慌てて携帯のカメラモードをオンにしてその衝撃の瞬間を撮影しようとしているのです……さあ! レッツ、ゴー、ヘブン♪」
「……」
「……」
「あのぉ……本当にごめんなさい。アナタ一体誰なんですか? それからアタシの飛び降りる瞬間を撮影してどうするつもりなんです?」
自殺を覚悟したアタシだったがさすがにあんなにもキラキラとした瞳でボタボタと涎を零しながら堂々と携帯のカメラを向けられては気持ちが……というか雰囲気がぶち壊しである。
アタシは飛び降りるのを一度止めてフェンスへと手をかける。
「お、おお? ちっ、飛び降りないのですか……ああ、せっかく衝撃の動画を『ニコ動』にアップしてみんなでニコニコしようと思ってたのにこれはとんだガッカリなのですよ」
えっ、何それ、超怖いんですけどぉ! 死しても尚、アタシの投身動画にコメントで草を生やされるなど堪ったものではない。
「ちょ、ちょっと、アナタ一体誰なんですか? 人の自殺の光景を笑いながら撮影するなんて人間のすることとは思えません!」
「お、おお? これは中々鋭いご指摘です。そうです。私は人間では御座いません。私は『悪魔』。まあ、最近流行の『小悪魔系GANG』と云うやつです」
「『GANG(ギャング)』 !? 『GIRL(ガール)』じゃなくてッ!?」
それは本当にヤバイ種の人間なのではないだろうか!?
「ああ、包帯をした制服姿のミステリーちっくな女学生が突然屋上に登場したことで『綾波●イ』と勘違いさせてしまい申し訳御座いません」
「いえ、そこは全く勘違いしていないので……いや、アナタ本当に誰ですか?」
「あーあ、やれやれ、これは困ったものです。人にモノを尋ねるときは先ずは自分から名乗るのが礼儀というものではないのですかねぇ。ああ、そんな礼儀知らず者であるからそのように『自殺』へと追い込まれるまで皆から虐められるのではないのですかぁ? よく虐められる側にも問題があると云いますがこれがまさにそれですねぇ。私は『悪魔』だと先刻申し上げたでしょう? 少しは礼儀を弁えるべきですねぇ」
あーあ、確かにアタシが虐めを受けているのは事実ではあるが……何だろう、この久しく忘れていた酷く癪に障る感覚は……
「
「――ヤギ?? ――ヒツジ?? おお、これはいかにも『生贄』になりそうな名前ですねぇ。ああ、これはいけません。私がもっと相応しい別の名を命名して差し上げましょう。先ず苗字の『ヤギ』! メェメェとひ弱な印象を受けるのでここは力強く草原を颯爽と駆ける『馬』と致しましょう。そして名の『ひつじ』! 仮に草食動物であろうともそのような曲がった角では己の命すら守ることはできないでしょう。ここはそうですねぇ……大きく鋭利な角を有する『鹿』と致しましょう。――即ちお前の名前は今日から『馬鹿』です。ところで 『馬鹿』はもう本日は飛び降りはなさらないのですか? ああ、次はいつ飛び降りる予定なのです? 私も『馬鹿』に毎日お付き合いするほど暇ではないので今後の自殺スケジュールを教えてください」
こ・れ・は・酷・い・ッ!
ははは、今まで悪質な虐めを数多く受けてきたアタシであるがここまでストレートに暴言を浴びせられるのは初めての経験だ。あーあ、寧ろ清々しさすら感じられる。
「お? おお? どうして何も云わず黙っているのです? ――ああ、これは大変失礼致しました。確かに初対面でいきなり呼び捨ては大変失礼で御座いましたねぇ、『お馬鹿さん』 ……さあ、今後の自殺スケジュールを教えるのですよ。このバーカ!」
――そう、これがアタシと『悪魔』の出会い。
アタシに生きる『
『
■ ■ ■
クスリ、クスリと笑いを噛み殺す声が聞こえる。
あーあ、そんな分かり易く隠してますよアピールをしなくても皆はもう気が付いていると云うのに……ははは、本当に茶番が過ぎる。
場所は学校。
現在は英語の授業中。
教室の最高尾の席に座るガラの悪い男子たちが前の席に座って大人しく授業を受けている男子生徒に向かって消しゴムのカスなどを投げつけている。
そう――、虐めは無くならない。絶対に。
いくらその芽を摘み、焼き払ったところで『悪意』という名の害虫はゴキブリのように次々と湧いて来る。あーあ、ゴキブリならばまだ良い。まだマシだ。皆が大騒ぎして必死になって駆除するからだ。
しかしこの悪意――『虐め』と云う名の害虫はなぜか皆から見過ごされる。皆、しっかりとその存在が見えている筈なのに必死に見えていないフリを続ける。
ははは、それも当然だ。
下手に藪を突いて蛇を出そうとする人間なんてそれこそ昔のアタシみたいな大馬鹿者か……それともあの『悪魔』くらいのものだろう。
クスリ、クスリと不快な笑いは止まらない。
笑いの標的となっている男子生徒の頭には消しゴムのカスが山のように溜まっているがそれを振り払おうとはしない。ただ黙々と耐えるだけ……泣き寝入りである。
あーあ、本日もそんな苦痛な時間がゆっくりと過ぎる。
授業終了一分前。
英語担当する女教師が笑顔で振り返りクラスの皆に問いかける。
「あー、時間もちょうどいいみたいだしぃ……それじゃ今日の授業はこれでおしまいねぇー♪ はーい、それじゃぁー、最後に質問のある人ぉー♪」
そのまま平穏に終わると思われた英語の授業。
その『悪魔』はアタシの期待通りにその問いに「ハイ!」と大きな声で手を上げると口元から大量の涎をまき垂らしながら動き出す――!
■ ■ ■
「はーい、
「はい、『デーモン閣下』 、私は質問があるのですっ! 『アイドル』と『
『デーモン閣下』とは少しばかり化粧が厚い英語女教師の
「うーん♪ まあ……似たようなものデース♪」
あーあ、そして先生も何を適当なことを……ッ! その瞬間、授業終了のチャイムが鳴り響きクラスは授業の解放感と共に喧噪に包まれる。
「おおおおおっ! おーい『ラム肉』 、今の聞きましたかっ! 『アイドル』と『
窓側の後部席に座っていたノゾミちゃんがドバドバと大量の涎を垂れ流しながらキラキラとした無垢な瞳で廊下側の後部席に座るアタシの元へと教室の後ろを通りながら駆け寄って来る。
うおおおい、――超汚ねぇッ!
「ノゾミちゃんッ! 涎、涎ッ!」
「お? おっと、これは失礼!」
ノゾミちゃんはアタシの指摘を耳にすると通りがけ――授業中に消しゴムのカスを投げつけていた虐めの主犯である男子生徒の椅子にかかっていた制服の上着を手に取るとそれで口元の涎をゴシゴシと拭い、その後、その上着をクルリと丸めて窓の外へとポーイっと投げ捨てる。
「――はっ? うぉい、テメェ! 何しやがるっ!」
男子生徒は慌てて自分の上着を追いかけて窓から身を乗り出し必死に手を伸ばす……が、残念ながらギリギリの差で届かない。そして、案の定。その男子生徒の背中に向かってお手伝いをすべくが如く、ノゾミちゃんの悪魔の蹴足が繰り出されるのであった。
――ドゲシッ! (※蹴足音)
「――うおっ!? ちょっ、うわああぁぁぁぁぁあっ!! ―――― (ぐしゃ) 」
「……」
「……」
「……」
―― (静寂が支配する教室) ――
「おおおおおっ! おーい『ラム肉』 、今の聞きましたかっ! 『アイドル』と『
「あーあ、本当にまるで何事も無かったかのように……ははは、なんて云うかもう『圧巻』の一言だよね。それで何、ノゾミちゃん? アタシの名前はヤギ、もしくはヒツジだよ」
うん、どうせノゾミちゃんの事だ。
きっとこれはロクなお話しではない。
否……これは経験則上とても危険な香りがする。
「ああ、ご理解できませんかねぇ? つまり『アイドル=
「はあ……ノゾミちゃん。またそういうネタで『AKB4X』さんとかを滅茶苦茶に扱下ろろうとしてるんでしょ? 信者さんが怖いからもうそういうのは止めようよ」
「はあ? 別に私は『秋元の喜び組』の事なんて一言も貶むつもりは御座いませんよ? 私が言いたいのは『
「あばばばっ! ノゾミちゃん、ダメだよッ! それもっとヤバイネタじゃないかよぉッ!」
光一君はともかく剛君は妙にリアルで洒落になっていない。これは危ないさすがに危険度が高すぎる!
――あとそれからマッチ棒って二度と云うなッ!
「大丈夫です! ビブラートに包んで歌うので問題ありません。さりげなくです! そう、ギンギンラギンにさりげなくです! そいつが俺のヤリ方そいつが俺のイキ方です! ~ I get you "TSUYOSHI", I need you "Tackey", I want you "Yuma", RIDE-ON! OH YEAY……AHA (恍惚) ~」
「~ "RIDE-ON! OH YEAY……AHA (恍惚)" ~ ……じゃねーーッ! ビブラートに包んで声高らかに歌うんじゃなくてオブラートにひっそりと包み隠せッ! ダメだよ、もう絶対にダメッ! 今後はジャ●ーズとAKB4Xとかのネタは禁止! 超怖いんだからね! そのうち本気で脅迫文が飛んでくるよッ!」
「ええー、分かりました。そこまで云うのならば控えるように致します……」
そう呟くとノゾミちゃんは残念そうに口を噤む。
あーあ、危ない危ない。
アタシがきちんと監督をしてあげないとノゾミちゃんは本当に何を言いだすか……
「ああ、でも、創価●会とかの頭がパーンと完全にカルトキューでブレインをウォシュレットされていらっしゃるオウム的な脳内プリンの奴らは、積極的にISかつ徹底的にISしまくっちゃても全然問題ないですよねぇ? 選挙前のお電話とか超ご迷惑ですし――」
「大いに問題あるに決まってんだろーッ!」
この『悪魔』は本当に怖いものを知らないのかッ!?
少しはご時世と云うモノを考えろ、IS、IS 連呼するなッ!
大体が『積極的にISかつ徹底的にIS』って具体的にはどうするつもりだ。想像するだけで怖すぎるッ!
「おお? 『ウール』よ! きっと何かお前は大きな勘違いをしています。『IS』というのは出版社との契約問題で揉めてインフニティがストラトスとなってしまったイズルだかイベリコだかの豚面作者が綴ったハーレムモノのライトノベルの略称では御座いません。私なんぞの小国民には何を考えてんのかまるでご理解できない命知らずの阿呆がとっ捕まって日本国民に多大なる心配とご迷惑おかけした挙句、そのギルティー動画をネット上で無料上映された過激派宗教組織イスラミック――」
「寸分たりとも勘違いじゃねーッ! ストーップ、ストップ! ノゾミちゃん、不味いよ、それは本当に超不味いッ! 宗教関係の問題は本当に止めよう! 間違いなく戦争になるからねッ! それからアタシの名前はヤギないし、ヒツジだよ!」
あーあ、本当に変わってない。
この『悪魔』――『匿名希望』は出会った頃から何一つ変わってない。
彼女はこの世界に対して所構わず毒をまき散らして牙を剥く。しかし、彼女は『自分より弱き者』に対しては決してその毒牙を向けることはしない。そう、彼女が歯向かうのは常に強者なのだ。
アタシは今も黒く焼き焦げた跡が残るクラスの片隅と空いている席に瞳を移す。
あーあ、いずれもこのクラスを牛耳っていた虐めグループの主犯格だ。
前者三名の内、本能寺は先日ノゾミちゃんが授業中に堂々と火を付けて焼き払い。池田と川上の二名はその炎上事件のドサクサに紛れてノゾミちゃんが消火器を使って殴り倒して病院送りにした。
そう、彼女は『悪』に対する『極悪』
『ダークヒーロー』ならぬ『ダーティーヒール』なのである。
――そしてアタシ。
『八木ひつじ』はそんな『悪魔』の『友達』などではない。
彼女は絶対に『友達』を有さない。『友達』という存在は完全悪街道を爆進するノゾミちゃんにとっての『弱点』であり、時に『欠点』に成り得てしまうから。
あーあ、ならばアタシはこの『悪魔』とはどんな関係なのか。
ははは、それは最初に名付けられたでしょう?
そうアタシは
そんな『悪魔』に生きる希望を貰って
ただこうしてその横でその生き様をずっと見守る
―― ただの『馬鹿』なのである。
―― Episode.4 End ――
欠点さがし きたひなこ @KITAHINAKO
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