action1-16
NADRの緊急回収から早くも一ヶ月が経った。緊急回収により街全体から回収されたNADRは蝶により処分され、開発したラボの関係者は皆警察で拘束されている。
この事実はネルヴォイを使って警察と蝶本部により住民全員に伝えられた。
回収する際、すでに投与されていたクローンは蝶本部で精密検査を行い、迅速な対処を施している。
お陰で一ヶ月経った今では、暴走者は出現しておらず平和そのものだ。暴動を起こしていた住民達も、真実が分かったことで納得したらしく、安心して暮らしているのが垣間見える。けれど、解決したのはそれだけであり、本質的な問題であるクローンの人権剥奪等の返還については進展なしの状態だ。
紡は平和になった街を歩きながら、異常がないか見回りを続ける。暴走者はぱたりと途絶えた。それに関しては喜ばしいことだし、何より未解決にならなくて本当に良かったとさえ思う。
しかし、どうにも紡は不安で仕方なかった。今のこの平和は仮初めのもので、裏では何かもっと大きな事件が起ころうとしているのではないか、と。
咲夜からは巡回の数を減らすように言われたのだが、笑顔の住民達を見る度に、心の中を燻(くすぶ)る不安の炎が大きくなる。
顔には出せないが、内心は……。と、一人の小さな男の子が紡にぶつかってきた。
「うっ……」
ぶつかってきた男の子は、地面に尻餅をついた。
「あっ……大丈夫?! ごめんね?」
地面に尻餅をついた男の子を起こそうと、紡は男の子に手を伸ばした。だが、伸ばした手は横から出てきた手に強く叩かれる。
不思議に思い顔を上げると、そこには一人の若い女性が怖い形相で紡を睨みつけていた。瞬時に、女性が男の子の母親であることを悟った紡は、数歩後ろに下がった。
「大丈夫だった? 何もされてない?」
女性はあたかも紡が男の子に何かしようとしていたと誤解をして、我が子に声をかける。転んだ男の子は無言で頷いた。
「あの……誤解なんですが。この子、私にぶつかって転んだだけで。だから助け起こそうと手をーー」
誤解を解こうと口を開いた紡は、最後まで言い切ることは出来なかった。
女性が冷え切った、それでいて憎悪と恐怖に満ちた瞳で、紡を睨みつけてきたのだ。
「あなたの言うことなんか、誰が信じると思ってるの? クローンのくせに人間のふりして生きてるなんて」
化け物のくせに……。女性はそう吐き棄てると、男の子を連れて去って行ってしまった。一方の紡は、ただ何も言えずその場に立ち尽くすことしか出来なかった。
しばらく立ち尽くしていた紡は周りからの視線を感じて、周囲を見渡した。周りにいる何人かの住民が白い目で紡を見ていたのだ。様々な感情が入り混じった瞳。どの瞳にも一貫してある感情が伝わってきた。
『クローンは化け物。人間になりきれない可哀想な存在。人権がなくて当たり前だ。彼らは人間ではない』
化け物、人間ではない。そうした人間の負の感情に塗れた瞳は恐怖の対象であり、その感情は、紡達にとっては辛いものでしかない。何だか居た堪れなくなり、紡は足早にその場を離れた。
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