action1-14

 「……っ!?」


 紡は跳ね起きた。自分が今まで見ていたのが夢だったことなど頭から抜け落ちていた。転がり落ちるようにベッドから出て、洗面台に向かう。


 そして洗面台の鏡に、鏡が割れてしまうのではないかと思うほど強く手をついた。強く手をついたことにより生じた大きな音に、紡は動じることはない。


 熱い吐息を荒々しく吐きながら、ゆっくりと鏡を見る。映し出されたのは、何の汚れも何もないいつもの自分の顔。


 ほっと安堵したと同時に、紡は蛇口を捻り顔を洗った。何度も水を顔に浴びせる。その動作はまるで、誰にも見えない汚れを落とそうとしているように見えた。


 「はぁ……っ」


 顔から滴り落ちる雫に気を留めることはなく、紡は大きく深く息を吸った。そして同じように大きく深く息を吐き出す。


 タオルで顔を拭きつつ蛇口を閉めた。ベッドの端に腰掛けて、残り香がないか深く呼吸をして確かめる。


 (良かった……消えている)


 あの匂いがまだ残っているかもしれないと不安だった紡は、残り香すらないことを確認してから、やっと自分が見ていたのが夢であったことを認識した。


 重い倦怠感を感じながら、ベッドに背中から倒れ込む。脳裏には、さっき見たばかりの夢と感じた感覚とあの匂いがフラッシュバックした。


 全壊した研究所だったらしい建物。唯一残っていた大木の前にいる自分。瓦礫に押し潰されて絶命した人、銃撃戦に巻き込まれて息絶えた人、壁に貼り付けにされた人。


 見渡す目に映るのは死体ばかり。ツンとした鉄臭さと、何かが焼ける匂いが深く深く鼻の奥までこびりつく。


 拭っても拭っても、鼻の奥までこびりついた匂いは拭えない。襲いかかってくる相手を持ち武器の銃で撃ち抜く度に、血飛沫は舞い、紡の顔や服に付着する。


 頬を拭えば、手の甲にぬるりと赤く光沢を放つ液体がついた。それはより濃く鉄臭さを放ち、鼻をおかしくする。気づけば目の前に広がるのは地獄絵図だった。


 「あれは、何なの……?」


 自分の姿を思い浮かべて戦慄する。肩から流れるのは自分のものとは違う黒く長い髪。降り続く雨に濡れた地面に落ちている汚れもない綺麗な銀色のナイフに映る瞳は、赤い。


 瞬きをしても映る瞳は血のように赤く、手に伝わる銃器の重さはよりリアルさを掻き立てた。


 相手を撃ち抜く寸前のあの緊張感も、指先にかけたトリガーの重さも、吹き抜ける血と雨と死の匂いも……全てが鮮明でかつリアルに溢れていて。だからこそ、起き抜けの頭では夢であったことにすぐには気づかなかったのだ。


 何故、自分の容姿があそこまで違っていたのかは分からない。今、肩から流れる自分の髪は確かに焦げ茶色だ。瞳だって赤くない。


 (でも、何より重要なのは……)


 自分が闘っていたあの男の子のこと。黒髪に蒼き双眼の綺麗な男の子と、紡は闘っていた。互いの攻撃を避けては隙を見て技を仕掛ける。息をすることすら忘れてしまう攻防戦だった。


 あの夢は今までとは違う。そんな予感が紡を静かに包み込んだ。


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