action1-11
地下に降り立った紡の目に映ったのは、銀色の床から生えた大きな木。大木は床からしっかりと生えている。土とは違って栄養分なんてない床に、どうして木が生えているのか。
目の前の大木は、街の科学者達が生み出した人工の木であるからだ。木の内部構造をいじり生まれたこの大木の名はーー樹木。
人工、と聞くとどうにも特殊合金かなにかで作られた木を想像する者は多い。しかし、この樹木に関しては合金でも何でもない、本物の植物である。
遥か上を見上げなくてはならない樹木を見つめて、懐かしさに駆られる。紡はここで誕生した。
上を見上げると、左右に大きく広げた枝先に赤く大きな実がぶら下がっているのが見えた。それは果物にしては大きく、枝先にぶら下がっていること自体が奇跡に近い。
すると一つの実が地面に落ちた。衝撃により、実はぐしゃりと潰れるーーわけではなく、ボールのように跳ねながら地面に転がった。
実は真ん中から割れ、ぐちゃっ、と足で果実を潰した時に鳴る不快な音が鼓膜を刺激する。普通の人であれば、その音に思わず顔をしかめてしまうだろうが、紡は慣れていた。
ただ黙って落ちた実を見守る。割れた実の中から、サナギが羽化をするごとく人が這い出てきた。日に焼けるということを知らない白い肌と長い髪。
中の液体で濡れた髪は、体に貼り付いている。丸みのある体つきからして女性だ。クローンは皆この実から生まれる。紡達はこの赤い実を“エデンの実”と呼ぶ。
これはクローンが生まれ落ちるまで入っているものだ。分かりやすく言うならば、母体の子宮みたいなものである。
紡はしばらく生まれたばかりの女性を見ていたが、やがて静かにその奥にある通路へと足を進めた。
今度の通路はすぐに終わりがきた。狭かった通路を抜けると視界が開け、たくさんのモニターとカプセルがある部屋に辿り着く。
幸いにもここには誰もいなかった。淡いブルーライトの中、展開されていないモニターとカプセルを見る。
恐らくここは、樹木とエデンの実の管理室なのだろう。初めて入る管理室を興味深く見ていると、さらに奥の空間に大きな影があることに気づいた。
モニターのところにあるボードを操作して、そこの部分だけ灯りを点けてみる。照らし出されたそれを見た瞬間、紡は息を呑んだ。
樹木ほどではないにしろ、それは大きかった。卵の形をした機械は稼働している気配はなく、今はしんと静かに佇んでいる。
「何、これ。初めて見る機械だ」
謎の機械に手を触れると、ふいに紡の耳元で水音が聞こえた気がした。瞳を閉じれば、瞼の裏に浮かぶエメラルドグリーンの光景。
ああ、なんて心地よい感覚なのだろう。
なんとなく、この機械が何なのか分かった気がした。それでも一応資料は見るべきだろうと思い、ボードを操作して資料をモニターに展開する。
この卵の形をした機械は、母体型人体生成装置ーーマザーというらしい。主な用途は、クローンを生み出すこと。展開された資料を読み進めていると、ふとモニターのカーソルが、全く文字が打たれていないスペースに合わさっているのに気づいた。
「何でここにカーソルが」
不思議に思い、指先でドラッグしてみる。現れたのは隠し文面だった。
『以下、二〇四五年に考案された<少子化改善対策案>について記す。少子化は近年我が国の重大的な問題である。年々各世帯で生まれる子供は少なくなってしまい、高齢化が著明になってしまった。現状を解決しようと政府が考案したのが、この政策案である。内容は至ってシンプルだ。科学技術を用いて人為的に子供を作るというものである』
「子供を……人為的に?」
(どういうことだ?)
紡は首を傾げる。二〇四五年、当時日本中に知らされた少子化対策は、クローンによる子供の生成のはずだが。ここに書いているのは、紡達が知らない政策案だ。
政府が公式発表した今の政策が誤報だったとでもいうのか。さらに下に画面をスクロールさせると、この文面を書いたと思われる人物の言葉が書いてあった。
『なんて恐ろしい政策案だろう。これが今年から政府公認で行われるなどと、誰が想像するだろうか』
文面はそこで途切れて終わっていた。紡はしばらくモニターを見つめたまま、動けずにいた。政府公認という文字を見た瞬間、全てが分かってしまったのだ。
今の政府が公式発表した政策案がカモフラージュであることに。本当に行われている政策は、例の文面に書かれた政策であることに。
そこまで考えると、自然と手はカプセルを照らし出すライトのスイッチへと伸びていた。脳裏に浮かぶのは、カプセルの中身。できれば見たくない。知りたくない。
けれど、これが真実ならば。知らなくてはならない。重い指先を動かし、ライトのスイッチを押した。
暗かった全てのカプセル内がライトアップされ、中身が浮かび上がる。紡は唾を呑み込んで、後ろにあるカプセルを振り返った。
「ーーっ!?」
そして浮かび上がった中身を見た瞬間、頭の中は真っ白になったのだった。
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