action1-7
あの時は本当にその場にいる人間を殺してやろうかと思ったくらいである。よく衝動を抑えられたなと今でも思うが。後に関与していた政治家は、強制辞任された。
クローンを敵視していた政府が体裁と面子を保つために施した処分だ。世間に顔向け出来ないと思ったのだろう。そして例の辞任された元大臣は逆恨みもいいことに、蝶本部に銃器を持ち込んで発砲してきた際、射殺されている。
当然の報いだ。聞けば、その大臣は買ったクローン殺して取り出した臓器をあろうことか日本では禁止されている臓器売買で取り引きをしていたらしい。全くもって非人道的。
「紡ちゃん、こんな所で何してんの?」
一人昔を思い出していると、後ろから聞覚えのある声が聞こえてきた。
「あ、白哉さん、こんにちわ」
振り返ると同じパピヨンの
彼は左眼に眼帯をつけている。クローンに生まれ変わる際のDNA間でエラーが発生し、左眼の視力がないまま生まれてきたそうだ。
「おう、こんにちわ。なんか悩みで発生した? 物思いに耽っていたみたいだからさ」
「いえ……悩みとかじゃなくて、奴隷市場での出来事を思い出してたんです」
「あの紡ちゃんが大暴れしたっていう、例のか」
白哉の大袈裟なまでの言い様に、最早どこから指摘すべきなのか分からないのため、苦笑いだけで返す。以前咲夜にも同じことを言われたが、大暴れと言われる程、紡は暴れた覚えはない。
あの時は大混乱と同じくらいに、例えるのなら、組であれば出入りだと思わせるくらい大乱闘を極めていた。
地上へ逃げ出した者達を紡は決して捕まえてはいない。彼らを捕らえたのは、駆けつけた本部の救援者達である。相手にしたのは、地上へ逃げずに立ち向かってきた者達だけ。
それでも地上へ逃げ出した者はごく僅かだったことを聞いた上で考えると、見る者からしたら紡が激昂して大暴れした風にも見えなくもない。
大暴れ、と大袈裟なまでに言われても仕方ないのだろう。確かに彼ら人間に対して、底知れぬ怒りを抱いていたことは認めるが。
「あれは本当に最終的に俺らに殺されても文句は言えないくらいに、腹が立つ出来事だったな」
独り言のようにそう零した白哉の言葉には賛同する。付け加えるのなら、後味が悪すぎるというか、言い知れぬ気分の悪さだけが尾を引く嫌な出来事だった。
「まぁでも、無事に解決出来て良かったと思うけどね。そういえば、何か調べ物?」
「はい。ちょっと暴走事件の情報を集めていたんです」
「ふーん、そっか。調査の基盤は情報集めからって言うし。あ、隣座らせて」
白哉が隣の椅子に腰掛けた。半透明な背もたれが出現する。
「で、なんかめぼしい情報は見つかった?」
紡は静かに首を横に振ってみせる。
「まあ、そうだよなー。一般回線ネットじゃ欲しい情報は少ない。ソースは分からないし、信憑性は低いから有力な情報ってないんだよな。いちいちソースとか真偽を確かめるのは時間の無駄。それをするくらいなら、蝶本部の情報ファイルにアクセスした方がよっぽど早い」
ネットは便利なんだけどな、と笑った白哉は少し疲れているように見えた。
「……大丈夫ですか?」
白哉はいつもより白い顔をしていて、左眼につけている眼帯の黒さがより目立っている。黒目は半分瞼で隠れてしまっているし、白目は赤く充血しており、ほとんど寝ていないことがありありと見てとれる様だ。
「んー」
椅子に腰掛けて、大きく伸びをした白哉が眠たそうに欠伸をした。眦まなじりに涙が浮かんでいる。
「大丈夫といえば、大丈夫。ただ、すっごく眠いな」
そう言ってまた欠伸をする。
「ここ二、三日、研究室に入り浸っていると聞きました」
パピヨンであり開発班に所属している白哉が、最近研究室に入り浸っているという話を耳にした。
「ああ、あれね。例の加害者から収集した体細胞を調べてたんだ。何か薬かウィルスを使ってADR(有害作用)が出てしまったんじゃないかと思ってさ。……結局、有害作用は認められなかった」
「そう、ですか」
例の事件について捜査の進展は見られないまま、時間だけが過ぎていく。これまでの捜査結果から、蝶はクローンに何か暴走性を引き起こすウィルスか薬物が使用されたのではないかと疑いを持ち、今朝早く街中のラボに捜査の手が入った。
だが、ラボのどの薬品も国の研究機関から正式に烙印を押されたものばかりで、安全性及び作用が不確かなものは発見されなかった。
もちろん、ウィルスの類もだ。お陰で捜査は滞ったまま。
「でも、このまま放っておくわけにもいかないからな」
日を追うごとに耳にする人間達の暴動。かつては最後までクローン化に賛成していた残り少ない人間も政府も、今では掌を返した。
政府による制限はきつくなり、より紡達は縛られる。苦しくなる、追い込まれる。
苦しさの中、優先すべきは暴走事件の解決であることを紡達パピヨンは忘れてはならない。
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