action1-6

 翌日、紡は蝶本部に設置されている共同スペースにいた。暴走事件について調べることにしたからだ。前空間に展開されるタッチパネルを操作しながら、めぼしい情報を集める。

 <クローンの暴走を目撃した>、<白い白衣を着た人が路地に入っていくのを見た>、<白衣の人物が何か薬を投与していた>

 どれもこれも当たり障りのない情報ばかり。


 一通り調べて、ふぅ、と息をついて背もたれに寄りかかってみる。今回の事件に関しても特にめぼしい情報はなかった。ほとんどがソースの分からないものだったり、でっちあげたデマばかりで収穫にもならない。


 やはり一般回線(ネット)ではダメなのだろう。正しい情報を集めるには蝶本部の情報ファイルにアクセスするしかなさそうだ。

 蝶本部の情報ファイルにアクセスして検索をかけると、いくつものファイルが表示される。検索件数は千を超える。

 これでも、検索条件を絞りに絞ったくらいだ。一つ一つ開いていっては、中身を確認していく。


 そもそもクローンの暴走事件が世間に公表されたのは、実は今年の春のことだ。それまで世間に公にされていない事実だった。何故公にされなかったのかというと、上層部が揉み消しを謀ったからに過ぎない。


 最初の事件が発生したのは去年の十二月。対象者は若い女性で、被害者の話によると突然呻き出したかと思ったら、叫びながら飛びかかってきたそうだ。

 女性はその場にいた組織の者に取り押さえられ、襲いかかられた者も命に別状はなかった。女性はまともな精神状態ではなく、警察も蝶も女性からの証言を得ることが出来ず、ひとまずラボに収容された。

 しかし、ついに証言を得ることは出来なかった。女性が命を落としたのだ。その後の調査で自殺とされているが、真偽は不明なまま。


 二番目の事件が起こったのは、それから一ヶ月経った後。今度は中年の男性だった。やはり経緯は最初の事件と変わらず、暴走者もラボに収容されるが、証言は取れずじまいで終わっている。

 三番目も四番目も、一ヶ月前に起こった五番目の事件、昨日の六番目の事件も調査の進展はなく。


 ここまで証言が取れないとなると、警察もお手上げであった。公表することを嫌がった上層部の反対を押し切り、今年の春になってこの事実が世間に公表された。

 日本政府はこの事態を受けて、クローンの尊厳を剥奪することを発表したのだ。


 与えられるべき自由が存在しない。平気で人種差別、人権剥奪が行われるようになったのも、また最近の出来事の一つ。


 一部の地域ではクローン撲滅運動まで起こす騒ぎとなり、多くのクローンが迫害された。ラボに収容されるならまだマシなほうだ。中には奴隷として扱われたり、危険地帯に放置され命を落とす者もいる。

 最も最悪なのは裏の奴隷市場で商品として扱われることだ。




 奴隷市場と言われる場所の状況を目の当たりにしたのは、今年の一月のことだった。真冬の寒さに顔を赤くしながら、西部の端にあるという奴隷市場へ実地調査に向かうことになったのだ。

 屋根や道路に積もる雪を踏みしめ、白い息を吐き出しながら、紡は西部の中心であり繁華街と呼ばれる通りから外れて路地に入り込む。


 路地に入った瞬間、繁華街の喧騒が遠のいた。一応何かに巻き込まれたり、やむを得ない状況の際は武力行使も視野に入れるように咲夜から指示をもらっている。


 壁に挟まれた狭い道を歩いて行くと、視界が開けた。真ん中を走る幅の広い道路。その両側には簡易式住宅と呼ばれる市場用に造られた建物が軒並みに建ち並ぶ。

 どの市場も今がかき入れならぬ客入れ時なのか、客を呼び込んでいる所が多い。


 『お、そこのお嬢さん。どうだね、一つクローンのオークションに参加しないか?』


 建ち並ぶ店を見ながら歩いていると、帽子を目深に被った男が紡に声を掛けてきた。蝶であることがバレないように、淡いピンクのロングコートを羽織っていたため、男からすれば紡はただの客にしか見えない。


 『クローンのオークション?』

 『そうだよ。迫害されたクローンを奴隷として売買するためのオークションさ。ああ、参加したくないなら、見るだけも出来るが行ってみるか?』


 紡が頷くのを見た男はこっちだ、と一つの住宅のドアを開けて入っていく。どうやらここが目的地の奴隷市場らしい。探す手間が省けたことに感謝しながら、後をついていく。


 住宅の中に入ると、男は何やら壁を触り出した。壁にあるボタンを触った瞬間、床が左右に開き、地下へと続く階段が現れた。男が階段を降りていくのを後から追いかける。

 階段を降りていくにつれて紡の耳に声が聞こえてきた。聞き様によっては怒号のようにも聞こえるそれは、降りていく毎に段々大きくなってくる。


 『ここがオークション会場だ』


 最後の一段を降りた紡が目にしたのは、まるで処刑台かと見間違うくらい高台に作られたステージに立たされている手枷をつけられたクローンと思しき少女と、我先にと金額を怒号混じりで提示している客達の姿だった。


 少女は恐怖の面持ちで体を震わせている。その様子に、誰もが舌舐めずりして卑猥な笑みを浮かべながら見ていた。


 『売られたクローン達はどうなるんですか?』

 『あ、売られたクローンは奴隷として汚い仕事ばかりさせられたり、時には臓器売買で有無言わずに殺されたりするけどな』

 『……そうですか』


 正直に言えば、クローンである自分は売買に決していいイメージを抱いていない。寧ろ、腸が煮え返るほどの怒りと吐きそうなくらいの気持ち悪さしかない。


 思っていたよりも早急に対処した方が良さそうだ。ネルヴォイで目前に奴隷市場に送られたクローンのリストを表示する。あの少女もやはりクローンだった。やむを得ない状況であると判断した紡は、ゆっくりとステージに向かって歩き出した。


 見渡す限り客のほとんどが男ばかり。わざわざ客達の所を避けて遠回りするのは面倒だ。それにいつ売られるか分かったものではないし、売られた先でどんな目に遭わされるのかも分かったものではない。


 客達を押しのけるようにして前に進む。途中で睨みつけられたり、殴りかかってきたりする輩がいたため、周りに気づかれない程度に気絶させていく。


 やがて先頭の男達の間から一番前に出た紡は、一気にステージに飛び乗る。瞬間、周りが波打つように静かになった。少女の前に立った紡は、自分のコートを脱いで少女の体に掛ける。怯えた表情を浮かべた少女は、眦に涙を浮かべながらコートを握り締めた。


 『全員動かないでください。違反人身売買を行ったとして、独立守護組織 蝶が今から皆さんを拘束いたします』


 蝶であることを明かした瞬間、飛び交ったのは悲鳴。逃げ出そうと階段に向かう者、逃げられないのならと立ち向かってくる者、会場は大混乱を極めた。まあ動くなと言われて動かない者はいない。捕まってたまるものかと立ち向かってくる者を次々に気絶させていく。


 止まったようにしか見えない拳を受け止め、がら空きすぎる懐に容赦なく蹴りをお見舞いする。その時、視界の隅に見覚えのある政治家の顔を捉えた。


 『これは厚生労働大臣ではないですか。どこに行かれるのですか?』


 抵抗する厚生労働大臣の懐に一発入れて気絶をさせる。政治家が関与していたとは、実に嘆かわしい。礼服についた埃を払いながら、辺りを見渡した。これで会場の掃除は片付いた。地上に逃げ出した者達は今頃連絡した蝶の者達に身柄を拘束されているだろう。


 その日、世間に奴隷市場の状況と政治家が関与していた事実が明らかにされた。保護されたクローン達の待遇は、蝶で働いてもらうことを前提に咲夜が政治家達に根回しをして解決に至った。


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