第23話 番外編 ―― エーテルの海に帆を揚げて――

 スチーム・パンクというと、『火星の』なんちゃらとかいろいろある。その中では『ディファレンス・エンジン』は新参であり、先に『「狭義のSF」としてのスチーム・パンクという、開きかけた大きな扉を閉じてしまったと感じざるをえない。』と書いたのは、それの直系とも言えるだろう作品が、どうも見当たらないように思えるからだ。

 『ディファレンス・エンジン』については、そのまま読んでもいのだが、「ディファレンス・エンジンが書いたものという設定だ」という評もある。ハードカバーの初版だったと思うが。そう読むとしたら、それは『火星の』とかとは一線を画したものと言えるだろう。

 なお、『ディファレンス・エンジン』、つまり「階差機関」の「階差」というところだが、ここはついでなので解説を入れておこう。

 まず、なにかの関数に引数を順番に入れた結果があるとする。これをa1, a2, a3, a4, ... としておこう。ここから、b1 = a2 - a1, b2 = a3 - a2というように、b1, b2, b3, b4, ... という差分の並びを取ってやる。これを繰り返してやると、すくなくない関数において、いつかは−−ここでは “i” とする−−、i1 = i2 = i3 = i4 = ... と、すべてが等しい値になる。そうなったら、今度は逆順に足し算を繰り返していけば、任意のaxの値が求まる。これをやるのが階差機関だ。

 『ディファレンス・エンジン』では、章のタイトルが「イテレーション・x」という形式だったが、この「イテレーション」は、 “for” ループや “while” ループではなく−−それでも実現できるが−−、差分を取ることの反復であると読める。

 ここで、ちょっと気になる人もいるだろう。こんな機械と解析機関とはまったくの別物に思える。実際、まったくの別物である。発想や着想についてバベジ自身はなんらかの連続性を感じていたとしても、私たちにはその連続性を感じるのは困難だ。


 さて、スチーム・パンクについて考える際に、個人的に触れておきたい作品が2つある。とは言っても小説ではなく、TRPGなのだが。それが、 “SPACE: 1889” 〔GDW, 1988.〕と、 “Spelljammer” 〔TSR, 1989.〕だ。ほかにもスチーム・パンク的なTRPGや小説もあるだろうが、発売の時期や出来を考えると、この二つを挙げておけば、すくなくともハズレにはならないだろう。

 “SPACE: 1889”は、『火星の』なんちゃらとかにけっこう近い。フロギストンなどのネタも仕込み、SFの一分野としてのスチーム・パンクという雰囲気を出している (いや、フロギストンは “Spelljammer” だったか?)。

 対して、 “Spelljammer” は、AD&Dのサプリメントだが、やはりファンタジーの世界だ。宇宙船があり、宇宙に乗り出してはいるのだが。

 たとえるなら、 “SPACE: 1889” は『火星の』なんちゃらとかそういう雰囲気があるのに対し、 “Spelljammer” は、“STARTR3CK” の雰囲気があるとは言えるかもしれない。

 なら、なぜ “Spelljammer” はファンタジーだと思えるのだろう。ファンタジーの種族やクラスが残っているからだろうか。「絶対にそうではない」とは言えないが、そう言ってしまうのはなにかが違うように思える。宇宙を舞台にしているという点について言えば、 “Spelljammer” のほうが、はるかに広い宇宙を舞台にしている−−あるいは、できる−−のだ。あるいは、AD&Dのサプリメントだという意識が私にはあるからだろうか。それも否定はできない。だが、やはりなにかが違う。

 結局のところ、「SFってなんなんだろう? 番外編 −−SFの読みかた−−」に書いたように、どこに、あるいはどのように還元されるのかの違いであるように思える。そこに、AD&Dのサプリメントであるという意識が残るとしても。

 だが、よくある (?) 、宇宙を舞台にした小説や映画やドラマは、ファンタジーであると私は感じる。それは、 “Spelljammer” において感じるファンタジー感と似ている。

 ここにおいて−−私感ではあるが−−、宇宙を舞台にしていてもSFとは限らないと言えるだろう。そして、ここにおいて、日本SFのSF感は、非常に緩やかなものに思える。やはり「SFの読みかた」に書いたことだが、「宇宙」や「ロボ」などのような要素によってSFであると認識するように作者自身が求めているように思える。

 だが、それは違うように思う。それは、 “SPACE: 1889” と “Spelljammer” が的確に−−読み手から的確に指摘はできないが−−示しているように思う。

 つけくわえるなら、スチーム・パンクの出自は『火星の』なんとかなどのようなものとしても、『ディファレンス・エンジン』が与えた衝撃を、業界も読者も無視してしまったのは−−極端な言いかただが−−、とても残念なことに思える。


 なお、今もみなさんの周りにはエーテルが溢れている。イーサ・ネットというエーテルが。この名称は偶然ではなく、意図してつけられた名前だ。

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