第21話 番外編 ―― SFの読みかた ――

昨今、日本のプロSF作家(を自称する方々)に、「SF的な要素が他のジャンルと見做される作品にも浸透した今において、SFというジャンルの存在意義は失なわれている」というような論があるようだ。


それに対し、山本弘は、こう反論しているという。「宇宙やロボットという要素があっても、SFと認識されないことが問題だ」と。


さて、ここで問題がある。山本弘も、他の作家も、なにをもってSFであると認識しているのだろうか? この点において、山本弘も、他の作家も共通の認識を持っていると想定できる。つまり、「宇宙」や「ロボット」という要素によって、SFというジャンルに属するのだという認識だ。はたして、この認識は妥当なものなのだろうか?


ここで考えてみたい作品がある。アジモフの『夜来たる』だ。この作品の舞台は、3つの(だったと思う)太陽がある恒星系において、2,000年に一度だけ「夜」、つまりは暗闇が来るという惑星だ。さて、この作品では冒頭において、「この舞台は地球ではないが、読みやすさのために地球的な表現をする」というような旨の宣言がなされている。


「だからなんなのだ?」と思われるかもしれない。だが、ここに、SFを読む際の−−そして書く際の−−、重要なことが宣言されている。つまり、「SFとは書かれたとおりのものではない」ということだ。『夜来たる』では、たとえば「スニーカー」というような表現がされていたとしても、それは「スニーカー」ではない。つまりは、そういうことだ。


と、ここで終ってもいいのだが、それでは不親切というものだろう。


SFにおいて、「時代」は書かれたとおりの「時代」ではない。SFにおいて、「場所」は書かれたとおりの「場所」ではない。SFにおいて、「人物」は書かれたとおりの「人物」ではない。SFにおいて、「ガジェット」は書かれたとおりの「ガジェット」ではない。


たとえば、「場所」として「宇宙」が書かれたとしよう。それは、スペインやチリに置き換えることが可能かもしれない。あるいは、それは「還元」と言ってもいいのかもしれない。「ガジェット」として「ロボット」−−それが巨大であれ、そうでないものであれ−−が書かれたとしよう。それは、船や自動車に置き換えることが可能かもしれない。それもやはり「還元」と言ってもいいのかもしれない。


ここで問題になるのは「ファンクション」、つまり「機能」である。プロップは、魔法昔話の登場人物の「ファンクション」に注目した。ここでは、登場人物だけでなく、書かれている時代、場所、人物、ガジェット、そして出来事、さらにはその他のすべてに、「プロップのファンクション」の考え方を敷衍しよう。


そうして、作品を、いわば「還元」し尽くしたとしよう。もし、作品の全てが還元し尽くされたとしよう。還元し尽くされるのであれば、その作品は本来SFとして書かれる理由が存在しないということだ。つまり、なにか他の話を、SF風味にしたにすぎないということだ。そして、この点において、山本弘も、その他の作家も、SF風味のものをSFと認識しているに過ぎないということになる。


では、SFとはなんなのだろう。すくなくともここでの考え方に従うなら、「還元しきれないなにか」が存在するものと言えるだろう。


この点において、「SFとは哲学の学派の一つである」と言える。つまりは、「還元しきれないなにか」とは、おそらくはその作品に内在する「哲学的な疑問」であろうと思う。すくなくとも、「還元しきれないなにか」の一つは、「哲学的な疑問」であろうと思う。


その、「哲学的な疑問」は、SFという形を取らずとも書けるものかもしれない。しかし、SFにおいてこそ、効果的に書けるものかもしれない。


この点については『SFの書き方 「ゲンロン 大森望 SF創作講座」全記録』の「課題その5」に、このような文言がある:


|  当然とされることも、ぎりぎりのところまで疑えるのがSFの強みです


この言葉には、SF読みとして同意する。それは、おそらくは「哲学的な疑問」であろう。すくなくとも、その一つは「哲学的な疑問」であろう。だが、同意するがゆえに、「では、(自称)SF作家はそれを実際に行なっているのか?」という疑問も同時に持たざるをえない。


「ファンクション」に「還元」して読む。それがSFの読み方だ。『夜来たる』は、そのことを明確に宣言している。「すべては、書かれているとおりのもの/ことではない」と。

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