第18話番外編 夏目漱石とジュール・ヴェルヌ
烏合の卯さんからの「SFってなんなんだろう?」へのレビューを受けて、少し書きたいと思います。
ヴェルヌの著作には、フランスにおいてもつい最近やっと刊行されたものがあります。「20世紀のパリ」とか。すくなくとももう一冊あったようにおもいますが、タイトルを失念。それがなぜ存命中にすら刊行されなかったかというと、人々の想像が追いついていけなかったからです。まぁ、あるいは編集をしている人の想像が追いついていけなかったからです。
さて、そこで烏合の卯さんからいただいたお題。「夏目漱石」です。
文芸における夏目漱石について書くには、実はルネサンスに戻らないとなりません。
ルネサンスとそれ以前のいわゆる暗黒時代がどう違うかは、描かれた絵を見てもらうのが手っ取り早いでしょう。暗黒時代はある程度としても記号として書かれていた絵(主に宗教画ですが)が、写実的になっています。文芸についてはわかりにくいかもしれません。修道院や教会の記録があったり、説話的になった記録があったりはしますが、ルネサンス期におけるものと直接比べることができるものを見つけるのはちょっとむずかしいとおもいます。
では、ルネサンスとはなんだったのでしょう。暗黒時代の、いうなら記号化された世界から、人間とはなんなのかについて考えることが可能になった「人文主義」を、その特徴としてあげてみます。考えることが可能になった対象は、人間だけでなく、神も自然もです。
ですので、いうなら、「書かれた決定論的プログラム」に従うという暗黒時代の人々の認識(もちろん、それは自覚されていなかったかもしれません)から、世界はどういうものなのか、人間はどういうものなのか、そういうことを考えていいという認識への変化でした。
さて、ここで年月を経て問題がおきます。それは問題とは認識も自覚もされていませんでした。ルネサンス期の絵も文芸も「見たものを描く・書く」という方向をもっていました。神は見えませんが、擬人化してとかで。ここで、「神って見えないじゃん」と誰かが言ってしまいました。これが「自然主義」につながります。
そっち方面での「自然主義」であったのであれば、おそらくSFというものの不可解さは生まれなかったのかもしれません。ところが、いつかどこかでとんでもない間違いを誰かがおかしてしまいました。「自然主義の行き着くところは、人間の心情などである」という誤解だと言えばいいでしょう。
この誤解は、すくなくとも日本においては平安時代とかからある文芸の、それも知識階級にある人の文芸の考え方となぜかうまく合ってしまいました。一つの面を見れば、知識階級がそういうふうに作ったわけでもあるのですが。この誤解による、「日本文芸」は今もそのまま命脈を保っています。
なお、江戸時代の庶民は、歌舞伎や落語などなどによって、フィクションによって物事を眺めるという視点を持っていました。それとか、フィクションを楽しむという視点を持っていました。歌舞伎や演劇は実際の事件にちょい手を入れて、お上から直接は何か言われないようにしていたとかもありますが。
ですが、まぁ自然主義がそういうのを壊します。すくなくとも、程度の低いものとして再定義してしまいました。
そういう、そもそも論的に「日本文芸」がちょとおかしいという事実を確認した上で、冒頭のヴェルヌに戻ります。
さて、夏目漱石がジュール・ヴェルヌを知っていたか、読んでいたかは知りません。ですが「日本文芸における自然主義」とは折り合いが悪かっただろうことは想像にかたくありません。それはおきてさえいないし、おきるかどうかすらわからないのですから。さらには、心情よりも科学、科学技術に寄った方向で書かれていることも、折り合いがわるい理由の一つです。それは単純な話で、「そんなものは文芸が書く事柄ではない」からです。
ヴェルヌのどの作を読んでもらっても構わないのですが、ヴェルヌがそれらをどうやって書いたかというと、「想像ではなく調査」によってです。調査というか、専門家へのインタビューだったりもしますが。それにすこしばかりの想像を加えるというわけです。
これがまた「日本文芸における自然主義」とは折り合いのわるいこと。調査によるわけですから、「自分で考えたことじゃない」とも言われたりするわけです。
「日本文芸」のありかたや「日本文芸」からの見られ方についてですが、SFという話だけでなく、江戸川乱歩や夢野久作もいろいろとそうとう苦労しています。
と、番外編で、このあたりで〆ておこうと思います。あと何かを書こうとすると、悪口しか出て来そうにないので。
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