第6話解題せねばならない

 小説においてというわけではありませんが、「タイトルは一番短い要約である」と言われます。ですが広くはフィクションにおいては、必ずしもそれほど簡単なものではありません。一番短い要約であるがゆえに、小説を読むにあたって、タイトルの意味を読み解こうとする「解題」はとても重要です。

 まず、タイトルとビジュアルが、内容を訴えているものの例を。

 TRPGに "Vampire: the Masquerade" という作品があります。ここで気になるのは、なぜ"Masquerade"という言葉が使われているのかということです。そしてMasqueradeとはどういうことなのか。

 この作品においてVampireは超絶的な存在ではありません。だからこそ人間の中でMasqueradeを行なう必要があるのではないでしょうか。

 また、ルールブックの表紙には赤いバラが印刷されていました。赤いバラは古くはキリスト教のシンボルでもありました。

 "Masquerade"という言葉、赤いバラ、いずれも「タイトル、あるいは表紙は全てを語っている。だが言葉で説明するのは野暮だ」と言っているように思えます。


 映画で2つ例を。

 「ゼロ・グラビディ」。原題は"GRAVITY"です。「ゼロ」がつくかどうかだけで、宇宙が怖いのか、それとも地球に落ちることが怖いのか、その印象が違うと思います。感想で「宇宙、怖い。地球に帰還できてよかった」というものをよく見るように思います。ですが、「いや、そんな生易しい内容か?」と思います。というのも:


* 音響が、かなりの部分一人称的。

* ウォッカを飲むシーン。

* エンドロール中の音声が気になる。

* Aningaaq ( http://gigazine.net/news/20131121-zero-gravity-spin-off-aningaaq/ ) は何だったのか?


 これらを考えると、「地球に帰還できてよかった」という感想に「ちょっと待ってくれ」と言いたくなります。「彼女は地球に落ちる恐怖の中で、本当に帰還したのか?」という疑問を持たざるをえないのです。

 「X-MEN: フューチャー&パスト」。原題は"X-MEN: Days of Future Past"です。「フューチャー&パスト」と並べてしまうと、原題にあった「どういうかたちであれ繋がっているけれど、過ぎ去った未来」という意味が抜け落ちてしまっています。


 ではSF小説に話を移します。

 "Neuromancer" については言うまでもないでしょう。Necromancerを語源からNecro + Mance + erと切り分け、Necroの部分をNeuroに置き換えています。それによって、「死体使い」、あるいは「死霊使い」という言葉から「神経使い」という言葉を新しく作り出しています。さらに、音に注目すれば、「ニューロマンサー」であり、「ニュー」+「ロマンス」も連想させます。「ニュー」は"New"であって「新しい」で構わないのですが、「ロマンス」は「小説」という意味があります(フランス語だとたぶん。英語でも引き継いでいるかも)。つまり「ニューロマンサー」は「新しい文学」とも、「サー」の部分まで入れれば「新しい文学を書く人」とも読めます。

 「アルジャーノンに花束を」の原題は"Flowers for Algernon"です。花束という言葉からは立派なものを想像するかもしれません。しかし作中では、言葉は忘れましたが「野の花をいくつか」というような意味でFlowersが使われています。チャーリーにとって、もはや立派な花束というものは理解の外にあったのか、そうではないのか、それは分かりません。ただ、花を添えてやってくださいという気持ちだけは残っている。与えられたものを全て失い、いや持っていたものさえ失ったのであろうチャーリーの気持ち。それはどのようなものだったのでしょう。


 このように、タイトルは作品を読む上でとても重要なものです。それだけでなく、解題によって新たに作品の意味が分かるということも珍しいことではありません。場合によっては作者が意図していなかったものさえも。その点、邦訳のタイトルはないがしろにされている感があります。(「アルジャーノンに花束を」については、訳者はキイスに確認した上で、かなり悩んだという話を聞いています。)

 まぁSF界隈ですと、作家がひねったタイトルを付けたがるだけと言えるかもしれませんが。

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