第155話 説得

 トメキア艦隊との合流。

 作戦の伝達。

 これで俺たちの戦力は、戦闘艦8隻から14隻に増強だ。

 もう、いつだって戦える。


 魔界惑星首都上空約400キロ。

 太陽の光と、惑星の赤黒い光に照らされたこの場所。

 対峙するのは、人間界惑星・魔界惑星の連合艦隊と、魔王艦隊。

 両軍とも司令官は異世界者である。

 終わったはずの戦争を、完全に終わらせるための戦いが、はじまろうとしている。


 禍々しい魔界惑星を眼下に一望しながら、俺はただ、久保田のいるスザクを見つめた。

 あっちとの距離は約150キロ。

 フェニックスならば攻撃可能な距離ではあるが、攻撃の前にやることがある。

 

 俺は司令席に深く座り、大きく息を吸う。

 そして魔力通信機に対して、一気に言葉を吐き出した。


「こちらローン・フリート司令の相坂守。久保田、話がある」


 魔力通信機を震わした俺の声は、魔力へと変換され、スザクに向かったはず。

 多少のタイムラグはあるだろうが、久保田が俺の声を聞いたのは確実だ。

 友達の声を聞いて、久保田はなんと答えるのか。

 返信はすぐであった。


《次に会う場所が戦場でないことを願う。相坂は、我のそんな願いも叶えてくれないようですね》


 俺が知っている久保田とは違い、ガルーダ艦内に響いた通信の声は、まるで氷のように冷たく厳しい。

 それでもまだ、その声には久保田の面影が残っている。

 絶望するにはまだ早い。


 しかし気になることもある。

 我という一人称、そして俺を呼び捨てにしたこと。

 あれは久保田の口調じゃない。

 間違いなく、魔王の口調だ。

 あの偉そうでムカつく、権威主義的な口調は、忘れられない。


 まあ、今は細かいことを気にしている場合じゃないな。

 作戦の第1段階をはじめないと。


「久保田、戦争はもう終わったんだ。リシャールは死に、元老院は生まれ変わり、魔族たちも戦争の終結を望んだ。もう戦う理由なんてどこにもない。これ以上に死者を増やす理由は、なにもない」

《理由がない? あなたにとっての理由がないだけ、じゃないんですか? 我には、まだ戦う理由があります》

「戦う理由?」

《新秩序の創世です》


 何を大それたことを。

 まるで魔王みたいなことを言い出すな。

 魔王なんだからしょうがないけどさ。

 

「一応聞く。新秩序ってなんだ?」

《人間と魔族の統合ですよ。魔族が魔族としての概念を自覚し、魔族として人間界を攻め立てれば、元老院や共和国など敵ではありません。元老院を倒し、人間界のリーダーを自称する輩を滅ぼし、そして人間を、共和国から解放する》

「解放だと?」

《そうです、悪しき者たちからみんなを解放する。魔族はすでに、我が悪しき魔王から解放しました。次は人間です。悪から解放された魔族と人間なら、お互いに統合し、未来永劫の平和を作り出せます》

「悪いが、夢物語にしか聞こえない」

《現実になれば、夢物語ではなくなります》


 これは久保田の間違った正義感?

 それとも魔王の歪んだ野望?

 少なくとも、現実主義的なルイシコフの考えではなさそうだ。

 ……久保田が遠い存在になってしまった気がする。


「それって、人を支配する人間を悪と断定し、それを打ち倒し、みんなで仲良くしようね、ってことだろ。確かにお前のやろうとしていることは、言葉では綺麗だ。だけど、大事なことを見落としてる」

《……何が言いたいんです?》

「人間には人間の、魔族たちには魔族たちの価値観がある。それぞれがそれぞれの価値観に従って、長い歴史と文化が、組織を作り、社会を作ってきた。お前はその価値観を、歴史を、文化を、解放とか統合とかいう言葉で全否定してるんだよ」


 絆や一致団結、統合とかいう言葉はなんとも困ったもんだ。

 ああいった言葉はときに、無意識に個人を否定する。

 その最たるものが、久保田、というよりも魔王の言った新秩序だ。

 俺はそんなの、認めない。

 

 ただし、これは説得だ。

 相手を感情的にさせず、俺が味方であることをアピールしないとならない。

 責めてばかりじゃだめだろう。


「久保田の言いたいことは分かる。みんながひとつになって、平和を享受する。良いことだよ。理想だよ。でも、理想なんだ。価値観が違えば、必ず衝突は起きる。俺とお前が、こうして対峙しているように」

《だったら、魔族と人間は永久に戦争をしていろと言いたいんですか!?》

「違う。俺も久保田と同じ理想を持ってる。だから少しでも理想に近い世界を作ろうとしてる。それは、今の元老院も同じだ。人間と魔族の完全な統合は無理でも、お互いが別々の存在であることを認めて、知恵を使い、共存する。それが今の元老院の方針だ」


 イヴァンは、リシャールにそう言った。

 リシャールは、やってみせろと笑った。

 久保田は、魔王は、どう答える。

 少なくとも、新秩序やらよりも良い方法だと思うが。


《残念です。相坂まで、元老院の犬に成り下がったんですか》


 あ~ダメだ。

 元老院という言葉が出ただけで、話が終わっちまう。

 久保田は元老院を、絶対悪と定義づけているのだから、当然と言っちゃ当然かもしれん。


 さっきの説得がダメなら、大抵の説得は意味をなさない。

 じゃあどうする。

 考えはある。

 どんな言葉も、全てが魔王のフィルターを通り、久保田に直接は届かない。

 ならば、久保田に直接届く言葉を使えば良い。


「なあ久保田、この前、リナを見た」

《何を言っているんですか?》

「リシャールが帝国を作って、リナの守ろうとしたもの全てを破壊しようとした。それを阻止したのは、グラジェロフの国民だった。そしてそのグラジェロフの国民を指導したのが、リナだったんだ」

《おかしなことを言わないでください! リナさんは……!》

「リナは死んだ。でも、リナの志は、国民に受け継がれ、生きてたんだよ。リナは命を賭して、祖国をリシャールから守ったんだよ。俺はそれを、この目で見た」

《リナさんが……リシャールを……》


 お、久保田の心が動いたか。

 良かった、まだ久保田は消えていない。

 内容がどうであろうと、彼はまだリナのことを想っている。

 これなら説得もできる。

 諦めるなよ、めんどくさがるなよ、俺。


「お前はリナの愛した世界を守りたいって言っただろ。リナを守るって言っただろ。まだリナは死んじゃいない。久保田、俺と一緒に、リナを守ってやろう」

《一緒に……リナさんを守る……》

 

 本心に従え。

 魔王ではなく、久保田の本心に。


《我は……》


 帰ってきてくれ、久保田。

 リナのためにも。


《我は……我は魔王だ! 元老院と共和国が支配する人間界に、リナさんの愛した世界などありはしない! 我が作り出す新秩序にこそ、リナさんの愛した世界はある! 相坂、くだらぬ妄想など聞きたくはありません!》


 威勢の良い久保田、いや、魔王の声。

 俺の耳には虚しく響くだけだった。

 もう久保田はいない。

 今こうして会話をしている相手は、ただの魔王だ。

 強大な力で全てを支配しようとする、そんじょそこらの魔王だ。

 ゲームからハリウッド映画まで、ごまんといる、もう飽き飽きの悪役だ。


「そうか、そうかよ」


 無意識に、乾いた笑いが出てしまう。

 こりゃ話し合いなんか通じない。

 話し合いがダメなら、その次は決まっている。

 久保田と話すためには、魔王を消し去らないとならない。


「ローン・フリート全艦、突撃の準備を。第1艦隊とトメキア艦隊は、俺たちの援護をお願いします」

「相変わらず決心が早いなあ。了解したぜ」

《説得失敗したのかよ! これだからてめえは――》

《こちらトメキア、援護は任せろ》

「アイサカ様……」


 ロミリアが心配そうな顔をしている。

 だが安心してくれ。

 俺はこういうのを躊躇するタイプじゃないのは、知ってるだろ。

 

《相坂、戦うつもりですか? 我はあなたの友達ですよ?》

「うるせえよ。誰が魔王と友達になったって?」

《この体は久保田直人です。それを攻撃するということは、友達を攻撃するのと同じです》


 ごちゃごちゃとうるさい。

 俺を舐めてんのか?


「おい魔王、友達がいないヤツにはな、それなりの理由があるんだ! ローン・フリート全艦、突撃!」


 相手は魔王。

 しかしその体は、友達の久保田。

 だからどうした?

 魔王を倒すためなら、なんだってするさ!

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