第156話 弾幕

 ガルーダのエンジンはフル稼働。

 全ての砲はスザクに向けられている。

 そして、分厚い防御壁がガルーダを包み込んだ。


《ガルーダ左舷の敵艦は私たちが止めます!》

《ダリオがそうなら、あたいは右舷を守るよ! 異世界者は安心して突っ込みな!》


 俺たちの狙いは、スザクただ1隻だけ。

 他の16隻を相手する気はない。

 だからこそ、ダリオとモニカの援護は助かる。

 当然、第1艦隊とトメキア艦隊の援護もだ。


 スザクまでの距離は約150キロ。

 エンジンをフル稼働させたガルーダならば、すぐに到着する距離である。

 同時に、敵の射程にすぐに入ってしまう距離でもある。


《薄情ですね。友達に対して攻撃を加えるなんて》

「友達なら、攻撃したって許してくれるもんだ。そうだろ久保田」

《我はそんなに――》

「魔王、お前には言ってない」


 今は魔王の言葉なんか聞きたくない。

 友達を奪ったヤツの言葉なんか、聞いたって意味がない。

 俺はただ、久保田と話がしたいだけだ。

 魔王なんかどうでもいい。


「スザクまでの距離100キロを切りました。敵艦の長距離砲射程内です」


 航海士の報告。

 長距離砲を持たないスザクを除いた16隻からの攻撃。

 敵からのビームは、そろそろ着弾する頃だろう。


 そう思った瞬間である。

 ガルーダの艦首を守る防御壁が、強い衝撃にひび割れた。

 ひび割れたとしても、魔力カプセルを使った修復のおかげで、防御壁が消えることは当分ない。

 しかし緑と紫の光の点滅が、俺たちの視界を奪う。

 前が見えない。


「敵艦がこちらに接近中! 間もなく敵艦の中距離砲射程内」


 正念場はここからだ。

 長距離砲は威力があっても、数が少ない。

 対して中距離砲は、まずまずの威力のビームが、バカみたいに飛んでくる。

 いくらガルーダの防御壁でも、油断はできない。


 敵の攻撃で前が見えなくなってから数秒後。

 俺たちの視界は一段と、光に阻まれた。

 もはや裸眼に懐中電灯を向けられているようだ。


「眩しいです……」

「ニャーム……」


 手で目を覆い、苦しそうに呟くロミリアとミードン。

 全く彼女の言う通りだ。

 敵ビームの光が強すぎて、もはや目が痛い。

 俺たちを失明させる気か?

 実はあいつら、どこぞのメン・イン・ブラックで、俺たちの記憶を消去しようとしてるわけじゃないだろうな。


 まあ、視界は光を手で遮ればなんとかなる。

 問題は防御壁だ。

 強い光でほとんど見えないが、まともに歩けそうにもないほど艦が揺れているのを見ると、防御壁へのダメージも大きいはず。


「修復が間に合わねえか……。おいアイサカ司令、馬鹿正直に真っ直ぐ突っ込むのは止めた方が良い。回避行動しながら、スザクに向かうべきだ」


 戦況を完全に察知した、フォーベックの進言。

 練れ者の言葉だ。

 俺は彼に従うべきである。


「操舵はみなさんに任せます!」

「よし! 回避行動をとりながらじりじりと進め!」


 直後、上部前方スラスターが起動、ガルーダは降下を開始した。

 おかげで敵のビームの回避に成功し、久々の平穏が艦橋に訪れる。

 ただし、その平穏も長くは続かない。

 降下を開始したところで、敵はすぐに照準を俺たちに定め、撃ってくる。

 それでも防御壁の修復ができるだけ、さっきよりマシだ。


 よく見ると、第1艦隊とトメキア艦隊の光魔法ビームが、敵のビームとすれ違っているのが見える。

 あの攻撃が、敵艦に防御壁の展開を強要しているのだ。

 結果、ガルーダに向かう光魔法ビームが減るのだから、感謝すべきである。

 村上のやってることなので、感謝の言葉を口にする気はないが。


 ガルーダの周りにはダルヴァノとモルヴァノがいる。

 すぐ後ろにはトメキア艦隊もいる。

 しかし敵は、俺たちガルーダにしか攻撃してこない。

 どうやら魔王も、標的は俺だけらしい。。

 

 早くも視線が光でいっぱいになってきた。

 次の行動を開始しないと。


「ダリオ、モニカ、これからガルーダはダンスの時間だ。付いてこいよ」

《可能な限り》

《あたいの腕の見せ所かな?》


 ガルーダのダンスは、とてもじゃないが200メートル以上の巨艦の動きではない。

 内側から景色を見ているだけでもそう思うんだ。

 外側から見たら、もはや気持ち悪いのレベルだろう。


 敵の攻撃が集中すると、ガルーダは右へ左へ、上へ下へ、縦横無尽に動き回る。

 全スラスターの繊細な操作によって行われる回避行動。

 外から見た今のガルーダは、きっと風に舞う木の葉のようなのだろう。

 第1艦隊とトメキア艦隊の援護も合わさり、防御壁に直撃する敵のビームは激減した。

 さすがはガルーダとフォーベック、長く戦場を生き残ってきただけある。


 途中までは、ダルヴァノとモルヴァノもガルーダのダンスに付き合っていた。

 ところが2隻とも、ガルーダがバレルロール、クルビット、左ひねり込みをやりはじめた頃には、諦めてしまう。

 そりゃそうだ。

 ガルーダはもう、曲芸飛行中である。

 ほとんど攻撃を受けないダルヴァノとモルヴァノが、危険を冒してそんなことをする必要はない。


 めまぐるしく移り変わる外の景色。

 魔界惑星が一定の位置に留まることはなく、常にぐるぐると回っている。

 もちろん魔界惑星が動き回っているわけではない。

 曲芸飛行中のガルーダからでは、そう見えるだけだ。


「う……ちょっと酔ってきた……」

「私もです……」

「ニャ……ニャー……」


 艦内重力装置はあっても、外の景色がこうも動き回ると、酔っちまうもんだ。

 それはロミリアとミードンも同じようである。


 俺は吐き気を催しながら、なんとか敵との距離を測定。

 向こうもこっちに向かってきているため、測定した距離に驚いた。

 敵艦とガルーダの距離は、なんと数キロしか離れていない。

 こりゃ敵艦の短距離砲の射程内じゃないか。


「敵艦が近くなってきやがったなあ。回避行動抑えろ! 敵艦にぶつけんなよ!」


 フォーベックの新たな指示。

 彼の指示はいつだって正しい。

 司令である俺の存在意義が疑われるほどにだ。

 

 敵の短距離砲射程内に入り、回避行動を抑えたためか、再び防御壁に当たるビームの数が増えた。

 それでも第1艦隊とトメキア艦隊の援護が功を奏し、敵艦の光魔法は防御壁展開に集中している。

 だからガルーダを襲うビームのほとんどが、熱魔法ビームだ。

 短距離砲の熱魔法ビームなんて、ガルーダにとっては温風みたいなもの。

 あまり気にする必要はないな。


 ただし、短距離砲ながら妙に威力の強い光ビームが、艦橋近辺の防御壁に直撃してくる。

 ビームの数も雨のように多い。

 それがどこからの攻撃なのかを確認してみたが、確認する前からなんとなく想像ができていた。


「スザクが光魔法を連射してきてるか……。魔王の魔力を使い切らせるためにも、俺たちはなるべくスザクの攻撃可能範囲に留まるべきでは?」

「そうだな、アイサカ司令の言う通りだ。じゃ、ガルーダはこのままスザクに対して挑発だ。ちょっと目の前ひらひらするだけで、カミラのヤツ、顔を真っ赤にして撃ってくるだろうよ」


 今戦闘の最終目的。

 それを達するための行動。

 とはいえ、敵はスザクだけじゃない。

 味方艦の援護は必須だ。


「ダリオ艦長、モニカ艦長、俺たちはスザクの近くでフラフラします」

《了解》

《そっちがどう動こうと、あたいたちはガルーダを守るだけだよ》

 

 援護に関して心配はない。

 俺たちは俺たちの戦いに集中しよう。


 窓の外には、飛び交うビームと敵艦の姿。 

 そして、こちらに正面を向け、俺たちを亡き者にせんと光魔法を連射するスザク。

 その他諸々の敵艦はどうでもいい。

 どうやってスザクに、魔王に魔力を消費させるべきか。

 少し考えよう。


 魔王の魔力は40万MPではあるが、スザクには魔術師も乗っているため、スザクの魔力は43万MPと見積もるべき。

 43万MPを超高速移動以外で消費させるには、光魔法ビーム連射と防御壁展開を同時に行わせるのが最良の手。

 だが、17隻もの敵艦から集中攻撃を受けるガルーダが、果たして耐えられるか?

 正直なところ、ガルーダが防御壁展開と光魔法攻撃を両立させるのは厳しい。

 ガルーダの魔力は現在38万MPと、単艦ではスザクに劣るのだから。

 

 そうなると、スザクには魔力消費量の高い光魔法ビーム連射をやってもらうしかない。

 防御壁展開の強要は、こちらの魔力消費を考えると辛いからな。

 じゃあどうやってスザクに光魔法ビームのさらなる連射をさせる?


 防御壁に回す光魔法が少なければ少ない程、光魔法ビームは使いやすい。

 しかしだからといって、防御壁展開を止めるバカはどこにもいない。

 防御壁展開を止めさせるには、防御壁自体を破る必要がある。

 もし防御壁を破られれば、やられる前にやる戦法で、必死に光魔法ビームを撃つだろうし。

 うむ、スザクの防御壁を破るべきだ。


 どのようにスザクの防御壁を破るかは、もう決めている。

 やると決めたら、すぐ行動だ。


「フォーベック艦長、スザクのすぐ近くまで移動してください」

「うん? 何が狙いだ?」

「砲弾攻撃です。砲弾でスザクの防御装置を破壊、光魔法ビームの連射を強要するんです」

「ほお、ヘッヘッへ、面白そうじゃねえか。やろうぜ」


 なんとも楽しそうに笑うフォーベック。

 無茶な作戦ではあるが、無茶な作戦ほど面白いというヤツか。

 ローン・フリートはヤバいヤツが多いね。


 さて、俺の考えた作戦は吉と出るか凶と出るか。

 仮に凶が出たとしても、そのときはそのときだな。

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