第15章 最終決戦編

第152話 変わる日常

 東の空にはとっくに太陽が昇り、暖かい陽射しが大地を照らす、天気の良い朝。

 目を覚ました俺は、あくびを抑え、目をこすりながらベッドを下り、背伸びをする。

 ここはロミリアのお父さんの部屋である。


 予定よりも起きるのが遅かったのに気づいた俺は、そそくさと着替えをはじめた。

 いつもと同じズボンを履いて、いつもと同じシャツとジャケットを着る。

 一般的な共和国艦隊司令の格好。

 ファンタジーもへったくれもない服装。

 異世界者にはお似合いだ。

 

 着替えを済ませ、廊下へ出ると、いい匂いが俺の鼻をくすぐった。

 うむ、腹が減ってきたぞ。


「おはよう」

「おはようございます、アイサカ様」

「朝食、冷めてしまう前にどうぞ」

「ニャニャー」


 ダイニングでは、ロミリアとお母さん、ミードンが朝食を食べている最中であった。

 3人分と1匹分の食事。

 アットホームな雰囲気の朝食なんて、久々に見る光景だな。

 しかし、やはり起きるのが遅かったのか、俺が朝食を食べはじめた頃にはもう、ロミリアは朝食を食べ終えてしまっている。


「お母さん、畑の管理、1人で大丈夫?」

「心配しなくても大丈夫よ。4月の種まきまでには間に合うわ」

「任務が終わったら、手伝うね」

「ありがとう」


 笑顔を浮かべるお母さんだが、ロミリアは晴れない表情。

 さすがにあの広い畑を、お母さん1人に任せるのは辛いんだろう。

 本当なら、スチアたちも派遣してお母さんを助けてあげたいところだ。

 でも俺たちには、やらなきゃいけない任務がある。


 朝食は、そのあまりの美味しさに、あっという間に平らげた。

 最後には紅茶を飲み干し、平穏な日常に区切りをつける。

 

「ごちそうさま。ロミリア、小型輸送機は?」

「そろそろ到着する時間です」

「分かった」

「アイサカ様、もう準備はできています。いつでも出発できますよ」

「じゃ、外で待っててくれ」

「はい」


 実のところ、俺はまだ準備ができていない。

 だからロミリアが家を出ると、俺は慌てて寝ていた部屋に戻り、出発の準備を整える。

 ところが、妙に頑固な寝癖がいつまでも直らず、俺の焦りは大きくなる。

 最終的に水魔法と風魔法を駆使して誤摩化した。

 あとは剣を腰にさし、コートを着て準備完了。

 忙しい朝だよ、まったく。


 ようやく準備を終え、家を出てロミリアのもとに向かう俺。

 空には小型輸送機の機影が、ぼんやりと見えている。

 ギリギリ間に合って良かった。


「準備、大変そうでしたね。寝癖は直ってますよ」

「……バレてたか」

「あんなに焦っていれば、イヤでも分かっちゃいます」


 きっとロミリアは、俺の心を読もうとして読んでいる訳じゃないだろう。

 単に俺の心の独り言が多すぎるだけだ。

 聞きたくもない独り言、ロミリアは聞かされているのである。

 なんか、ごめん。


 そんなこんなしている間に、小型輸送機が着陸してきた。

 雑草は揺らされ、土ぼこりが舞い上がり、ロミリアの髪がなびく。

 目の前に着陸した小型輸送機は、側面ドアが開かれ、俺たちを招いていた。


「お母さん、行ってくるね」

「いってらっしゃい。アイサカ様、娘をよろしくお願いします」

「任せてください」


 娘の独り立ちを見送るお母さん。

 彼女は、小型輸送機のドアが閉められ、地上を離れてもなお、娘を見つめ続けた。

 それに対しロミリアは、ほとんど振り返ることもなく、俺と共にいる。

 ロミリアの日常は今、変わった。

 これからは、ローン・フリートにいる時こそが、ロミリアの日常なのである。


 地上を遠ざかり、小さくなるロミリアの実家。

 向かう先はガルーダ。

 俺は異世界者として、異世界者の成すべきことを為すまでだ。

 

 ガルーダに向かう間、俺は久保田のことを考えていた。

 彼はなぜ魔王になる道を選び、魔王として振る舞っているのか。

 何を目指しているのか。

 考えたって答えは出ないが、ともかく考えていた。

 

 そもそも、久保田の原動力はリナだ。

 リナを愛し、リナが愛した世界を守ろうと、久保田は暴走している。

 しかし肝心のリナと一緒にいた期間は、たった1ヶ月。

 1ヶ月の間に何があったかは知らないが、久保田はリナのことで熱くなり過ぎじゃなかろうか。

 恋愛関係に疎い俺は、ふとそんなことを考えてしまう。

 

 だがもう少し考えれば、納得した。

 たった1ヶ月の関係で熱くなり過ぎ、というのは間違いだ。

 たった1ヶ月の関係だからこそ、熱くなったのだろう。

 お互い理想的な部分しか見えていなかったからこそ、リナを失い、久保田は狂った。

 そこに正義感とアダモフの感情が合わさり、暴走した。

 悲劇だな。


 つうか、俺と久保田だって、一緒にいた期間は短い。

 それにもかかわらず俺は、これほど久保田のことを、親友として考えている。

 人間関係は長さより、深さが大事なのかもしれん。


 ここ最近の久保田の動きは、久保田ではなく魔王の魂の意思だろう。

 ジョエルによると、魔王の魂は魔王の体に優先し、その魔力が魔王の体の意思を支配するらしい。

 きっと、久保田は魔王に呑まれている。

 久保田は魔王の支配下で、一体何を想っているのだろうか。


 分からないのはルイシコフだ。

 俺はルイシコフのことを詳しくは知らない。

 だから、彼が何を考え、何を目指しているのか、想像すらできない。

 辛うじて分かるのは、ルイシコフがリナを愛し、ルイシコフが久保田の使い魔であることだ。

 主人の最大の理解者である使い魔は、魔王の味方はしないはず。

 なら今の彼の立場は、なんなのだろうか……。


 考え事をしながらも、俺は窓の外を見る。

 どうやら小型輸送機は、港のすぐ上空までやってきたようだ。

 多くの船がごった返す港には、他とは明らかに違う3隻の船が混ざっている。

 ダルヴァノ、モルヴァノ、そしてドックから出されたガルーダの3隻だ。

 我が家が、待っている。


 ガルーダの後部格納庫に着陸し、俺たちは小型輸送機を降りた。

 ここで、本来は艦橋まで続くはずだった考え事が途切れる。

 理由は簡単。

 意外な人物が俺たちを待っていたのだ。


「リュシエンヌさん!? どうしてここに?」

「ニャニャ?」


 先に小型輸送機を降りたロミリアが驚きの声を上げるが、俺だって驚いた。

 なぜリュシエンヌが、フェニックスではなくガルーダにいるのか。

 当然の疑問への答えを待つ俺たちだが、リュシエンヌは質問に答えられる状態じゃない。

 

「ロミリアと……ああ、我が天使のミードン様……そのモフモフを……私に……!」

「おいロミリア、ミードンを隠せ」

「そ、そうですね」

 

 リュシエンヌには刺激の強すぎるミードンは、ロミリアが服の中に隠した。

 見た目はえらくカッコいいリュシエンヌの、唯一の女らしさである可愛いもの好きは、困ったものだ。

 ミードンが見えなくなると、リュシエンヌは一瞬で、女騎士の顔に戻る。


「で、なんでリュシエンヌさんがここに?」

「ムラカミ殿のご意向だ。クボタ殿を救うには、私の力が必要だろうと」


 あの村上が、俺のためにリュシエンヌを寄越しただと?

 にわかには信じられん。


「本当にそれが理由で? どうせ、『相坂だけじゃ久保田解放なんて無理だ』とか言ってたんじゃ――」

「ア、アイサカ様!? その声真似は、ムラカミさんに失礼では……」

「うう……アイサカ殿にはお見通しか……。その通りだ。なぜムラカミ殿は、これほどまでにアイサカ殿を嫌うのだろう……。使い魔として謝罪する」

「え? あ、謝罪なんかいりません。俺も村上は嫌いだし」

「アイサカ様! 言葉を選んでください!」


 異世界者の使い魔は大変だね。

 ロミリアもリュシエンヌも、主人にヒヤヒヤしっぱなしだ。

 まあ、理由はどうあれリュシエンヌがいてくれるのは助かる。

 

 話もそこそこに、俺とロミリア、ミードンは艦橋へと向かった。

 目の前に広がるいつもの艦橋。

 真面目な乗組員たちと、渋いのに不真面目な艦長が揃うこの部屋。

 そこにあくびばかりする司令と、ハイスペックな使い魔、癒し要素のネコが加われば、俺たちの家の日常風景が完成する。

 

「ようアイサカ司令に嬢ちゃん。昨日はゆっくり休めたか?」

「まあまあですかね」

「私は、ゆっくり休めました。もう、自分のやるべきことに迷いはありません」

「そりゃ頼もしい。そういやブラウンが言ってたぜ。ジェフが担当した重力装置を囲む壁。就役から16年近くが経つが、ほとんど直す必要がなかったそうだ。良い仕事だぜ」

「……私のお父さんが作ったんです。当たり前です」

「ヘッヘッへ」


 あのロミリアが、なんだか自信満々だ。

 やはりお父さんのことになると、彼女は明るいな。

 父親の死を受け入れ、乗り越え、こうして笑顔で、父親の話ができるとは。

 ロミリアは本当に強い子だ。


 俺も強くならないと。

 魔王を倒し、久保田を救う。

 俺が弱いままじゃ、そんなことできやしないからな。

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