第151話 帰宅
アストンマーティンに揺られ、ロミリアの実家へと向かう道のり。
俺たちはすでに、フォークマスを囲む壁を通り過ぎている。
ロミリアの実家は想像していたより遠いようだ。
時間は昼近く。
フォークマスの店で買ったサンドイッチらしきものを、俺は頬張っている。
ロミリアとお母さんも同じだ。
ただし、ロミリアたちと俺とは、決定的な違いがある。
「ドラゴンって、凄く強い魔物で有名でしょ。そんなドラゴンが、ヴィルモン城を襲ったことがあるんだ。でも、アイサカ様たちがそれを倒したの」
「え!? 伝説にもたくさん出てくる、あのドラゴンを!?」
「うん! しかもアイサカ様は、魔法を3発放っただけで、ドラゴンを動けない状態にしたんだよ!」
「それは凄いわね! 異世界者様は、本当に強いのね」
「他にもね――」
実家に向かう最中、黙り込む俺と違って、ロミリアはお母さんとの会話に夢中だった。
彼女は今までの出来事、体験を、まるで冒険談のように話しているのだ。
それに対して、お母さんの反応のほとんどは驚き。
人魔戦争の裏側の話が中心だから、知られざる情報もあったりするし、お母さんが驚くのも当然だろう。
俺的には、ロミリアが話を盛ってるようにも感じるが。
ヴィルモン城のドラゴンは、スチアとリュシエンヌが倒したんだ。
俺は村上と低レベルな喧嘩を繰り広げていただけ。
まあ、それをそのまま説明されてもイヤだから、盛ってくれてありがたいけど。
それと、ロミリアの話はだいたい、俺を褒める。
だから彼女の話を聞いていると、ちょっと照れるのだ。
しばらく遠くでも見ていよう。
辺りを見渡せば、畑しかない。
振り返ればフォークマスの街並も見ることができるが、この場所には、何もない。
たまに作物を乗せた馬車とすれ違うことがあるが、人と会うのはその時ぐらいだろう。
でも、そのたまにすれ違う人たちが、みんな優しい笑顔で、親しみのある挨拶をしてくれる。
他人はすれ違うものでしかない都会とは大違いだ。
それに、畑しかないということは、それだけ邪念も少ない。
ロミリアの故郷は、良いところだな。
ロミリアのどこか人見知りで、だけど溢れ出るような優しさ、そしていざとなったときのたくましさ。
彼女の故郷を見て、納得した。
ここで、あのお母さんに育てられて、悪い娘になるはずがないし、なりようがない。
東京というごちゃごちゃした、冷たい街で育った俺のように、愚痴まみれになることなんかあり得ない。
何もない平穏な故郷で、母親と談笑するロミリア。
そんな彼女を見て、俺は彼女が自分の使い魔であることを忘れてしまっていた。
これほどまでに人間らしいロミリアだが、彼女は完全な人間ではないのだ。
人間の形をした、ただの魔力なのだ。
彼女が人間として、人間らしく振る舞えるのは、俺がいるからと言っても過言ではない。
一方で、俺も彼女がいなければ、召還された時点で死んでいたはず。
やはりロミリアは俺にとって、大事な存在なのである。
人間界惑星の田舎に生まれ、田舎で育った、優しくたくましい少女。
地球の都会(の近辺)で生まれ、都会で育った、愚痴ばかりのボッチ男。
交わりようがなかった俺たちだが、今ではお互い、なくてはならない存在に。
不思議だ。
ロミリアの話を聞きながら、アストンマーティンは進み続ける。
変わることのない景色にようやく変化が訪れたのは、フォークマス出発から1時間以上が経過した頃だ。
遠くの方に、こじんまりとした家が見えてくる。
その家は、藁でできた三角屋根の2階建て。
白く塗られた土壁と、控えめな装飾が特徴的な、可愛らしい家。
家族の帰りを待ち続ける、少し古くて、暖かな家。
あれに似た家を、俺は知っている。
マグレーディにて、ロミリアがお母さんのためにと見つけ出した、あの家だ。
「アイサカ様、あそこが私たちのお家です」
さっきまで会話に夢中だったロミリアが、俺の方を見てそう言った。
そうか、あれがロミリアの実家なのか。
マグレーディの家とそっくりだな。
アストンマーティンを家の前に停め、まずはロミリアとお母さんが家に入る。
俺は荷物のチェックだ。
「ただいま」
家の玄関から聞こえる、約10ヶ月ぶりの帰宅となるロミリアの言葉。
声を張るわけでもなく、呟くようなその口調。
表情までは見ることができなかったが、それだけでも、彼女がどれだけ喜んでいるかが窺い知れる。
しばらくぶりに、ロミリアの日常が帰ってきたのだから。
荷物を持って、俺も家の中に入った。
まずは玄関、そしてもう1枚のドアをくぐると、リビングが広がった。
さすがに10ヶ月も放っとかれた家は、埃まみれになってしまっている。
家具はそのまま、食器や衣服も置かれた状態なのは、ロミリアたちが慌てて避難したことの証明だろう。
10ヶ月の時が流れてはいるが、この家の時計の針は、止まったままだったのだ。
「お母さん、畑が大変なことになってるよ」
「あら、本当だわ」
ロミリアの言葉に興味を持ち、外を見てみた俺は、驚いてしまった。
畑が雑草まみれになり、ほとんど草原になっていることへの驚きではない。
その畑の広さだ。
どこまでがポートライト家の畑かは分からんが、少なくとも、田舎のモールの駐車場ぐらいはあるんじゃないか?
「これは大変な作業になりそうね。でもロミー、今日は夕食までに、できる限り家の中を片付けましょ」
「うん、そうだね。アイサカ様、ミードン、手伝ってくれますか?」
良かった、あの広大な畑の雑草処理なんて、やりたくないからな。
家の掃除ぐらいなら、もちろん手伝うさ。
なあ、ミードン。
「ニャーー!」
「当然、手伝う。さ、大仕事のはじまりだ」
この先の苦労は、凄まじいものであった。
俺は知らなかったのだ。
わずか数時間で、10ヶ月も放置された家を住めるようにする、その苦労を。
何より、ロミリアとお母さんが、絶望的に掃除が苦手だったことを。
まずは有り余る魔力を使って水魔法を使い、雑巾を濡らし、ロミリアたちが埃を拭く。
だがロミリアたちの作業はやたらと遅く、結局は俺が、重力魔法を使って天井の埃まで落とした。
埃の3分の2は、俺が掃除したんじゃなかろうか。
次に、散らかる食器や衣服の片付けだ。
埃を払い、元の場所に戻すを繰り返すだけの作業。
しかしこれもまた、ロミリアたちは作業が遅い。
ミードンに至っては、遊んでいるだけだ。
なんやかんやとこれも、俺がそのほとんどを終わらせた。
その後は2度目の雑巾がけ。
どうせほとんど俺がやるんだろうと諦めた俺だが、実際にそうなった。
最後に風魔法で小さな埃を外に出すのだけは、ロミリアがやってくれたので良かったが。
いやはや、こんなところでハイスペックロミリアの欠点を見るとは。
まあ、その方が良いのかもしれない。
変にハイスペックなよりは、欠点がある方が、ロミリアも少しは気が休まるだろう。
それに何より、ロミリアとお母さんには、料理という特技があるじゃないか。
掃除を終え、日が沈みはじめた頃、ロミリアとお母さんは夕食作りに移行した。
決して広いとは言えぬキッチンにて、一緒に食事を作る親子。
統制の執れた動きに素早い作業。
さっきまでの掃除がウソみたいだ。
夕食が完成し、3人と1匹で食卓を囲んだのは、もう日が沈んだ後だ。
ランプと光魔法に照らされたダイニングで、夕食を食べ、談笑する俺たち。
まるで家族だな。
2人が作ってくれたのは、シェンリン料理とガーディナ料理。
肉や野菜の炒め物とスープ、それに石釜で焼いたパン、飲み物は紅茶だ。
見た目だけでも美味しさが十分に伝わるこの夕食。
実際に食べると、その美味しさにフォークやスプーンが止まらない。
ガルーダの調理人をクビにして、2人に任せたいくらいだ。
食事の途中、ロミリアがフォークやスプーンを置いた。
置いてからすぐに、お母さんの目を見て、笑顔で口を開いた。
「お母さん、私、アイサカ様と一緒に約束を果たしたよ。戦争が終わって、悲しむ人たちを助けられた。これ以上悲しむ人たちも、増えないはず」
はっきりと、そう言ったロミリア。
きっと、彼女が俺の使い魔になる前に交わした約束なのだろう。
それが果たせたことを、今この場で、報告したのだ。
しかしロミリアのお母さんは、首を横に振って、おもむろに言う。
「ロミー、まだ約束は果たしてないわよ」
「え?」
「悲しむ人たちを助け、増やさないためには、これからもずっと戦わなくちゃいけない。ロミーはアイサカ様と一緒に、自分のやるべきことをやりなさい。それに――」
「それに?」
「あなたの隣に、まだ悲しむ人がいるわ。アイサカ様を、支えてあげなさい」
どうやらロミリアのお母さんには見抜かれていたようだ。
久保田との戦いを前にする、俺の心の本音を。
「それにしても、こうして3人で食卓を囲むのは久しぶりね。ミードンも含めれば4人かしら」
ふとお母さんがそんなことを口にした。
3人とは言っても、1人は俺である。
それはつまり、俺がポートライト家の家族に迎え入れられたということだ。
「あの、アイサカ様、これからもよろしくお願いします。私はアイサカ様の使い魔として……いえ、家族として、ずっとアイサカ様をお手伝いします」
お母さんに続いた、ロミリアの言葉。
約束を果たすためにも、俺という家族のためにも、ロミリアは俺を支えてくれると、再度宣言してくれた。
なんてこったい。
人間界惑星に、新たな家族ができたようだ。
「ロミリア、こちらこそよろしく。今後も俺の愚痴聞く羽目になるだろうけど、頑張れよ」
「またそんな冗談を……。でも、それがアイサカ様ですね」
「ニャニャ! ニャーニャ!」
俺は1人じゃない。
ボッチでもない。
俺にはロミリアがいる。
彼女が俺を支え続けてくれる。
明日になれば、俺たちは久保田と戦わないとならない。
でも問題ない。
俺とロミリアの日常は、ただ平和に飯を食うことじゃない。
悲しむ人たちを増やさないために、戦い続ける、それが俺たちの日常。
お互いに望んでそうなったわけではないが、今はお互い、それを望んでいるのだ。
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