第150話 フォークマス

 久保田との対決を前に、ガルーダの壊れた中距離砲を修理しなきゃならない。

 ところが共和国艦隊本拠地は、何十隻もの軍艦の修理に大忙し。

 部品もほとんどないそうだ。

 

 だが1カ所だけ、ガルーダの修理が可能な街があった。

 世界最高峰の造船技術が集う、技術者の街。

 ガーディナに所属する自治領であり、俺の初任務の場であり、ロミリアの生まれ故郷。

 フォークマスだ。


 3月14日、ガルーダは、フォークマスで一番大きなドックに着陸した。

 ここはガルーダが作られた場所でもある。

 そのため、艦の構造を熟知した技術者も多く、修理は1日ありゃ十分らしい。


 しばらくして気づいたのだが、このドック、ロミリアのお父さんが働いていた場所だ。

 つまり、お父さんが亡くなった地でもある。

 ロミリアは大丈夫だろうかと思い、彼女の方を見るが、彼女は平気そうだ。

 むしろ、お父さんの仕事場が完全復帰していることに、嬉しそうな表情をしている。


 修理のはじまったガルーダから、俺たちは外に出た。

 奪還作戦を行った、5月28日以来のフォークマス。

 俺の記憶の中にある、あの暗い街と比べると、今の方が何倍も綺麗だ。

 復興はほぼ終わったようで、魔界艦隊に破壊された港は、多くの船が賑わう明るい場に。

 街並も、陰鬱とした雰囲気は一切なく、技術者たちの活気で溢れている。

 魔族や騎士団もいなければ、死体の山もありはしない。

 これがフォークマスの、ロミリアの故郷の姿なのか。


 外に出て一番最初に出会ったのは、懐かしい人であった。

 懐かしすぎて、誰なのか思い出せない。


「お久しぶりです。ブラウンです。覚えていらっしゃいますか?」

「ああ、ブラウンさんですか」


 ええと確か、フォークマス奪還作戦後、ロミリアのことを知っていた技術者だっけ。

 そうだそうだ、ロミリアのお父さんの知り合いだ。


「お久しぶりです、ブラウンさん」

「おやおや、ロミーちゃんじゃないか! やっぱりお母さんに似て美人さんだね」

「あ……ありがとうございます」

「娘に手を出したら、夫の幽霊が怒るわよ」

「怒りだしたジェフは手がつけられねえからな……って! 奥さん!」


 久々の再開に、ブラウンのテンションがうなぎ上りである。

 実は今日、せっかく故郷に帰るのだからと、ロミリアのお母さんも連れてきたのだ。

 お母さんも懐かしい光景に、感慨深そうである。


 どうやらブラウンは、ロミリアのお父さんの古い親友らしい。

 家族ぐるみの付き合いもあるようで、ロミリアやお母さんとも親しげだ。

 孤立しがちなロミリアにも、こうやって自分の住む世界があるんだな。

 良い絵じゃないか。


「ところでポートライトさん、実はヤン商店からお届け物があるんだよ」

「え? 何かしら?」


 しばらく過去を懐かしんでいたブラウンが、思い出したようにそう口にする。

 だがロミリアのお母さんに、届け物の心当たりなどない。

 つうかヤン商店なら、俺の方に心当たりがありそうなもんだけどね。


「あの馬車が届けられてな、是非使ってくれと」

「……あ、あの馬車!」

「ニャァァーー!!」


 キョトンとするお母さんとは対照的に、目を丸くし、馬車を指差すロミリア。

 ミードンに至っては、大声を上げながら馬車に駆け寄っていく。

 そこで俺も馬車の方に目を向けると、ロミリアの言いたいことが分かった。


 2頭の馬がつながれた、それほど大きくはない幌馬車。

 しかし妙に頑丈そうな車輪。

 幌には、この世界に存在しない文字が、黒いペンキで目立つように書かれている。

 文字の内容は『BMT216A』。

 間違いない、あれはアストンマーティンだ!

 ヴィルモン王都の激しい馬車チェイスでお世話になった、司令カーだ!


 まさかの代物の登場に、俺の頭の中では、某有名スパイ映画のテーマが鳴り響く。

 ヴィルモン政府に押収されたアストンマーティンだけど、盗難品として無事にヤン商店に返されたのか。

 いやあ、なぜだか嬉しい。


「ロミー、あの馬車を知ってるの?」

「うん。前に任務の関係でヤン商店からもらって、乗ったことがあるの」

「へえ~。じゃあ、ヤン商店が返してくれたのかしらね」


 返してくれたとお母さんは言うが、届け先はお母さんらしいじゃないか。

 どういうことなのだろう……。


「異世界者様、あなたに、ヤン商店の方から手紙を預かっています」

「どなたからです?」

「さあ……。ただ、男の俺でも惚れてしまいそうな、美しい男性でした」 


 ブラウンのその感想で、誰からの手紙なのかはすぐに分かった。

 アストンマーティンと美しい男性ならば、答えはもう決まっている。

 つうかそいつ、男じゃない。 

 俺はブラウンから手紙を受け取り、ロミリアと一緒にその内容に目を通した。


 手紙を書いたのは、やはりヤン=リンシャ、つまりヤン姉である。

 内容は簡単。

 〝泥棒〟から取り返した馬車を、ヤンから聞いた優しい女性ロミリアのお母さんにプレゼントするというのだ。

 さすがはヤン姉、嬉しいサプライズを用意してくれたもんだ。


「どうやらこの馬車、俺の友人からロミリアのお母さんへのプレゼントらしいです。かなり良い馬車なので、安心して使ってください」

「アイサカ様の言う通りだよ。私もお世話になった馬車だから」

「2人がそう言うなら、とても良い馬車なのね。大事に使わせてもらうわ」


 最初は困惑しながらも、ロミリアと俺の言葉に、お母さんも安心した様子である。

 彼女はすぐさまアストンマーティンのもとに歩み寄り、乗り込んだ。

 

「あら、荷物置き場はちょうど良い広さね。農作物や農具がたくさん置けそう」


 そういや、その荷物置き場にはいろいろあったな。

 血まみれの村上が入った箱を置いたのも、騎士と戦ったのも、俺が頭をぶつけまくったのも、その荷物置き場だ。

 ……あんまり綺麗な思い出じゃないぞ。

 これは言わない方が良さそうだ。

 その荷物置き場には血が染み込んでるかもしれませんなんて、口が裂けても言えない。


「近くで見ると、立派な馬だわ。車輪も溝入りのサスペンション付きだし、悪路でも平気そうね。この馬車、結構なスピードが出るんじゃない?」


 おお、お目が高い。

 伊達に何十年も畑仕事をしているお母さんじゃないな。

 アストンマーティンの凄さを短時間で見抜くなんて、多くの馬車を見てきた証拠だ。

 お母さんがこれなら、ロミリアがやたらとうまく馬車を操ってたのも理解できる。


「その馬はサルローナ産の馬なんだって。手綱のちょっとした動きでも――」


 アストンマーティンに喜ぶお母さんを見て、ロミリアもまた、嬉しそうだ。

 彼女はお母さんに、懐かしい馬車の詳細を教えている。

 ヴィルモン王都を駆け抜けたロミリアにとって、その扱いは誰よりも知っているはずだ。

 自分の知ることをお母さんに教える娘、それを熱心に聞くお母さん。

 親子の時間を、俺が邪魔するわけにはいかない。


「よう、元気してたか?」

「フォーベック艦長! ご無沙汰しております!」


 遅れてやってきたフォーベック。

 だが彼の話し相手はブラウンであり、俺ではない。

 暇だな。


 特にすることもなく、俺はフォークマスの街並を眺めた。

 職人の街と言っても、職人自体が人それぞれ、大きく違う。

 力仕事を中心とするマッチョな職人もいれば、設計図を抱える神経質そうな職人もいる。

 多種多様な人間が揃えば、街並も鮮やかになり、活気に溢れるのだな。

 前回ここに来たときは夜、しかも戦闘の直後だった。

 あのときは泣いていたロミリアも、今はお母さんと笑顔を浮かべている。

 悲しむ人の数は、今の方が圧倒的に少ない。


 確か俺は、このすぐ近くで決意したんだった。

 これ以上に悲しむ人たちを増やさないために戦う、と。

 今思うとあれって、ロミリアの意識が混ざった結果の決意な気がする。

 あの決意は、ロミリアの決意だったのかもしれない。


 ぼうっと考え事をする俺。

 そんな俺に、ロミリアのお母さんが話しかけてきた。


「アイサカ様、私とロミーは家に帰る予定ですけど、ご一緒しませんか?」

「え? 俺が?」


 フォークマスはロミリアの故郷。

 当然だが、故郷には住んでいた家がある。

 だからロミリアとお母さんには、1泊でも家に帰れるよう手配しておいたのだ。

 せっかくの時間なのに、俺なんかが一緒で良いのだろうか……。


「たぶんロミーも、その方が喜ぶと思います。あの子にとって、アイサカ様は家族の一員みたいなものですから」


 そこまで言われると、断るわけにもいかないな。

 どうせ暇だし。


「いいんじゃねえのか。たまには嬢ちゃんを喜ばせてやれよ」


 フォーベックにまで勧められてしまった。

 こうなりゃ答えは決まったも同然。

 

「分かりました」


 俺と出会う前のロミリアが、どこでどのような生活をしていたのか。

 人の過去を詮索しない俺にも、それを知るときが来たようだ。

 まあ、いつかは知らないといけないことだったし、ちょうど良いだろう。

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