第149話 異世界者の戦いは続く
リシャール=ヴィルモン。
王として、内政、外交に優れた能力を発揮し、ヴィルモン王国を強国に育て上げた男。
彼は共和国を滅ぼし、戦争を継続しようとした、希代の極悪人として、首をはねられた。
3月12日、正午のことである。
処刑されたのは、リシャールとその長男の2人。
リシャールの直系一族は追放が決定された。
一方で、新たなヴィルモン王に就任したのは、リシャールの甥である。
ヴィルモン国民を統治できるのは、ヴィルモン家であるという元老院の判断だ。
翌日の3月13日。
終戦条約調印式の準備が着々と進むこの日。
俺はロミリアやヤンと共に、元老院ビルの最上階で外を眺めているところだ。
この場にはもう1人、少女がいる。
リシャールの孫、ルミア=ヴィルモンである。
元老院ビルは高さ253メートル。
地球では大した事ないが、人間界惑星では最も高いビル。
その最上階からは、ヴィルモン王都だけでなく、その向こうの湖までも見渡せる。
一面に広がるファンタジー世界。
それを地球人が、地球文明の建物から見下ろす。
俺とこの世界の間には、やはり壁が横たわるのだろうか。
「ルミアさん、今日はどうしたんですかぁ?」
「追放前に、おじいさまのことで聞きたいことがあるの」
まだ12歳だというルミアは、しかし堂々と、〝ポーカーフェイス〟を崩さない。
対してヤンも、軽い笑みを消したりはしない。
何とも言えぬ緊張感が、その場を支配していた。
「聞きたいことですかぁ……。答えられることなら、答えますよ」
「なら聞く。おじいさまが帝国を作り上げ、共和国を滅亡の淵まで追いつめ、戦争の恐怖を示さないと、人間界は結束できなかった。ヤン軍師はそれを知っているから、わざとおじいさまに、帝国を作る隙を与えた。そうでしょ?」
「さあ? どうでしょうかねぇ」
「とぼけるということは、そういうことなのね」
驚いた。
12歳の子供が、そんなことまで分かっているのか。
さすがはポーカーフェイスおじさんの孫、ポーカーフェイス少女である。
似てるのは口調だけではないようだ。
「何もかもが、ヤン軍師の計画通り。今の状況は、全てあなたが作り出したもの」
ルミアの言葉、俺も思った。
帝国を倒すための戦いは、全てヤンの手の平で行われているような気がした。
自分の性別すらも曖昧にする商人の息子が、この世界を動かす。
下手すると、ヤンはスチア以上に怖い人間なのかもしれない。
ところが肝心のヤンは、小さく溜め息をついている。
「いいえ、そうでもないですよぉ。むしろ計画通りではありません。ボクの計画では、帝国との戦いの犠牲者は少なくとも数万人、戦いの期間も3か月と見てましたから。まさか、人間界の皆さんがこんなに勇気を持って立ち上がってくれるなんて、驚きです」
さらっと恐ろしいことを口にしたヤン。
なんと、彼の計画では多くの犠牲者が生まれる、長い戦いがはじまるはずだったのか。
セルジュの呼びかけが、ヤンの計画を〝狂わせた〟おかげで、少ない犠牲で、短期間に帝国が打破されたと。
「世の中、人間の動きは最後まで読み切れません。ルミアちゃんのおじいさんだって、そうですよぉ。リシャール陛下の計画は完璧でしたが、人間の心までは動かせなかった。計画が良い方向に動くか悪い方向に動くかは、いつだって未知数です。そんなもんです」
可笑しそうな笑みを浮かべ、これだから楽しいと言わんばかりのヤン。
ルミアは少し困ったような顔をして、さらに質問を重ねる。
「じゃあ、最後に。おじいさまはきっと、私たちも処断しろと言ったはず。なのに何で、私たちを殺さないの? 将来の敵になり得る人間を、何で生かすの?」
「言ったじゃないですかぁ。人間の動きは最後まで読み切れないんです。元老院としては、ヴィルモン国民の希望を叶える形でルミアちゃんを救った。でもボクとしては、ルミアちゃんの未知数な部分に、ちょっと期待してたりするんです」
「良い方向に動くか悪い方向に動くか、分からないはずではないの?」
「ええ、ですから対策も打ってあります。でもパーシング陛下は、良い方向に動くと確信してるんですよぉ。彼の人を見る目は確かです。特に女の子に関してはねぇ」
「…………」
冗談なのか本気なのか、それすらも分からない。
まるでパーシングの女好きがルミアを救ったようだし、彼の人を見る目がルミアを救ったようにも見える。
まるでヤンのテキトーさがルミアを救ったようだし、彼の綿密さがルミアを救ったようにも見える。
食えないヤツらだ。
もう聞きたいことはなくなったのだろう。
ルミアはヤンに小さくお礼をして、部屋を出て行ってしまった。
彼女が俺と会話をすることは、一度たりともなかった。
おじいさんを打ち負かした異世界者とは、話をしたくないのだろうか。
単に話すことがなかったのだろうか。
「ルミアさんはまだあんなに小さいのに、おじいさんとお父さんを失いました。これから先、大丈夫なのでしょうか……」
「大丈夫だろ。リシャールの孫だぞ」
「それが心配なんです……。誰か彼女を支えられる人がいるといいのですが……」
優しいロミリアは、さっそくルミアの心配だ。
言っておくが、俺はルミアを支える気はないし、向こうだってそれは御免だろう。
それに彼女なら、自分を支えてくれる人間ぐらい自分で見つけるさ。
ほとんど話をしたことはないけど、ルミアが強い子、むしろ怖い子なのは、雰囲気で分かる。
ルミアが帰っても、俺は変わらず外の景色を眺め続けた。
なんだか、こうしていると落ち着くのだ。
ガルーダかマグレーディに長く居続けたせいで、高い所が落ち着く体になってしまったのだろう。
後ろからは、ロミリアとヤンの親しげな会話が聞こえてくる。
それから数分後だった。
ある1人の男が、青い顔をして部屋に入ってくる。
男は人間ではない。
トメキアが終戦条約調印式の準備のために寄越した、エルフ族の男だ。
なぜ彼が、青い顔をしているのか……。
「どうしたんですかぁ?」
「こ、これを見てください!」
エルフの男がヤンに渡した、1枚の紙。
俺はヤンの後ろから、それを覗き見してみた。
『 我は異世界者、久保田直人、新魔王である。
我は魔族の力を信じ、その力を発揮させ、世界に秩序をもたらすため、新魔王となった。
そう、魔族。
魔界惑星に住まう種族たちは、互いに距離を置き、別個の存在として生きてきた。
故に魔族という同一種族としての概念は薄い。
だが! 人間であった我は思うのだ!
魔族という概念がないからこそ、魔族は結束できず、人間に勝てぬのだと!
では、魔族が結束すればどうなる?
魔族は人間よりも遥かに強く、賢い存在だ。
ならば魔族が魔族として集えば、魔界惑星だけでなく、人間界惑星をも支配し、新たな秩序を生み出すことができる!
我らは魔族だ、1つの集団なのだと志す者は、我に付いてこい!
我と共に魔界惑星を、人間界惑星を支配し、新たな秩序を生み出すのだ!
人間などという愚かな生物を、魔族が超えるのだ!』
魔族の言語で書かれた、そんな言葉。
決起を促すその内容。
こんなものを本当に、久保田が書いたのだろうか。
「魔界の各種族に送られた檄文です。トメキア様によると、ほとんどの種族は、その檄文を無視、終戦条約に向けた準備を進めるとのこと。ところが、魔王親衛龍族隊や一部の青年将校が呼応し、人間界惑星への攻撃を計画しているとのこと」
いつだってどこでだって、血気盛んなバカはいるもんだ。
戦争は終わりだというのに、まだそれに抗うヤツらがいるなんて……。
しかも、久保田がそれを集めた。
クソ……頭が痛くなってきた……。
「相手の勢力はどのくらいなんですかぁ?」
「魔王クボタのスザクを中心に、8隻の軍艦が主力となっています。ただ、他に9隻もの軍艦が奪われたため、17隻が人間界惑星に向かうかと……」
「参りましたねぇ。帝国の残党がいるかもしれない現状、抑止力となる共和国艦隊を、そう多くは戦闘に割けません」
ヤンの言葉は事実だ。
人間界惑星の混乱を抑えられるのは、強大な力を持った艦隊だけだ。
久保田を倒しに行っても、人間界惑星で再び帝国の芽が現れれば、戦争は終わらない。
解決策はある。
それを察したか、ロミリアが心配そうな顔で、俺を見た。
「大丈夫……ですか?」
「ああ、大丈夫。ヤン、久保田は俺たちローン・フリートと、村上の第1艦隊が止める。異世界者の暴走は、異世界者の俺が片をつけるよ」
戦争はこちらの世界の住人が終わらせるべきだ。
だが、これは違う。
これは俺たち異世界者の問題だ。
決して、こちらの世界の住人を巻き込むべきじゃない。
異世界者の問題は、異世界者の俺が解決する。
例え相手が、友達であろうと。
「アイサカ様。アイサカ様は1人じゃありません。1人にはしません。私がいます。私がずっと、アイサカ様と一緒にいます」
友達を失うかもしれない俺を、ロミリアがそう励ましてくれた。
彼女が俺を、支え続けてくれるのだ。
俺は、1人にはならない。
「じゃあ、お願いしますねぇ。エリノルさんとムラカミさんには、ボクが伝えておきます」
ヤンにとって俺の選択は、当然の選択なんだろう。
だから、いちいち反応など示さない。
彼は俺を信頼し、任せてくれたのだ。
その期待には応えないとな。
戦争は終わり、講和派勢力の戦いも終わった。
しかし異世界者としての俺の戦いは、まだ終わっていない。
俺にはまだ、久保田を止めるという大事な任務が残っているのだ。
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