第146話 帝国の落日

 3月8日、共和国は帝国に対し最後通牒をつきつけた。

 もしここで降伏しなければ、〝然るべき手段〟を行使するという内容。

 グラジェロフで帝国騎士団の半数が投降、帝国艦隊の半数が撃沈した上での、パーシングの判断だ。

 賢いリシャールなら受け入れるだろうという信頼もあった。


 果たしてパーシングの見立て通り、リシャールは最後通牒を受け入れた。

 帝国騎士団と艦隊は武装解除され、ここに帝国は降伏、共和国の勝利が決定した。

 そうなるはずだった。

  

 3月9日の夜、イヴァンらが共和国軍を率いてヴィルモン王都に到着する直前、ヴィルモン城が封鎖された。

 フード部隊によると、パトリスら一部の騎士団が武装解除に反抗し、クーデターを起こしたという。

 城はクーデター軍に占領され、リシャールは軟禁状態とか。

 事ここに至っての、あまりに無駄な足掻き。

 共和国軍はすぐにクーデター軍を包囲したが、相手は堅牢なヴィルモン城。

 死兵と化したクーデター軍を倒すにも、かなりの損害が想定される。


 イヴァンは即座に、共和国艦隊を動かし、クーデター軍の排除に乗り出した。

 異世界者の威光を示すというヤンの方針で、俺もその作戦に参加することになる。

 

 3月10日正午、作戦のはじまりだ。

 共和国艦隊はフェニックスを中心とし、城上空50キロで待機中。

 俺たちローン・フリートも、その中だ。

 騎士団の手が届かぬ遥か上空からの攻撃は、すでに結果が見えている。

 

「ヤンのヤツ、村上が最強の勇者様で良いから、俺たちに面倒な仕事寄越すなよ……」

「もう、アイサカ様はすぐそれです。ロンレンさんは戦後のことを考えているんですよ。共和国の結束の象徴として、神話の世界の異世界者はぴったりですから」

「分かってる分かってる。ただ象徴は、村上で十分だろって話だ」

「今回の任務が面倒ってのは、俺も賛成だぜ。いい加減に休みてえもんだ」

「ニャーム、ニャ」

「フォーベック艦長にミードンまで……」


 なんとも呑気な空気が漂う艦橋だこと。

 しかし、勇者村上がいれば、共和国的にアウトローな俺にやることはない。

 ここにいれば良いだけの任務なんて、ただただ面倒なだけだ。

 

 暇を持て余し、遠望魔法で地上を見る俺。

 ガルーダは現在、右舷を下に向けて待機中。

 つまり、俺たちはヴィルモン王都の地上と平行に立っているということだ。

 地上を見やすくするための待機方法だな。

 艦内重力装置があるからこそ、こうして立っていられるが、外から見れば不思議な光景である。


 50キロ先の地上、薄い雲の先に佇む荘厳なヴィルモン城。

 壁の外側には、共和国軍とヴィルモン国民たちが、街道を埋め尽くしている。

 壁の内側には、クーデター軍がずらりと並ぶ。

 まだ戦闘は起きていない。

 地上ではお互いが睨み合っているのだろうが、俺たちからすれば、敵の動きは筒抜けだ。

 まるで偵察衛星になった気分である。


 壁の内側にいるクーデター軍は、城から打って出るつもりなのか。

 パトリスらしき立派な騎士を先頭に、門の前に集っている。

 この状況で城を出るなんて、無謀にも程がある。

 あいつら、死に場所でも探してるのか?


 一方で、壁の外側を包囲する共和国軍は冷静だ。

 揺るぎない勝利への余裕とも言える。

 そりゃ、上空に俺たちがいれば、余裕なのも当然か。


 俺は共和国軍の本陣、元老院ビルに視線を移した。

 人間界惑星の浮いた存在、地球文明の建物、しかし人間界惑星の政治の中心。

 この惑星にやってきた俺の、異世界への期待をぶち壊した超高層ビル。

 今やあれを見るだけで、謎の安心感がある。


 元老院ビルは、本陣にするにはヴィルモン城から近すぎる。

 だが元老院を頂点とする共和国軍が、あそこを本陣にしないわけにはいかない。

 そんな超高層ビルの前に、多くの護衛に囲まれた、1人の男が立っていた。


 なんとなくだが、俺は遠望魔法をズームさせ、その男を見てみる。

 ズームした先には、片手に杖を持ち、王族の礼服にマントを羽織った、荘厳な雰囲気を纏う男の姿があった。

 上からでは分かりにくいが、あれはイヴァンだ。

 元老院議長であるイヴァンが、自ら戦場に眼を向け、軍の指揮を執っているのである。

 戦から逃げず、民の側にいようとするその想いが、彼をそうさせているのだろう。


 そうやってイヴァンの姿を見ているときだった。

 イヴァンが空を見上げ、俺と目が合う。

 いや、目が合ったような気がするだけかもしれない。

 それでも、あの厳しさと優しさが同居した目に、俺は圧倒されてしまった。


《こちら勇者村上! 敵が動き出した! 全員戦闘準備だ!》


 イヴァンとは対照的な、アホさを纏う軽い魔力通信。

 いつもは呆れるはずの村上の声だが、今はなぜだかほっとする。

 単純バカの、その単純さに対する信頼感だろうか。


《相坂は邪魔すんなよ。そこで大人しくしてやがれ》


 ほっとしても、イライラはする。

 イライラはするが、今回は村上の言葉に従ってやろう。


「勇者様の仰る通り、俺たちローン・フリートは勇者様を邪魔しないよう大人しくします」

「攻撃は、しないんですか?」

「ニャー?」

「その通り」

《あたいたちは、指をくわえて見てろってのかい!?》


 皆、驚きの声を上げている。

 ロミリアは俺の考えを読み取って黙り込んでしまい、モニカたちは不服そうだ。

 フォーベックは何かに気づいた様子で、それでも質問してくる。


「ほお、そりゃどういうことだ?」

「この戦いは、人間界惑星の人々が、自分たちで共和国を復興し、自分たちで帝国を倒し、自分たちで魔族との戦争を終わらせる戦いです。村上は共和国艦隊の一員だからまだしも、アウトローで、みんなとは違う存在の俺が、手を出すべき戦いじゃないんです」


 艦橋が沈黙に包まれた。

 それでも言葉を続けてくれたのは、モニカである。


《なんでさ! 異世界者様はあたいたちの仲間だろ!》

「モニカさんの言葉は嬉しいです。でも、俺は異世界者。この惑星の住人じゃないのは、膨大な魔力量を見れば一目瞭然。そんなアウトローが戦争を終わらせても意味がありません。この世界の戦争は、この世界の住人が終わらせるべきです」


 これが俺の本音だ。

 村上はもはや、人間界惑星の住人として溶け込み、この世界の一員となっている。

 でも俺は、この世界の一員になりきれない。

 リナやイヴァン、レジスタンス、セルジュ、そして共和国を見ていると、俺は彼ら程、人間界惑星を大事には思えない。

 俺はまだ地球人なのだ。


《でも……異世界者様は、アイサカ司令は……》

《モニカ、司令の決めたことだ。従おう》

《……なんでダリオは、いつも我慢ができるんだい》


 なんだか、みんなとの間に壁を作ってしまったようで申し訳ない。

 今回に至ってはロミリアも、口を開こうとはしない。

 いよいよ俺も嫌われたのだろうか。

 いざ自分の考えで動くと、いつもこうだ。

 こういうところが、友達の少ない原因なんだろうな。

 

 物音を立てることも許されぬ気まずい雰囲気が、ローン・フリートを覆ってしまった。

 だが人間界惑星と第1艦隊は、熱気に包まれている。

 クーデター軍がついに城を飛び出し、共和国軍に攻撃を開始したのだ。

 いよいよ人間界惑星の住人が戦争を終わらせるときがきた。


 パトリスを先頭に大広場を駆け抜けるクーデター軍。

 最後まで騎士団のプライドを胸に、死に場所へ突撃する彼ら。

 有終の美とやらを求めているのだろうが、それは単なる幻想でしかない。

 第1艦隊の砲は、すでにクーデター軍に向けられている。

 もうクーデター軍にできることなど、ありはしない。

 帝国の存在意義など、どこにもありはしない。


《第1艦隊、一斉射撃だ!》


 村上の指示と共に、地上へと放たれる熱魔法ビーム。

 艦隊の容赦なき攻撃は、まるで流れ星。

 クーデター軍にとっては死の星だ。


 城を飛び出した、立派な鎧と立派な馬の集団は、空からの落とし物に焼き尽された。

 ヴィルモン城の大広場は焼けこげ、クーデター軍の残骸が散らばる。

 あの残骸の中には、パトリスも含まれているのだろう。

 もはやどれが誰なのか、分かりはしないが。

 共和国軍に一撃でも攻撃を与えたクーデター軍は、1人としていなかった。


 数十分後、ヴィルモン城に掲げられた帝国旗が降ろされる。

 まだ共和国軍が入城する前だった。

 リシャールが、共和国に降伏したのだ。


 俺たちは、その光景をただ見ているだけだった。

 人間界惑星の住人が、その手で戦争を終わらせる光景を、ただただ見ているだけだった。

 これで良いんだ。

 俺はただの助っ人であり、地球人なのだから。

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